部活の練習試合でミスをした部員に退学を迫るバスケ部顧問に反抗してみた1
一時限目の休み時間。奏介は風紀委員会会議室の戸をノックした。
「失礼します」
「失礼しまーす」
奏介とわかばが室内へ入ると、いつもの委員長席に東坂委員長が座って、書類の整理をしていた。
「入って鍵を閉めろ」
そう言ったのはカーテンを閉める作業をしていた田野井である。
「お疲れ様です」
「あれ、田野井先輩もいたんですか?」
「オレが見つけたからな」
何やら意味深なことを言う。
「すみません、菅谷君、橋間さん。ここだけの話にしたいので」
東坂委員長が困ったように言う。いつもの相談だと思い、来たのだが、何やら委員長副委員長コンビの様子が違う。
椅子とテーブルを並べて四人で向かい合う。
「ええと、なんか……深刻な話、ですか」
わかばが妙におろおろしている。
「匿名で相談があってな」
「あまり公に出来そうにない内容だったんです。田野井さん」
田野井がテーブルの上にクシャクシャになったルーズリーフの切れ端を置く。
「相談箱に入っていた」
風紀委員相談箱では生徒からの要望などを受けている。深刻な相談は委員長に直接来るので、相談箱に入れられるのは比較的些細な内容ばかりだ。
しかし、そのルーズリーフには、
『部活が辛いです。大会とか試合でミスすると先生に責められます。酷いこといっぱい言われます。誰も助けてくれません。やめたい。しにたい』
文字が震えていた。
「……先生に?」
わかばが息を飲み込んだ。
「部活の顧問に嫌がらせをされてる……ってことですかね」
奏介が言うと、東坂委員長と田野井は頷いた。
「本来、いじめの告発なら職員会議で議題にしてもらい、内密に対策を考えてもらうのだが」
「その方法だと、元凶の顧問教師にバレますね……」
「あ、もしバレたとしたら、風紀委員にそういう相談したのがこの生徒だって分かっちゃうってこと?」
わかばが言う。
その通りだった。それはいじめを助長するだろう。
「まぁ、部活名も顧問の名前も書いていないし、イタズラという可能性もある。だが、この書き方を見るに、バレたらもっと酷いことをされるかもという恐怖と、精神的に限界でどうにか助けてほしいというという気持ちが入り混じったサインなのだろう」
「田野井さんと話して、そういう結論に至りまして、山瀬先生は知っているのですが、相談係のあなた達には話しておこうかと思いまして」
奏介は少し考えて、
「そんな顧問がいるんですね。うちの学校って部活は何種類でしたっけ」
用意していたらしい書類を手に取る東坂委員長。
「文化部十五、運動部二十ですね」
「試合とか大会ってことは運動部よね?」
「あぁ、文芸部の大会でミスってのはなさそうだし、後は個人戦じゃなくてチームが基本の運動部かもな」
奏介は田野井を見た。
「入ってたのって今日ですか?」
「ああ。今朝だな」
東坂委員長が顎に手を当てる。
「確か田野井さんが確認したのは七時半頃です。運動部は朝練がありますから、家で書いて、朝一で登校して入れたのかも知れませんね」
「六時過ぎには学校が開くから一番で来れば朝なら見られる可能性低いわよね。放課後は最終下校時刻まで活動してる部活あるし」
わかばの意見に奏介も頷いた。
「今日……つまり月曜日の朝に入れたってことは土日に何かあったのかもしれないですね。土日に大会や練習試合があった部活あります? あまり成績が良くなかったり、負けてしまったり」
奏介以外の三人がハッとした様子になる。
「なるほど。委員長、生徒会なら把握してるかもしれないですよ」
田野井が言って、
「菅谷君、橋間さん。後で調べて連絡します。この相談の件、風紀委員が受けたということで、動きましょう。よろしくお願いします」
●
二日前、土曜日。
九重ツツジは部活棟の空き教室へと入った。がらんとした室内。見ると、ジャージ姿の玉理貴彦と部長の鶴久さとみが険しい表情で立っている。
すると、玉理が歩み寄ってきて近距離でこちらを覗き込んできた。
怖い、恐怖でしかない。
まだ二十四歳の玉理は校内では人気のイケメン教師だ。細身で高身長、体育大学を出ていて、バスケ部顧問に抜擢されている。
「お前、今日の試合の動きはなんだ!?」
怒声。びくんっと体を縮ませるツツジ。
「ご、ごめ、んなさい」
「お前のせいで負けたんだぞ!」
「九重、あなたたるんでるんじゃない? あんなところでボールを取りそこねるなんて」
きつい言葉ではないが、鶴久も加勢する。
