父(夫)をいじめていた母娘『135部』after2
眉を寄せる秋原妹。
「は? わざわざ来てあげたんだけど、その態度何?」
奏介は呆然とした。
(その態度何? はお前だろ……)
「てか、離婚する前は仕事しかしてなかったくせに、何楽しそうにしちゃってんの? マジでうざい」
ブレなさ過ぎて逆に怖い。そこまで嫌いなら自分の力で大学へ行くべきだろう。
「うざい、か。そういえば家にいた時は会うたびに言われていたっけな」
秋原父は懐かしむように言って、
「……それを言うためにここへ来たのか?」
ハナは、ふんっと鼻を鳴らした。
「わたし、大学へ進学することにしたから。で、お金足りないからあんた出してよ。親でしょ? こういうのって、親の責任なんだから当然でしょ? 離婚の原因も全部あんたなんだから」
「離婚の条件として、お前の高校までの学費はきっちり払うと約束したが、大学の学費を出してやる義理はないな」
「はぁ? だから、親なんだからさぁ」
「親権はマチコが持っているのだから、マチコに出してもらえ」
マユネとハナの母はマチコというらしい。
「話聞いてる? 親権云々言ってもさ、戸籍上は親子なわけ。親に責任があるのは当然でしょ。何、逃げようとしてんの?」
奏介はもはや呆れて、口を半開きにしていた。
(俺が親父さんの立場だったら……)
ここまで言われて感情的にならず、表情にもあまり出していないのは凄い。穏やかな、しかし複雑そうな表情の秋原父は何かを考えているようだ。
(今回は口を挟むわけに行かないしな)
何しろ、金の問題だ。姫の目が据わっているが、やはり奏介と同じ考えのようだ。胸の前で拳が震えているが。
「逃げる、か。逃げてはないだろう。お前の高校の学費はきちんと最後まで払うぞ。それがお父さんのけじめだからな」
「高校は当たり前だっつの」
「ちょっと、ハナ! さすがに。いい加減にしなさい」
見兼ねたマユネが少し大きな声を出す。
母親やマユネの影響を受けたのはほんのきっかけで、性格自体が終わっているとしか思えない。
「とにかく、親の責任なんだから、さっさと出してよ」
秋原父は少し考えて、
「嫌だね」
「……は?」
秋原父は困ったように笑って、
「お前のために余計な金は使いたくないんだ。お父さんも生活があるからな」
「はぁ? そんなん、許されると思ってるの?」
「そんなに出してほしいなら、裁判でも起こして勝つことだな。お父さんが負ければ、法律が適用されるから、強制的に金を出すことになる」
「裁判て、何言ってんの? これは親としての」
「離婚の時に条件を出しただろ。マユネは大学まで、ハナは高校までの養育費を支払う。今さら、大学にも行きたいと言われてもな」
「っ……! 離婚の条件とかわたしには関係ないし!」
「そう言うなら、お父さんはお前が大学に行きたいなんて話には関係ない。別に行かなくても死にはしないだろう。諦めろ。それか、自分で金を稼いで行くんだな」
秋原父は肩をすくめてみせた。
「な……何言ってんの? 今まで散々わたし達を放っておいたくせに! 卑怯過ぎるでしょ!」
そこで奏介が二人の間に割って入るように、挙手をした。
「あのさ。お前は行きたい大学があって、金が必要だから親父さんにお願いしに来たんじゃないのか?」
「そう言ってんじゃん。それが何? さっき話したじゃない」
「じゃなくて、ちゃんとお願いしろよ」
「お願い?」
「大学に行ってやりたいことがあるから、お金を出して下さい。お願いします、だろ。親父さんはさ、お前のその生意気でムカつく態度の娘には金を出してやりたくないって言ってんだよ。わからないのか?」
「なんでわたしがこいつにお願いなんかしなきゃならないわけ? 親として、出せって言ってんの」
奏介はため息。
「秋原さんのお父さん、こいつに金なんか出すの嫌ですよね。人をバカにしてるし」
秋原父はゆっくりと頷いた。
「あぁ、嫌だね。親権もないし、一緒に住んでもない。そして、お父さんを、私を馬鹿にするただ血のつながりがあるだけの娘に金なんか出したくない。一銭もな」
「だから、そんなことが許されると」
秋原父は冷たい表情で言う。
「許されなくとも、出さないと言ってるだろう? ハナ。お前には金を出さない。絶対に」
「っ……!」
ハナの表情が歪んだ。
「は、はぁ? 何それ、娘なのに」
「私が出したくないのだから、出さないさ。お前が大学に行くか行かないかなんて知らない。他人を馬鹿にしておいて、なんでも世話してもらえると思うな」
ハナは顔を引きつらせる。
「じゃ、じゃあどうすんの? わたしは大学でやりたいことがあんの。将来の夢が! それを潰すっての?」
自分で学費を稼ぐという考えがない時点で甘えだろう。生活がいっぱいいっぱいなのだろうが。
「知ったこっちゃない。ハナ、お前は本当に、ウザい娘だな」
ハナはそのまま固まる。
この場での会話を聞いただけなら、秋原父の人でなしっぷりに批判が集まりそうだが。
今までの仕打ちを考えれば仕方ないだろう。
「ご、ごめんなさい。お父さん。もう帰るね」
申し訳なさそうに言うマユネ。姫も頷いた。
「それが良いわね。休みの日、ゆっくりして下さいね」
秋原父は満面の笑顔。
「ああ、ありがとう。マユネ、気をつけて帰りなさい」
余韻もなく、アパートのドアが閉まった。
ハナはことの重大さに気づいたようで震えている。
「なんで、だって、親なのに? 大学に行けないじゃん。どうすれば」
奏介は呆れ顔。
「前に言っただろ。親父さんは頑張って娘達を養ってたんだよ。それを馬鹿にするから、嫌だって言われたんだろ。ていうか、学生の分際で金稼いでる社会人馬鹿にしてんじゃねえよ」
ハナの表情は恐怖だった。これからのことを考えると、絶望しかないと。
「ほら、ハナ、帰るよ。もうお父さんは無理だから」
「まぁ、この態度でのお願いを聞いてくれる人はいないわね。自業自得」
姫は殴るのを我慢しているようだ。
すっかり大人しくなったハナは泣いていたが、同情する気にはなれなかった。
その日の夜。
秋原父と秋原母の電話での会話。
『あの、今日はハナが迷惑かけたみたいで。……ごめんなさい』
『あぁ、別に。いつも通りだったな。それじゃ』
『あ、待って』
『……』
『ねぇ、あなた。一度会って話さない? わたし、あなたのこと』
秋原母の言葉を遮ったのは秋原父だった。
『安月給の夫ならいないほうがましかもね』
秋原母は動揺する。
『マチコ、私は君のこの言葉で泣いたよ。それじゃ、元気でな』
秋原父は静かに、通話を切った。




