妹にカツアゲをする同級生の姉に反抗してみた
放課後、帰路に着いた。久々に同じ中学組の奏介、詩音、水果、真崎と一緒になった。風紀委員もなかったので、少し寄り道していこうという話になったのだが。
「ゲーセン行こうよ! やりたいのあるんだ」
詩音、ウキウキである。
「最近、おれも行ってないな」
「中学の近くにあったゲーセン、まだやってるのかね?」
真崎と水果が思い出したように言う。
「あそこって、放課後に寄るの禁止になってなかったっけ」
奏介が首を傾げる。
「皆普通に行ってたよ! 時々見回りの先生に現行犯で捕まって怒られてたけど」
「制服まずいからって着替え持って行ってた男子いなかったかい?」
「それいたな。気合入りすぎだよな」
「男子っていうか、女子もいたんじゃない」
奏介が見ると、詩音がさっと視線をそらした。
そんなわけで、出身中学の近くにあったゲームセンターへ。
田舎のアーケード街にある小さなゲームセンターといった様子のそこは、一言で言えば、非情に垢抜けていた。
「おー、最新のクレーンゲームが。あれは新作の音ゲー!」
一回り大きくなっていた新しい建物、改装増築のだろう。店内は色々な意味でピカピカだった。
「詩音、ちょっと落ち着きな」
「大丈夫、わたしも子供じゃないからね! いきなりクレーンゲームに三千円突っ込んだりしないよ!」
「むしろ、子供はしないだろ」
奏介も呆れ顔だ。
「そういや、中学の時に伊崎とここで会ったことあったよな」
「あー、あの時は、お恥ずかしい」
詩音照れ照れ。
「え、何があったの?」
奏介が真崎を見る。
「クレーンゲームの前で百円を積み上げながら、ボタンを連打してた。真顔でな」
「クレーンゲームで連打の要素あったかい……?」
そんなやり取りをしていると、
「桃華組さーん」
その声に振り返ると、二駅先にある公立砥部高校の制服を来た女子と男子が歩み寄ってきた。その後ろから、辺りをきょろきょろしながら着いてくる中学生の女子がいる。
「あ、マロンちゃん!?」
木館マロン、中学の同級生だ。
「なんだ、今日はプチ同窓会かな?」
ニコニコしながら声をかけてきたのは綾小路耀。彼も同じく同級生だ。すると、中学生女子が耀の服の裾をぎゅっと掴んだ。兄妹なのだろう。
(そういえば綾小路、姉と妹がいるって言ってたな)
「や、針ヶ谷に菅谷。久々だね」
奏介はぽかんとした。
「あ、ああ。久しぶり……」
「変わってないな、綾小路は。彼女できたんだろ?」
苦笑を浮かべた真崎が言う。
「へへ、まぁね」
詩音の方へ視線を向けると、
「マロンちゃん、ここで会うなんて運命だね……!」
「ええ。私服に着替えて毎日通ったわよね」
両手を繋いで、再会を喜んでいた。
「……その情熱は否定しないさ。でも、ちょっと引くよ」
「酷いわよ、水果!」
「そうだよ、水果ちゃん!」
ぼんやりと思う。卒業した同級生と偶然再会して、懐かしい気分になる。とても新鮮だった。
「ん、どうした?」
真崎が気づいて問うてきた。
「いや、最近は同級生のクズとエンカウントする確率が高かったから。……元気そうだね、綾小路は」
「ああ、元気だよ。ああ、そうそう。こっちは妹のかえな。ほら、挨拶しな」
「……こんにちは」
ペコリと頭を下げる。
「さて。重大発表するわよ」
そう言ったのはマロンである。
「実はあたし達、付き合ってるの」
「お、おう。わりと噂で有名だったけどな」
真崎が戸惑い気味に言う。
「春頃、中3の頃のグループメッセージで回ってたよね。写真付きで」
奏介が言うと、マロンがはっとして奏介を見る。
「知ってたの!? 菅谷」
「皆知ってると思う」
相当ショックだったらしく、がっくりと肩を落とした。
「酷い、菅谷」
「なんで俺だけだよ……」
「はぁ、でもいいなぁ。桃華って異性と交際するの禁止じゃないわよね?」
「ん? そっちはそんなに厳しいのかい?」
