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大学サークルの飲み会の支払いを気弱な部員に押しつけていたカップルに反抗してみた3

 3日後、早朝。

 五宝は大学へ向かって歩いていた。寝不足で定期的にあくびが出る。

「ねみぃ〜」

 ふと気づく。急いで出てきたので今日はスマホの電源を入れてなかった。

 電源ボタンを入れると、

「あ……?」

 メッセージが10件以上。ほとんどサークルメンバーだ。

「なんだよ」

 非常にダルいが確認する。

 

『あの高校生に支払い押し付けたのは俺とか言ったらしいな? ふざけんなよ、元はと言えばお前だろ!』

『高校生、マジギレしてたんだけど?  しかも、お前は責任をこっちに擦り付けかよ』

『なんで部外者巻き込んだんだよ。26万とか無理だろっ』


 なんとなく、例の飲み会の話だと気づいた。しかし、押しつけたやら擦り付けたやら、わけの分からない単語が散見している。

 スマホと睨めっこしていると、

「五宝」

 顔を上げると、サッカーサークルの部長が物凄い形相で立っていた。

「え。どう、したよ?」

「お前らさぁ、あのイタリアン居酒屋で飲み会してたよな」

「し、したけど」

 五宝達の大学ではお馴染みの居酒屋であり、学生割引もしてくれる。

「電話で予約しようかと思ったら、断られたんだよ。で、店の前に貼ってあった。今大騒ぎになってんだぜ?」


 スマホの画面にはイタリアン居酒屋の入り口のドアが映し出されていて、貼り紙が見えた。内容はこうだ。


『先日、某大学の演劇サークルの皆様にご利用いただいた際、代金を払わず退店されるという事態が発生致しました。残された二人の学生さんから支払いを頂きましたが、30万弱に上りました。お客様自身のご負担が大きかったこと、支払いが不本意であったことを鑑みまして、事態を重く捉えております。つきましては、某大学の学生さんからの、4人以上での予約、4人以上でのご来店は今後一切お断りしたいと思います。何卒、よろしくお願いいたします』


 五宝は頭を殴られたような衝撃を受けた。大学名は伏せられているが、この辺りで大学といえば。

「なんだよ、この貼り紙! ふざけんな!」

「ふざけんなはこっちのセリフだ。30万近くの支払いを二人に押し付けて食い逃げとかアホかよ。そのせいでほぼ出禁だぞ、うちの大学。入る時に学生証確認されるから、4人以上だと入店拒否されるらしいし。後、大学にも連絡いってるらしいからな? 覚悟しといた方が良いぞ、演劇サークル!」

 彼は吐き捨てるように言って、去って行った。

(くそ、あの店、サイトにクレーム書いてやる)

 支払いはされている癖に、余計なことを。こういう晒すようなやり方は賛否両論になるはずだ。

 しかし、

「ん!?」

 自分のSNSアカウントを開いて店名を打ち込むと、関連の呟きや書き込みが現れた。


そこには、


『貼り紙の大学の演劇サークル、食い逃げサークルらしい』

『他の店でも1人に10万払わせたらしい。その店の公式アカウントが発言してた』

『飲み会参加してた奴ら特定完了したよ。ほぼ全員だわ』


「ぐ!?」

 

『食い逃げ名簿』

 

 そんな書き込みが目に入った。


『五宝睦博、土澤エレナ、能済カズホ、手掘アユハ』


 以下、演劇サークルメンバーの名前が連なっている。全部で28人だ。

自分のアカウントにはダイレクトメッセージがいくつか。どれも、食い逃げへの批判だった。

 と、走り寄ってきた二人組に気づく。

「ちょっと、土澤ちゃんどこ!? あたしらに責任押し付ける気!?」

「ねぇ、勘弁してよ。いつの間にか名前晒されてるじゃん! あんたらが押し付けようとか言うから!」

 能済と手掘。例の飲み会参加者だ。

「……! はぁ? 俺らのせいかよ? 皆でやったことだろっ、なんで被害者面だよ」

 能済と手掘、絶句したように黙る。

 間を置いて、

「だからあたしらが20数万払えって?

皆でやったことなら、なんであたしらの名前を売ったのよ。土澤と口裏合わせたんでしょ!? 最低!」

「何が最低だよ! 名前売ったってなんだよ」

「と、惚けんの!?」

「このクズ!」

「なんだと、お前ら!?」

 ヒートアップする道端での言い争い。最終的に警察を呼ばれ、注意をされたのは言うまでもない。



 そのまた2日後。

 サークルメンバーからの謎の叱責を受けて、土澤は自宅の部屋に籠もっていた。

「本当になんなのよ。これ」

 スマホの画面にはこの大学の掲示板が表示されている。普段は同じ大学の学生同士の交流の場となっているが、今は違う。演劇サークルとそのメンバーへの批判だ。名前を晒された土澤達は針のむしろ状態である。

