大学サークルの飲み会の支払いを気弱な部員に押しつけていたカップルに反抗してみた4
手錠をかけられた自分の手が信じられない。
パトカーのランプ、サイレン、集まった野次馬、頭がくらくらする。夢だと思いたい。
「署に着いたら取り調べをします。スマホや財布など預かりますね」
両隣に座る制服警官に促される。
「……」
手荒ではないが、すぐに押収されてしまった。
高鳴る自分の心臓の音を聞きながら、五宝は前々回の飲み会のことを思い出していた。
『あー、今月金ねぇ〜』
『飲み会してるくせに?』
『それとこれとは別だろ』
『なぁ、あいつさぁ』
『ああ、安曇? うわ辛気臭い顔してんな』
『全然絡んでないじゃん。あいつ、何しに来てんだよ』
酔っていたので会話の参加者は覚えていないが、その後に安曇ユイミを置き去りにして帰ろうという話なったのだ。ちょっとしたイタズラだった。いわゆる陰キャいじりである。
何も言ってこなかったので次もやってやろうという話になったのだ。
『受けるわー。普通、文句言うだろ』
『金払えってな? オレだったら絶対言うし』
『てか、これって奢りでオッケーってこと?』
『そうなんじゃね?』
安曇が何も言わないのを良いことに調子に乗り始めていた。
あそこで止めていたのなら。
(こんなことになると、思わねぇじゃん!! くそ、あの女)
「居酒屋に置き去りにされた女の子」
「……え?」
制服警官がこちらを見ていた。
「1年間貯めたバイト代で、君らの飲んだ代金を払ったそうだよ。そのバイト代で演劇に必要なものや卒業旅行に行く予定だったそうだ。……君達の飲み会はそれ以上の価値があるってことなんだろうね」
「……」
手元で、かちゃりと手錠が鳴った。
何故、こんなことに? と、もう一度自問自答した。
○
「菅谷奏介って、どちらの方です?」
後ろを振り返ると、道の脇に高級車が停めてあり、その横に和服姿の女性が立っていた。恐らく、20歳前後だ。
「奏ちゃん、知り合い?」
隣りにいた詩音が耳打ちしてくる。
「すんごいお金持ちっぽい雰囲気……ヒナかモモじゃない?」
わかばが言うが、指名は奏介のようだ。
「いや、ボクは知らないなぁ……」
モモと水果は演劇部の活動中なので不在だ。確認することはできない。
「まぁ、こそこそしてても仕方ないだろ、菅谷」
「ああ、だね。……俺が菅谷ですが。失礼ですが、どちら様ですか?」
「わたくし、月音蓮音と申します。初めまして」
「どうも……」
かなり丁寧な人だった。
「佐賀賢也さんをご存知ですよね?」
「佐賀……さん、ですか? えーと記憶にないですが」
すると、彼女は睨みつけてきた。
「演劇サークルで、大学を退学に追い込まれた男性です。わたくしの従兄弟です」
なるほど、と納得。先日の演劇サークルの件は人数が多すぎてさすがに全員覚えていなかった。言われてみれば名前に聞き覚えがあるようなないような。
「……そうですか。それで、何の用事ですかね?」
「よくも涼しい顔をっ! 賢也は大学を中退させられたのですよ!? 彼の人生を潰しておいて、何を惚けたことを」
「飲み会の代金払ってればそういうことになってないでしょう。俺に文句を言うのはお門違いでは?」
「きちんと話し合えば良かったでしょう!」
「話し合い出来る人は食い逃げとかしません。言われたから金払うなんて誰でも出来るでしょ。バレなきゃ良いんですか? んなわけないでしょ」
「っ……!」
ヒナは溜め息。
「ていうか、菅谷くんが悪意を以てその佐賀さんて人を陥れたみたいな言い方してるけど、被害者の女の子は貯金なくなったって話ですよ? 人の貯めた金で飲んでおいて被害者面するのヤバいと思いますけど」
「うーんド正論ね」
「あはは……」
わかばと詩音が苦笑を浮かべる。
「で、でも。ネットに晒すなんて」
「まぁ、それは悪いだろうけど、そっちの佐賀って人も高額な飲み代押し付けて帰ったんだろ? 同じレベルの仕返しをされてんだよ」
真崎が呆れながら加勢。
「ぐ……ぐぐ」
「そういうわけです。仕返しをされたくないなら、嫌がらせしないほうが良いですよ」
と、蓮音が口を開く。
「……菅谷洋輔」
「?」
奏介は眉を寄せた。何故、今ここで彼女の口から自分の父親の名前が? と。
「何、誰?」
「えーと、奏ちゃんのお父さん」
わかば、ヒナが納得といった様子で頷いた。
「菅谷の親父の知り合い、なのか?」
真崎も警戒したように呟く。
「そういうお名前でしたよね。あなたのお父様」
「そうですね」
にやりと笑う蓮音。
「わたくし、調べましたの。菅谷洋輔さんはアメリカのエンジニアとして働かれていますよね」
奏介は目を細める。
「それが、何か」
「わたくしの父は貿易会社の社長でして、色々な繋がりを持っていますのよ。例えば、色々なジャパニーズマフィアのボスだとか」
「……あなたのお父様の会社はジャパニーズマフィア、雛原組との繋がりがあるようですね」
「雛原組?」
「この辺りでは有名でしてよ? 知らないのなら良いですけども」
蓮音がふっと笑う。
「覚悟しておくことです」
彼女はそれだけ言って、車に乗り込むと、去って行った。
「いや、つまりどういうこと?」
わかばが言う。
「奏ちゃんのお父さんの会社はヤクザ屋さんと繋がりがあって、あの人のお父さんはそのヤクザ屋さんと仲が良い……ってこと?」
「雛原組は結構でかいからな。菅谷の親父さんの会社に圧をかけて、解雇させるとかとんでもない場所に左遷させるとかそういう話か?」
「うっわー。権力使いまくった嫌がらせしてくるんだ」
ヒナ、ドン引き。
「えっと、大丈夫なの? それ」
「そう、よね。いくらあんたでも海外の会社とか絡んでくると」
奏介は何やら考え込んでいた。
「どうした、菅谷?」
真崎の声にはっとする。
「いや、あの人、さらっと言ってたけど会社と暴力団との繋がりがあるって知られると良くないのに大丈夫かなって」
「あったとしても言わないよ。会社の信用に関わるしね」
ヒナが肩をすくめる。
「僧院、悪いんだけど月音っていう社長がやってる貿易会社調べておいてもらえる?」
「了解〜」
「菅谷に弱み握られちゃおしまいね」
わかば呆れ顔。
「自分から握らせに来ちゃったよね」
詩音も複雑な表情で笑う。
「弱みって、まだ何もされてないから。……俺から何かするとしても、あの人次第だね」
「まぁ、確かに何もされてないしな」
奏介は真崎に頷いて、
「それにしても、雛原組、ね」
奏介はスマホを操作してアドレス帳を開いた。
登録名『雛原組長さん』の番号を表示する。
「一応、メールしとくか」
雛原組については第199部〜の話数で登場します!
土岐after次回更新します。