「あ、恋愛すら禁止って聞いた気がする。てか、マロンちゃんも桃華くれば良かったのに」
「……制服……ピンクのリボンとか絶望的に似合わないのよね」
「全身ピンクなわけじゃないんだから、大丈夫なのに」
耀が桃華組を見やる。
「皆似合ってるよね。かえな、桃華と砥部どっちも受けるんだろ? 何か聞いといても良いんじゃないか」
引っ込み思案なのか、かえなは恐る恐る、
「あの、コスプレ部があるって聞いてるんですけど、ど、どんな感じなんですか」
聞けば、中3の彼女にはコスプレの趣味があるらしく、部活として存在する桃華に進学を希望しているそう。
演劇部の水果が詳しいらしく、その後話し込んでいた。
ゲームセンター内で思い思いに遊ぶことになった。真崎と耀は格ゲーの筐体に行ったようだ。奏介は変わり種のクレーンゲームの前に来ていた。
(風船を割って、中のパチンコ玉がコップに入れば当たり……難しそうだな)
他にもピンポン玉を飛ばしたり、紐で結ばれた鍵を引っ張って落としたり。操作に慣れるまで大変そうだが。
「あの」
見ると、かえながもじもじしながら隣に立っていた。
「菅谷先輩は女装コスプレがお得意だと聞いたのですが」
「……いや、得意ではないけど」
詩音が口走ったのだろう。
「伊崎先輩から見せてもらったんですけど、凄くきれいで、友達にも見せたら今度撮影会をやりたいって話になりました」
(俺の知らないところで話が進んでる……)
詩音主導だろうか。
「あ、ごめんなさい。いきなりこんな話をして」
「いや、別に」
「私、コスプレ始めてから友達がたくさん出来たので、この話題になるとキモくなるってよく言われるんです。あはは」
元々引っ込み思案なのだろう。
「そっか。友達……出来ると嬉しいよね」
「はい!」
にっこりと笑うかえな。
と、彼女のスマホがピロンと音を立てた。メッセージが届いたようだ。
「……」
画面を見た彼女は顔を曇らせる。
「どうかした?」
「いいえ。……菅谷先輩は、女装趣味を否定されたこと、ありますか?」
「ちょっと待って。趣味じゃないんだ」
詩音が何を言ったか知らないが、前提が間違っている。
「あ、女装コスプレですよね。すみません」
「それ、何か違うの?」
「お兄ちゃんの他にお姉ちゃんもいるんですけど、会うたびに暴言吐かれるんです。コスプレなんてキモいとか。そんなものにお金を使うなとか。金を出せなんて言われたこともあります」
「そう、なんだ」
どこかで聞いたことがある。根黒と長見の顔が浮かんだ。
(長見姉タイプか)
「大学生なので今は離れて暮らしてるんですけど、たまに帰ってくると暴力を振るわれることもあって」
かえなの体が震える。
「この前、お母さんが出禁にしてくれたので、しばらくは来ないと思うんですけど、たまにこうして」
スマホの画面を見せてくる。
『おい、いんすた見たぞ! ふざけんなよ。下らねぇキモい衣装に金使いやがって!』
いんすたは、写真を投稿する系のSNSだ。若者の間で流行っている。
「送られてくるんです」
「これ、凄く怒ってるみたいだけど」
「理由がよく分からないんです。お前が金を盗んだとか色々身に覚えのないことを言われるので」
噂をすれば、とよく言うが、奏介とかえなのそばに誰かが立った。
「え。あっ」
20歳前後の茶髪の女性がかえなの頬を張ったのだ。
「あうっ」
倒れ込むかえな。
「! 綾小路さん」
しゃがみこんで、女性を見上げる。
「おい、またあたしの金を盗みやがったな!?」
「え、え? そ、そんなことしてない。お姉ちゃん、なんで」
「うるせぇ! さっさと返せ。このクズ!」
と、すぐに詩音や真崎達が走ってきた。
「な、何々?!」
「なんだ、どうした」
慌てた様子の詩音と真崎。
「ナミ姉……何してんだよ」
睨みつける耀。
「あ、ナミカさん」
彼氏の姉、マロンは知っているらしい。