「安曇ぃぃ、覚えてなさいよ!?」

 安曇ユイミがあの高校生と結託して、この騒動を起こしているのは明白だ。

「許さないんだからっ」

 と、スマホの画面に『安曇ユイミ』の文字が現れた。

「えっ」

 どうやら着信のようだ。

 一瞬どきりとしたが、すぐに怒りが込み上げる。

「も、もしもし。安曇!?」

 通話ボタンを押すと共に叫ぶ。

『……いや、大声出さなくても聞こえます』

「あ……」

 例の飛び入り高校生の顔が思い浮かぶ。彼の声は耳にこびりついている。

『どうも、菅谷です。土澤さん、ですよね?』

 安曇ユイミの番号から、このタイミングでの電話。完全に直感だが、この事態を引き起こしたのは彼なのではないかと。

「あんたなのね!? ネットにわたし達の名前を流したりしたのはっ。突然こんなことして!」

『突然? 俺言いませんでしたっけ。あの日の電話で店に戻ってこいって。それを無視して逃げたのはあなた達のほうでしょ』

「それはっ」

 とっさに言葉が出なかった。

『あの時に戻ってきて話し合いをして、メンバー集め直して安曇さんに謝罪して代金を払えばこんなことになってないんですよ』

「っ……! だ、だからってここまでするなんて。最低でしょ。人のプライバシーをなんだと思ってんの!?」

『無理矢理30万近く支払いを押し付けてるんだから、プラマイ0でしょ。ていうか、あなた達は卑怯な手で無料でご飯食べてるのに俺と安曇さんには法律を守れって言うんですか? 虫が良すぎでしょ。わざわざ謝罪のチャンスを与えてるのに、それを無視してやり返されたらギャーギャー騒ぐとか、本当に頭が悪い』

「こ、このクソ野郎!!!」

『クソ野郎で結構です。そうそう、言っておきたいことがあったんですよ。多分、安曇さんを逆恨みしてると思いますけど、次、彼女に何かしたら俺は許しませんよ?』

「お前、絶対に」

 叫ぼうとした時、母親に呼ばれた。自室は2階にあるので、1階からのようだ。焦ったような声だ。

「待って、今行くからー」

 と、スマホに意識を戻すと、すでに通話は切れていた。

 スマホをベッドになげつけて、部屋を出る。

「絶っっ対に許さないっ。覚悟しとけよ、安曇ユイミ!!」

 怒り心頭、その状態で階段を降りて玄関へ行くと、

「土澤エレナさんですね?」

 真っ青な顔の母親、玄関に立っていたのは警察手帳を構えた警官2名。

「被害届が提出されています。ご同行願えますか?」

 逮捕だった。罪状は強要罪。

 店側とユイミの証言が一致したらしい。

一言だけ。『お前、支払いしとけよ』と言われた(言われていた)と。


 

 その後、演劇サークルのメンバー、特にネットに名前を晒された学生達も警察に事情を聞かれることとなり、前々回の支払いの件も明るみになって問題になったようだった。

 演劇サークルは消滅、ほぼ全員が退学になった。テレビでもニュースになり、一時はかなり話題になったようだ。




 大学の帰り、夜道を歩いていた。

 演劇サークルの食い逃げ騒動から微妙に逃れた川村は、今朝のニュースに慄いた。お陰で1日講義に身が入らず。

(逮捕って。逮捕って……)

 主犯とみなされた土澤と五宝は強要罪で逮捕。他のメンバーも事情聴取を受け、大学からは退学を言い渡されたらしい。

 寒気が止まらない。飲み会参加者で名前を晒されなかったのは自分だけなのである。

(マジかよ。こんな、大事に)

 ふと顔を上げると、目の前に高校生が立っていた。

「!?」

 心臓が止まるかと思った。先日の彼……つまりは奏介だった。

「あ……」

 血の気が引く。

「こんばんは。覚えてます? 俺のこと」

「あ、や、えーと、この前の菅谷、さんだっけ……?」

 思わずさん付け。

 奏介は頷いて、

「先日は支払いありがとうございました。1つ聞きたいことがあるんです。川村さんは前々回の飲み会には参加しました?」

 ギクリとした。前々回といえば、初めて安曇ユイミに支払いを押し付けた

飲み会だ。

「あ、ああ。参加してた」

「支払いは?」

「し、してない、かな」

 心臓の音が爆音だ。

「ですよね」

 奏介は何度か頷いて、

「他に参加してたメンバーは、警察や弁護士さんの介入があって強制的に支払うことになるみたいなんですけど、川村さんはどうします?」

「どうしますって」

「支払いをするなら、このお話はここで終わりになります。ついでに安曇さんに謝ってもらうって形で」

「も、もちろん支払う! 支払うさ!!」

 先日、支払いに応じたためか前々回の一人分を支払うことで許す、ということらしい。

「安曇さん」

 奏介が後ろに呼びかけると、暗闇から安曇ユイミが街灯の下へと出てきた。複雑そうな表情である。

「はい、安曇さんにきちんと謝りましょう」

 その後、奏介の口が動いた。何を言っているか、すぐに分かる。


『土下座』


 川村ははっとして、ユイミの前に正座した。

「あ、あの……本当にすみませんでしたっ」

 頭を下げる。地面に額がつくくらいに。

「……もう、しないでください。わたしにも、他の人にも」

 震える声を聞いて、改めて反省した。ノリでやっていいことではなかったのだ。

 代金を奏介に渡し、この件はお互いに水に流すことになったのだが。

 奏介の去り際の言葉が刺さった。

「川村さんなら分かると思いますけど、友達は選んだ方が良いと思います。……大事にしてくださいね」

長くなってしまったので、区切ります。次で終わりです!早めに更新します!

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― 新着の感想 ―
[一言] >4人以上でのご来店は今後一切お断りしたいと思います 「なお、某大学の学生さん、お1人様につき、前払いの保証金5万円をお願い致します、悪しからずご了承下さい」、とトドメを刺すのがいいかも…
[気になる点] 誤字りました 修正⇒そのサークルからの卒業生に土岐がいたってホントですか?
[気になる点] そのサークルからの卒業生にどきどきがいたってホントですか? [一言] 退学になった何人かは、卒業後に家業(社長など)を継ぐ予定だったものがいたとかいないとか。 大学の運営者が、菅谷を…
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