「で、でも私は前半しか出ていなかったから」
人のせいにするのは良くないと思いつつ、後半で一年の黒瀬のミスが致命的だったと思う。もちろん、自分もボールを取り逃したのはミスだが。
震える声で言ったが、彼らには関係ないらしい。
「反省文十枚、月曜日の放課後までに持って来い」
「……は、はい。あの、皆に迷惑かけているので、退部を考えています。……申し訳ありません」
ツツジの耳に届くほどの、歯ぎしりの音。
「おい、ふざけるなよっ、なんだ、その態度は」
「ここで言うことじゃないでしょ。それって、食い逃げみたいなもんじゃない」
「え」
鶴久の言葉にツツジは震える。
「皆に迷惑かけまくって逃げんの? 最低だよね。責任逃れ。なんでそう性格悪いの? どんだけクズでのろまなの。死ねばいいのに」
「わ、わたし…ちが」
「おい」
玉理がこちらを睨んでいた。
「退部したいなら、退学しろ。お前のようなやつはこの学校で学ぶ権利はない。消えろ」
「え……」
何故、そこまで言われなければならないのだろう。退部するなら退学? そんなことがあって良いのだろうか。問題行動を起こしたわけでもないのに、何故退学を強制されているのだろう。
「明日、反省文と一緒に退学届けを持って来い。いいな!?」
「は、はいっ」
反射的に返事をしてしまった。泣き出してしまったツツジを置いて、二人は去って行ったのだった。
●
月曜日、授業終わり。
桃華学園二年の九重ツツジはフラフラと部活棟の方へ歩いていた。
手にはA4サイズの封筒を抱えている。言われた通り、反省文と泣きながら書いた退学届け。自分でも体が震えているのが分かる。
(怖い。……嫌だ。怖いよ)
学校を辞めたくない。辞めたい訳がない。
(なんで、退学、なの?)
こんなこと両親にも言えなかった。しかし、逆らえば何をされるか分からない。
心臓の音が肺を押し潰しているかのように、息苦しい。いつもの空き教室へ入ると、玉理と鶴久が待っていた。土曜日と違って、室内には資料や教材などが入ったダンボールが数十個、隅の方に重なっていた。一時的に物置に使われているのだろうか。
「遅いっ」
「ひっ」
鋭い声に体が強ばる。
「さっさとそこに正座して反省文を読み上げろ」
侮蔑の表情で玉理が床を指す。
「早くやりなさいよ。嘘泣きしてないでさ」
涙が溢れるのは不可抗力だった。反省文の束を取り出した際、退学届の封筒が床へ落ちる。
「ちゃんと書いてきたんだ。預かるわ」
鶴久に拾われてしまう。
「反省文、読みます。だから、退学だけは。お願い、します。退学は嫌です。許して下さい」
「許すわけねぇだろ!!」
怒声。
「練習試合で負けたのはお前のせいなんだよ。そんなもの、退学に決まってるだろう」
「前半戦でのミスは……本当に、本当にごめんなさい。でも、どうしてそれで退学なんて」
「お前みたいな無能は勉強しても無駄だ」
ツツジは震えながらも、
「行きたい大学があるんです。目指したい職業もあります。お願いします」
「ふん。行きたい大学? お前の行ける大学なんてあるわけねぇだろ。仕事なんて便所掃除でもしてろ。それがお似合いだっ」
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『行きたい大学があるんです。目指したい職業もあります。お願いします』
『ふん。行きたい大学? お前の行ける大学なんてあるわけねぇだろ。仕事なんて便所掃除でもしてろ。それがお似合いだっ』
わかばは聞こえてくる怒鳴り声に、真顔になっていた。
「酷いわね」
「あぁ、感覚が麻痺して、九重さんになら何を言っても良いって思ってるんだろうな」
奏介がスマホの画面を見ながら言う。いじめは徐々にエスカレートするものだ。どんなに酷いことでも、こいつにならぶつけても大丈夫だと認識してしまっているのだろう。もはやそうなるとサンドバッグである。最終的に被害者が壊れて、加害者がお咎めなしというのはよくあることだ。
「こういう勘違い野郎が一番気に食わないな」
風紀委員会議室である。それぞれ椅子に座り、東坂委員長と田野井を待っているのだが、すでに始まってしまったようだ。
「ねぇ、ところでなんかあんたのスマホじゃなくて、天井のスピーカーから大音量で聞こえて来るような気がするんだけど」
「放送委員長の入間さんに許可取って借りた校内放送用のマイクを仕掛けてあるからな」
入間さんは第189部に声だけ初登場してる人です。