「いい加減にしろよ。かえなに当たって楽しいのか?」
耀の低い声。
「うるせぇよ、耀には関係ねぇだろ」
すると、かえなが震えながら立ち上がった。
「わ、わかったよ。は、払うからもう怒鳴らないで」
カバンから取り出した1万円札を取り出して、差し出す。
それをかすめ取るナミカ。
「おい、恥ずかしくないのか? かえなから金奪って」
「うるせぇって言ってるだろ。かえな、お前、今日こそ許さないからな!」
興奮気味に拳を握りしめ、振り下ろすナミカ。奏介はその間に入った。さすがに他人へはまずいと思ったのか、ぴたりと手を止める。
「さすがに顔にぐーで殴りかかるのは良くないと思いますけど」
「はぁ? 誰だお前。このコスプレ女の彼氏か? ああん? キモいんだよ
」
奏介は、むっとした。
「彼氏じゃないですし、名前も知らない相手を罵倒して良いと思ってるんですか?」
「そいつを庇う時点で良いんだよ。コスプレだぞ。キモすぎだろ。それを見てニヤニヤ笑いそうなお前みたいなヤツも同罪だ」
「ニヤニヤ笑いそうって、偏見ですね。人のことを勝手に判断して。ていうか、中学生の妹さんからお金もらっといて、偉そうに出来て凄いです。何歳なんですか? 恥ずかしくないんですか」
「っ……! そいつが盗んでるんだよっ」
「盗んでないっ」
かえなが涙ながらに叫んだ。
「盗んでなんかないもん。なんで?
なんでお姉ちゃんは私に嫌がらせしてくるの」
表情から、ナミカがカッと怒りの感情を抱いたのがわかった。
「おい、ふざけんなよ、ナミ姉」
「あの、さすがに一方的で酷いと思います」
「ああ、こんなところで暴力も良くないし、まず落ち着いて」
おずおずと言う詩音と困惑しながらもはっきり伝える水果。
「少し話を聞いたほうが」
「いいや、針ヶ谷。ナミ姉の話なんて聞く必要ない。昔からなんだ。昔からかえなを目の敵にして」
ナミカは悔しそうに唇を噛み締め、
「っ」
1万円札を握りしめると、踵を返し、走り去って行った。
「うっうう……」
泣き出してしまうかえな。マロンが彼女の背中に手を置く。
「大丈夫?」
「はい。大丈、夫、です」
奏介は無言で、かえなの背中を見ていた。
○
自室、真っ暗闇で、膝を抱えて泣いていた。誰かに涙を見せたことはない。だからこそ、一人の時は感情が抑えられなくなる。
と、インターホンが鳴った。
「……?」
現在、訪ねてくる人はいないはずだが。
涙を拭い、ふらふらと玄関のドアへ。なんとなく大家さんかもしれない、と。
「はい」
ドアチェーンをしたまま開けると、男子高校生が軽く会釈をした。
「……は!? てめぇは」
ナミカは思わず声を荒げる。先程ゲームセンターで妹と一緒にいた男子だった。
「なんでここがっ」
「近所迷惑なので、ちょっと静かにしてください」
冷静に言われ、思わず黙る。
「菅谷奏介と言います。綾小路……耀君から場所聞いて、大家さんに呼んでもらえるように頼んだんです。呼び出しても出ないから部屋を訪ねても良いと言われて」
「良いわけねぇだろ!」
「ですね。言っといた方が良いですよ。不審者に勝手に家を教えるなって」
「……なんの用だ」
「かえなさんがお金を盗んだっていう話、本当なんですか?」
こんなところまで自分を攻めに来るとは思わなかった。ひ弱な見た目をしているくせに、言い返してきたので、気が強いのだろう。断罪……正義の味方気取りか。
「うるせぇ、帰れっ」
ドアを閉めようとしたが、奏介がカバンを挟んで止めた。
「本当なんですか?」
奏介は真っ直ぐに、ナミカの目を見る。
「本当に、盗んだんですか?」
「……っ……」
ナミカは口を開きかけて、止めた。信じてもらえたことなどあっただろうか。しかし、奏介の目は真剣だ。
