パーティに気に食わない先輩と彼氏を呼んで馬鹿にする社長令嬢に反抗してみた2
「は……はぁ!? なんなの、あなたっ」
顔が真っ赤である。
「なんなのはこっちのセリフなんだよ。お前、失礼だろ」
「あ、あたしを誰だと思ってんの!?」
「だから知らねぇよ。名を名乗れ。まずはそこからだろ」
奏介の蔑んだ目に、リユはますます激昂した。
「あたしはっ」
胸元に手を当てる。
「あたしは岸見孝行の岸見グループ社長の娘、岸見リユよ!」
「へぇ。社長の娘なのに挨拶も出来ねぇのか。小学生でも知ってるぞ。挨拶は基本だろ」
「っ……!」
「ところで、あそこに固まってる連中ってあんたの仲間? こっち見てニヤニヤ笑ってんだけど。おい」
奏介がアイの同僚達を睨む。
「ここへ来いよ。文句があるみたいだからな。聞いてやるよ。来い」
同僚達は少し怯えた様子でお互いに顔を見合わせる。しかし、近づいてくることはなかった。
奏介はふんと鼻を鳴らす。
「真正面から文句言えねぇなら、黙ってろ。臆病者」
「なっ!」
煽りに反応した男性がいたが、全力で睨んでやると大人しくなった。
「それで? あんた、アイのことを職場でいじめてるらしいじゃん。嫌がらせしてる相手をパーティに呼んで、何が目的なんだよ。言ってみろ」
もちろん分かっている。アイの彼氏を笑いたいだけ。アイが反撃するわけがないと確信して、一方的に攻撃をするため。
「ず、随分汚い言葉を使いますね? こういった場所で、非常識です。これだから庶民は。駄目な祠先輩の彼氏なだけありますね」
いきなり敬語である。違和感しかない。
「パーティへ呼んだ目的を聞いてんだよ。非常識だとか庶民だとか言う前に、アイをこのパーティに呼んで何をするつもりだったか言えっつってんだろ。お前、話を聞いてるのか? 素直に言えよ。不細工な彼氏を皆で笑いたかったってさ。最高に下らねぇけどな」
吐き捨てるように言ってやる。
「っ……! そ、その女は仕事が遅いのよ。そのくせ、わたしの教育係とかって先輩面。偉そうにしててムカつくのよ」
「実際先輩だし、偉そうなのは先輩だからだろ。何言ってんだよ。当たり前だろ。新人の癖に口答えしてんじゃねぇ。悔しかったらさっさと仕事覚えて見返せば良いだろ。それを下らない嫌がらせに発展させて周りを巻き込みやがって。それに加担する奴もあれだけど、元凶はやっぱりお前だな」
「……ねぇ、わたしが誰か分かってるの?」
目を細めるリユ。
「岸見グループ社長の娘、岸見リユだろ」
「お父様の会社で、好き勝手して何が悪いのよ? そこの女は雇われてるだけの平社員、わたしは社長の娘。偉そうにしてるやつに制裁して何が悪いわけ?」
モモの腹違いの姉妹、イリカを思い出す。もしや社長の令嬢にはクズが多いのだろうか。
「へぇ。じゃあ、アイの指導が悪かったってことか?」
「そうよ」
「だったら上司に言えよ。指導代えて下さいって」
「はぁ?」
「お前、社長の娘なんだろ? 普通の新人ならともかく、指導係を代えさせることくらい出来るだろ。指導の仕方が悪かったなら、別の奴に担当してもらえ。制裁がどうとか言ってるけど、仕事しに来てるのになんで制裁が必要なんだ? 職場でやるべきことは仕事だろ。アイに嫌がらせしたからって、仕事出来るようになったのか?」
「……!」
言葉に詰まるリユ。
「下らないことしてる暇があったら働けよ、クズ」
「あなた、絶対許さないわよっ」
「言っておくけど、アイは今日で辞めさせるから」
するとアイが目を見開く。
「そ、奏介、ちょっと待って」
ちなみにこれは演技をしてもらっている。戸惑う振りである。
「良いから、少し黙ってて」
奏介が言うとアイは諦めたようにこくりと頷いた。
「う、うん」
出来るだけアイへのヘイトを減らしたい。
「許さないって俺を? 俺はあんたの会社とは一切関わりないから、取引を打ち切るとか圧力をかけるとかされても痛くも痒くもないから。ちなみに、いじめの証拠はアイにとってもらってるし、こういう動画も撮ったし」
スマホを見せる。それは先程の入り口でのやり取り。
奏介が自己紹介をするところだが、それを遮って馬鹿にするように暴言を吐いている。
「は……?」
奏介は人だかりの方へ視線を向ける。紛れていたヒナがすっと視線をそらして、後方の人混みの中へ消えていった。
「アイに何かしてみろ、ネットに流すからな。岸見グループの社長令嬢は人を馬鹿にするのが好きってさ」
「こ、この」
肩を震わせるリユだが、反論の言葉が出てこないようだ。
「もう一度言うけど、職場では仕事しろよ」
