わかばの友人の許嫁に反抗してみた2
放課後、奏介は昨日と同じ場所でヒナを待っていた。
時間になっても来ないので紙パックのジュースを買い、オレンジジュースを飲み始めたところで彼女が現れた。
ちなみに今日、どのような活動をするかは朝比賀に報告済みで許可を得ている。ヒナの要望で対応するのは奏介一人だ。
「お待たせ」
歩いてきたヒナの目はあからさまに腫れて赤くなっていた。
笑ってはいるが、少し元気がない。
「殿山に何か言われた?」
ヒナは驚いたように目を見開く。
「え、なんで」
「強くも無さそうな、たかが一年の俺に凄まれて逃げるようなやつだからさ。何も言い返してこない僧院に当たりに行くに決まってるでしょ」
「あー……あはは。そっか」
「そんなに酷いこと言われたの?」
ヒナはこくりと頷いた。
「いつもは言われないような、ボクが傷つくってわかるようなこともたくさん言われた。……泣くのは我慢してたんだけどさ、ここへ来るまでに、どうしても」
時間に遅れた理由はそれらしい。
安っぽい慰めの言葉を探したが、面倒臭くなり、奏介は立ち上がった。
「行くか」
ジュースは残っているが、道中で飲んでしまえば良いだろう。
「うん」
さて。聞いた話によると、殿山は放課後にヒナの教室へ訪れてこれでもかと文句を言いまくり、「さっさと帰れ!」と吐き捨ててどこかへ行ったらしい。例の第三図書室で間違いなさそうだ。
特別教室棟への連絡通路。奏介は隣を歩くヒナをちらりと見る。
「なんでお前言い返さないの? 許嫁だって、言わなきゃいけないこともあるでしょ」
「いや、立場がさ。殿山の家と繋がれるって魅力的なんだよ。最近不景気でうちが経営する会社も好調とは言いがたいし、ボクが和真と一緒になるって約束で色々援助してもらってるから」
「なるほど。金持ちの世界も色々あるんだね」
「普通の恋人関係ならそれは言うよ? でもボクが逆らったらうちの家が」
奏介はため息を一つ。
「あのさ、そういう力関係があるにしても、もう少し自分と相手の立場を対等に近づけることは出来るでしょ」
「え? どういう意味?」
「こういうの、モラハラって言うのは知ってる?」
首を傾げるヒナ。どうやら知らないらしい。
「精神的に言葉で暴力を振るうことだよ。これは、殴られたり蹴られたりするのと同じ扱いで証拠残しておけば色んな意味で優位に立てるんだ。あれだけ言いまくってるんだから二、三日あいつとの会話を録音しておくだけで訴えられるレベルだと思うよ。ま、家のことがあるから訴えるまでは行けないだろうけど、向こうのお義父さんお義母さんに聞かせてその場で泣いてみるとか、こういう言い方は好きじゃないけど、女の子なんだからそれを利用すればすぐあいつを追い詰められるでしょ。泣くくらい辛いなら、行動起こさないとね。もちろん、我慢出来るなら今のままでいいと思う」
「……行動……」
その呟きには躊躇いがあった。
「まぁ、今回は風紀委員の仕事だから協力してやるけど」
昔は優しかった、と言っていた。その頃の思い出はきっと薄れない。だから、今も好きな気持ちが残っているのだろう。
第三図書室にて。
案の定というか、ちょっとあれな、女性の声が聞こえてくる。
「……」
「……」
奏介とヒナは顔を引きつらせながら顔を見合わせた。
「菅谷くん、これってさ」
「正真正銘のバカ野郎みたいだね」
予想通り過ぎて言葉も出ない。殿山とどこかの女子生徒がこの中で仲良くやっているようだ。
「踏み込むか」
奏介が戸の取っ手に手をかけた、その時。女性の声が止んだ。
「はぁはぁ、もう終わり?」
甘えたような声。女の方だ。
「ふふ、焦らしだ」
そして殿山。
「意地悪なんだからー。あのさぁ、許嫁さんがいるんでしょ? 良いの? 殿山家のお坊っちゃま?」
「ああ、あれはただの飾りだ。なんの感情もない」
奏介は戸に耳を近づけていたヒナへ視線を向ける。
彼女の体が震えていた。
奏介は目を細め、さらに聞き耳を立てる。
「結構カワイー子よね?」
「オレがアドバイスしてやればブスでもあれくらいにはなる」
「ぷっは、ひどー」
「将来は一緒にならなければならないんだ、仕方ない。出来ることならお前と、そうなりたいものだが」
「ありがと、和真」
ヒナは体を震わせていた。頬を伝っているのは、涙に他ならない。
「ふっ……うぐっ、うう」
我慢出来るレベルではないと、いうことなのだろう。
奏介は勢いよく戸を開けた。必要以上に大きな音がして、テーブルの上で乱れた服を直し始めていた二人がびくりと体を揺らす。
「な、なんだ、お前」
「こんなところで」
奏介は先ほど飲み終わっていた空の紙パックジュースを握りしめる。
「何をしてんだ、この色ボケ変態野郎っ」
力の限り投げる。ダメージはゼロだが、紙パックは見事、殿山の額に直撃したのだった。




