部活の練習試合でミスをした部員に退学を迫るバスケ部顧問に反抗してみた3
青ざめてきた玉理と、呆然とする鶴久。
教師達の登場でさすがに動揺しているようだ。
「校長先生の名前を出していたようですが、校長先生含め、我々は九重ツツジさんに退学を求めているということは一切ありません」
と、一人の初老の教師、阿久が前へと出た。ツツジの担任だ。
「おい、玉理。九重はうちのクラスの生徒だぞ。退学にするにしても、私を通してもらおうか。そもそも、退学になるような汚物を、この時期まで教室に放置するわけないだろうが」
腕組みをし、高圧的に言い放つ。阿久は、かなり『怖い先生』というイメージだ。傍若無人なところもあり、生徒に恐れられているが、玉理の発言に相当お怒りの様子。
「玉理先生、残念ながら、退学にしたがってるのはあなたと鶴久先輩だけみたいですよ。勝手に自分の意見に先生達を巻き込んだんですか?」
奏介の煽り。すると教頭が奏介を不満そうに見る。
「これは教師の問題です。したことは目を瞑りますから、風紀委員会は廊下へ出なさい」
いきなり退学強制生放送はお咎めなしにしてもらえるということだろうか。
「はい。教頭先生」
東坂委員長は頭を下げ、奏介達もそれに習って廊下へ。
「職員室にもばっちり流れていたか」
田野井が息を吐く。
「この部室棟除いて全部流しましたよ」
「思い切りすぎでしょ……」
と、わかば。
「ああ、録音して他の先生に聞かせるんでも良かったんだけど、俺的にかなり腹が立ったからな」
教室内は教頭の叱責を受ける玉理と鶴久。集まった教師達の顔は穏やかではない。
「信じられない。生徒から人気あるからってこんなこと」
「とんでもない暴言だよね」
若めの女性教師達が軽蔑の眼差しを向けている。
と、廊下の先から三十代くらいの女性が歩いてくる。格好は少し派手目のスカート。茶髪に化粧ばっちりである。
よく見ると、目に涙を溜めていた。
「すみません、玉理先生って、あの人ですか」
女性教師達は女性を見て少し驚き、
「そうです、けど」
女性は頷いて、集まった教師達をかき分けて、中へと入って行った。
「誰……?」
わかばが不思議そうに首をかしげる。
「九重先輩がいじめられてるって、他のバスケ部の人達も良く思ってなかったっぽいからな」
すぐに、色々と教えてくれたのだ。例えば保護者の連絡先とか。
教頭に詰め寄られ、慌てて言い訳をする。
「いや、ですから、九重が試合でのミスを反省していなかったので、少し強めの言葉で説教をしていたんですよ。練習不足だったみたいですし」
ツツジはうつむいたまま、体を震わせていた。
「部長として、九重さんに言わなければならないと思って。言い過ぎだったとは思ってます。感情的になってしまいました」
鶴久は申し訳なさそうに前で手を組む。
「暴言のようになってしまったことは謝罪します。しかし、九重の練習不足、サボりぐせはどうしようもなくてですね。そこら辺はやはり、指導が必、ぶふっ」
いきなり現れた派手目の三十代女性が玉理の頬をぶっ叩いた。尻もちをつく玉理。
「え、は!?」
鶴久が批難するように女性を見る。
「ちょっと、教師にこういうことしていいわけ!?」
「うるさいわねっ、あたしはツツジの母親よっ、あんた、よくもうちの娘をバカにしてくれたわねっ、絶対に許さないから、覚悟しなさいよっ」
「え、あ……」
鶴久の顔が青ざめる。
そう、彼女は九重ツツジの母親だったのだ。
「大体なんなの、その態度。ふざけんじゃないわよ」
怒声に固まる鶴久。
「黙ってなさいっ、このクソガキ」
とんでもない迫力だ。
「お、お母様、落ち着いてください」
「教頭先生、ご連絡ありがとうございます。最近の娘の様子がおかしかったのは、こいつのせいだったんですね」
びしっと指を指す。
ツツジ母は動けないでいる玉理を見下ろし、
「放送聞いたわよ。うちの娘を退学? なんの権限でそんなことができんのよ。経験もない若造が、調子こいてんじゃないわよっ、こっちがどんだけ金払ってると思ってんの? その金で生活してるくせに、生意気なのよっ、ツツジの人生がどうでも良いですって? なんでツツジの人生をあんたみたいなクソ野郎に決められなきゃなんないのよっ。逆の立場だったらどうなの? あんた、あたしに教師向いてないから辞めろって言われて嬉しいわけ!?」
修羅場だった。と、そのタイミングで遅れて校長が教室へと入ってきた。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。お母さん」
優しげな表情の六十代の校長がそうやってなだめ、
「玉理先生、校長室へ行きましょうか」
細めた瞳に、冷たい光が宿っていた。
この場は校長の登場で終息したものの、桃華学園の歴史に残るトラブルだったと語り継がれることになる。ギリギリニュース沙汰にならなかったのは、ツツジの母親が学校の対応に感謝していて、憎むべき相手が玉理個人だったという点だろうか。
もちろんSNSでは流れたが、そこでも玉理の異常行動を批難するものが多かったようだ。
○
それから数日後の風紀委員会議室、昼休み。丁度先に来ていたわかばと二人になった。
「ところで、ここまで学校巻き込んで、メディアに晒されないって……凄いわよね」
わかばが素直に感心した様子で言う。
「元凶を一発ぶっ叩くだけで、かなり怒りが治まるからな。こっちから連絡しとけば、いじめを見つけて対応した学校を恨むこともないし。隠すからマスコミに叩かれるんだ。まぁ、隠さなくても叩かれることもあるだろうけど、今回は運が良かった」
むしろ、感謝されたようである。生放送については、本当にお咎めなしだった。教頭に無茶はしないように、とやんわり口頭注意されただけだった。
「トラブル解決に関して、あんたの手腕はさすがね」
「ニュースで謝罪してる学校とか会社あるだろ? それについて、ああすれば良かったとかなんでこうしなかったんだとかそういう意見を取り入れると、最善の対策が打てるんだ。多少強引なことしないといけない時もあるけどな」
「説得力あるわね」
そう口で言っていても、呆れ顔だ。
「そういえば、鶴久先輩ってどうなるのかしら」
「無期停学だからな」
時間の問題だろう。
玉理のアパートにて。
真っ暗な部屋で、玉理は膝を抱えていた。
「くそっ」
無期謹慎を命じられて一週間。時々かかってくる教頭からの電話、はっきりとは言われないが、退職を促されている気がする。
当分の間、復帰はしなくていいとのことだ。
「九重ツツジ、あの不良生徒のせいで!!」
そう叫んで、はっとする。
『なんでツツジの人生をあんたみたいなクソ野郎に決められなきゃなんないのよっ。逆の立場だったらどうなの? あんた、あたしに教師向いてないから辞めろって言われて嬉しいわけ!?』
玉理は膝に顔を埋める。理由は分からないが、その言葉が、あの母親の言葉が一番刺さった気がする。