奏介はそう吐き捨てて、アイの手を握った。
「帰るぞ。こんな奴に付き合ってられないからな」
「う、うん」
手を引いてパーティ会場を出て、細い通りへと入る。周りに人がいないことを確認し、奏介はアイの手を離した。
「とりあえずはこんな感じでどうですか? もう職場には戻れないとは思いますが」
アイはぷるぷると震えていた。
「……した」
「はい?」
「めっちゃスッキリしたぁー!」
いきなりバンザイである。
「いやぁ、凄いよ。凄い! 君、さすが姫ちの弟君だね! 正論で何も言えなくなった時のあいつの顔! クソざまぁだったわ。くぅ、わたしも菅谷君に便乗して悪口言ってやればよかった!!」
とりあえず、喜んでいるようで良かった。
「まぁ、住所とか色々会社にバレてる祠さんが反論すると何されるか分からないですからね。黙っといて正解です。俺は祠さんと付き合ってるだけの他人て設定なのでダメージないですし」
「あはは。色々考えてくれてるんだね」
「何か危ないことをやると色々影響が出ますからね。先の先まで読めるようにしてます」
と、足音がして、奏介とアイの前に誰かが立った。
「アイさん」
見ると、ネクタイを締めたふくよかな男性。
「……へ?」
アイの交際相手、蔵子道真だった。
「え、え!? なんで道君がここに!?」
と、道真がアイの両手を掴んで握った。
「聞いたんだ、菅谷君に」
「え?」
奏介は二人の様子を見守るように一歩引いた。
「その……退職するには理由がいるだろう? これで、どうかな」
手を離した道真、アイの薬指には銀色のリングが。
「え……」
「結婚しないか。僕たち」
奏介は視線をそらして、息を吐いた。この場にいるのが恥ずかしくなってきた。
「ありが、とう。うん。よろしく、お願いします」
アイは恥ずかしそうに、そう言った。
「俺帰りますね。二人とも、気をつけて」
「あ、ああ。ありがとう、菅谷君」
「今度お礼をさせてくれ」
奏介は手を振ってからその場を離れた。
メールが来ていた。
『お疲れ様! パーティ会場もといお通夜から脱出。また学校でね!』
ヒナには第三者視点の撮影を手伝ってもらった。お礼メッセージを返信して、大通りへと戻った、のだが。路地から出る瞬間にネクタイを掴まれて、引き戻された。
「!?」
力任せに壁に背中を激突させられる。
「痛っ」
首を締め上げられて、目を開けると、同年代の少女がにやにやと笑っていた。
「……え?」
まったく見覚えのない顔である。いくら思い出そうもしても、目の前の彼女に心当たりがない。
「めっちゃ良かったねぇ。姉様をぶっ潰してやろうって気概が感じられてさぁ」
「姉様?」
「あたしは岸見みはな、リユの妹」
不気味な笑みを浮かべる。
「い、妹」
つまり、あの会場にいたということだろう。
「そうそう。ねぇ? 祠アイの彼氏役、菅谷奏介?」
「……なるほど。もしかして脅しに来た?」
少し動揺したが、感情を出さずに問う。
リスクはつきものだ。あれだけ目立ったのだから、目をつけられてもおかしくない。
「別にこっちから脅すものもないっしょー。むしろ、あんたに楯突いたらうちの会社の信用問題になるしぃ。てか、ボタン1つでネットに拡散されるようになってんじゃないのぉ?」
「……」
「あたしが来たのはねぇ」
次の瞬間、思いっきり左頬をぶっ叩かれた。
「ぶっ!」
不意打ち過ぎて、目の前に火花が散った。口の中が切れたのか、血の味が広がった。
「ちょっとした仕返し。あんな大勢の前で姉様に恥かかせて、放っておけないっしょ? おバカだけど、大好きなんよね、リユ姉様」
「痛ぅ……」
殴られるのは久々だ。頬が熱を持ってジンジンする。
と、首元が楽になった。
「ふぅ。スッキリしたぁ。めっちゃ強気だったあんたの間抜け面見れて満足満足」
すっと離れて、みはなは伸びをした。
「さて、帰ろっかな」
奏介は呆然とした。録音を開始したというのに、これ以上の暴力を振るうつもりはないらしい。
「お前」
「ん? どうするぅ? あれをネットに流すー?」
「……いや」
あの動画は岸見リユに対する脅しだ。妹に一発叩かれたからと言って、簡単には使えない。
(姉への制裁への仕返しか。ビンタ一発……)
「やーっぱり。馬鹿みたいに律儀だねぇ。それじゃ」
みはなは、にやにやと笑って去って行った。
奏介は頬に手を当てる。
「これで済ませられると、どうしようもないな」
ぽつりと、呟いた。
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@Cytkashiro