「……本当だ。かえなは昔から、あたしの物を盗って行くんだ。それを責めたあたしは、大抵悪者扱い。両親も、耀も、かえなの味方だ。この部屋にも大家を騙して入ってきて、大学のサークルの合宿の資金も盗られた。取り返しに言ったら母親にもう来るなって追い出された。それを……あんなキモコスプレに使われたら、怒りたくもならないか!?」
つい、声を荒らげた。視界がじわりと歪む。
「……すみません、失礼は重々承知なのですが、中に入っても良いですか?」
冷静な声に影響されてか、ナミカは頷いた。
「分かった」
チェーンを外し、ドアを開ける。
「すみません、玄関で大丈夫です」
奏介は靴を脱がずにドアを閉めた。
「良いよ、入れ。茶ぐらい出す」
ワンルームの真ん中、ローテーブルに座って向かい合う。
「つまり、かえなさんは昔から盗み癖と虚言癖があり、周囲を味方にしてナミカさんを悪者にしていた、と」
「……ああ」
「それって天然というか、無意識なんですかね? それともナミカさんを貶めてやろうという悪意があります?」
ナミカはぽかんとしてしまった。
「し、信じるのか? あたしの話を?」
「……。ナミカさん、他の人に信じてもらいたかったら、先走るのは良くないですよ。暴力を振るった後で怒りに任せて暴言吐くと、こっちが悪者になる可能性高いですから」
ナミカはうつむいた。
「分かってる。でも、でも、あたしの周りには、かえなの味方しかいないんだ。だから、殴った瞬間はスッとする。あっちの思うつぼだとしても、その瞬間だけは仕返しが出来るんだ。……なあ、お前はなんでここへ来たんだ」
「かえなさんとナミカさんのやり取りに違和感があって、もしあなたの方が悪くないとしたら、傷つけることを言ってしまったかなと思って。同じような立場を経験したことがあるのでなんとなく分かるんですよね」
「……」
泣いてしまいそうだった。きっと彼は味方ではないだろうが、敵でもない。中立的な立場で、見てくれている。それだけは分かった。
「とりあえず、対策した方が良いですね。お金は常に持ち歩く。大家さんには勝手に入れないように言う。かえなさんと家族の電話番号やメッセージ、メールなどをしばらくシャットアウト。実家にも距離をおきましょう。これで大分生活しやすくなると思いますよ」
「た、対策」
身内に対して大げさな、とは思ったが。
「これは窃盗なので犯罪ですが、妹が逮捕されたら面倒でしょう? とにかく関わるのを止めるのが良いです。確か奨学金で大学行かれてるんですよね? なら、耀君とご両親は切り捨てで。洗脳は簡単に溶けません」
どこまでも中立的な意見だった。
「どうですか、出来ます?」
「……ああ、そう、だな。そう、だよな」
と、ナミカのスマホがぶるるっと震えた。
「!」
画面の着信者は『かえな』。
ナミカは息を飲む。
「別に大丈夫ですよ。……あ、でももし良かったらスピーカーにしてもらえますか?」
頷くナミカ。通話ボタンをタップ。
「もしもし」
『あ、やーっと出た。ちょっとお姉ちゃんさぁ、もう来ないでくれない? ゲーセンで妹に1万円札出させるなんて完全にカツアゲじゃん』
「何を言って、お前があたしの部屋に勝手に入ったから」
『証拠ないじゃん。そんなことしてないしー』
どこまでも馬鹿にしたような口調だ。
『いい加減殴るの止めなよね。痛いし、泣き真似疲れるし。そういやお兄ちゃんもマロンさんも、先輩達もメッチャお姉ちゃんのこと叩いてたよ。脅迫だーって。あははウケる。お姉ちゃんに言い返してたオタっぽい高校生さぁ、女装が趣味らしいよ。超キモいと思ってたんだけどー、お姉ちゃんにブチギレてて笑ったわ。あたしに惚れたのかも。そんじゃ』
言いたいことを言いたいまま言って、通話が切れた。
「あたしと二人の時はこの通りなんだ。こうやって何かあるたびに煽られるから、つい手を出して」
「なるほど、予想以上に他人を舐め切ってるんですね。へぇ」
奏介は目を細め、ふっと笑った。
次回、タイトル変わりますが、続きの話です。




