姫の会社でハラスメントに反抗してみた~金田先輩ルート~
235部もすぐに更新します。二話同時更新です。
待ち合わせの駅で姉の姿を見つけ、奏介は歩み寄った。
「あ、来た来た」
「ごめん、遅れた」
「良いわよ。呼びつけたのあたしだし」
姫はそう言って笑い、
「じゃあ、行きましょっか」
少し前にあったカゴマツ転売ヤー事件の解決をしたということで、姫がお礼に昼ご飯を奢ってくれるらしい。最初に話を持ってきたのは姫だが、結局奏介自身が巻き込まれたので、代わりに解決したという認識はなかったのだが。
「別に気にしなくて良いのに」
「そうは言ってもあたしは手間が省けたからねー」
「ああ、そういう」
「こっち」
駅から離れて歩くこと十分。オフィス街に入った。
「この辺にお昼食べるところあるの?」
「ここよ」
やはりオフィスビルである。看板には企業名が書いてあるわけだが。
「姉さんの会社じゃん……」
「うちの社食、一般開放してるのよ。だからわざわざ平日のお昼に呼んだんじゃない」
今日は桃華学園のPTA総会が開かれるため、午前中だけ授業だったのだ。
「一般開放……」
姫に連れられて、一階奥の食堂へと行く。
「! カフェ?」
社食と聞いていたので、日替わり定食やうどん、カツ丼、カレーなどのメニューを想像していたのだが違った。
内装はログハウスのような壁、おしゃれなデザインの椅子やテーブル、日射しが射し込む窓の外にはテラス席も見える。そしてオムライスセットやパスタセットなど、レストランのようなメニューが並んでいる。
「社食にしては良いでしょ?」
「あぁ、うん。お洒落だね」
姫に連れられて、中へ。ほとんどスーツ姿の男女なのだが、意外なことに、子供連れや制服の高校生、大学生らしき若者までちらほらと。一般開放されているというのは本当らしい。
「何が良い? 好きな物食べて良いわよ」
「じゃあ……」
社食らしく、食券を買っての注文となるようだ。
「三種のカレーセットで」
メニュー看板に『newメニュー』とある。
「ターメリックご飯にキーマカレーと野菜チキンカレーとビーフカレーが一度に楽しめる……美味しそうね」
姫はしばらく考えて、
「あたしは二種のパスタセットにするわ」
やはり、全体的にお洒落なカフェ風のメニューである。
食券を購入して、カウンターで受け取り、着席する。長テーブルに向かい合う形で椅子が並べられていた。居合わせた人と半相席である。
「奏介の美味しそう~。キーマカレー一口!」
「いや、子供?」
「ナポリタンちょっとあげるから一口交換しましょ」
姉弟でそんなやり取りをしていると、
「菅谷ちゃん」
テーブルの近くにパンツスーツ姿の女性が立っていた。三十代だろうか。
思わず反応してしまったが、恐らく姫の会社の社員だろう。
「ここ、良い? 混んでて、大学生の若い子に挟まれる席しかなくって」
姫が笑顔で頷くと、椅子を引いてピラフとスープセットのトレーを置いた。
「ごめんねー、話してるところに」
「全然大丈夫ですよ」
感じの良い人である。姫の顔を見、こちらに笑いかけてきた。
「あなたが菅谷ちゃんの弟君?」
「あ、はい。菅谷奏介です」
軽く会釈。
「菅谷ちゃんの一応先輩の金田です。よろしくね」
金田さんは姫を見やる。
「弟君と昼食って言うから、どこ行くのかと思ったら、うちの社食なの?」
苦笑気味に言われる。どうやら、姫が奏介のことを話したらしい。
「うちの社食、美味しいですから」
「まあ、そうね。いただきます」
金田がピラフを食べ始めた時である。彼女のスマホに着信が入ったらしく、バイブの音がし始める。画面を見た金田は表情を引きつらせた。
「……」
「先輩?」
金田は肩を落とす。
「うん、ごめんね。ちょっと」
席を立ち、食堂の隅の方へ。
何やら、電話の相手と話をし、数十秒で戻ってきた。
「ごめん、菅谷ちゃん。娘が保育園で熱を出したらしくて」
「あー。大変ですね。まだ一歳になってないんでしたっけ」
「ええ。お迎えに来て下さいって言われちゃった。旦那も仕事中だし」
金田は憂鬱そうな表情で三席先に座る中年男性へ視線を向ける。
「先輩、大丈夫ですよ。後はやっておきますから」
「いつもありがとね」
そう言って笑うが、辛そうだ。
丁度、金田と男性との間にいた社員達が退いたので、おずおずと近寄る。
「部長、少しよろしいですか」
顔を上げる男性は眉を寄せる。
と、姫が耳打ちをして来た。
「部長、最近変わったんだけどね」
「うん? そうなんだ」
「ちょっと金田先輩と折り合いが悪くてね」
見ると、金田が先ほどの電話の内容を説明し始めた。そして、
「そう言うことで、申し訳ありませんが午後帰らせていただきたいです」
黙って聞いていた部長は重い口を開いた。
「君、今週二回目だろう? やる気あるのかね?」
「……申し訳ありません」
頭を下げる金田。
「この前は当日にいきなり休んだだろう」
「保育園がいきなり休園になってしまって」
「遊びで職場に来ているのかね? ただでさえ時短勤務で仕事が終らないのに。こっちは迷惑しているんだ」
子供のことで欠勤、早退することを問答無用で責められているようだ。
「あー……」
姫は肩を落とす。
中々に理不尽な光景だ。子育てをする女性が働きづらい社会というのが良くわかる。
「金田さん、また午後帰るんですか?」
歩み寄って来たのは若い女性だった。二十代半ばだろうか。嫌そうに金田を見る。
「娘が熱を出してしまいまして」
「はあ。あのさ、休むくらいなら辞めたらどうですか? 休まれると仕事進まないですし、超迷惑」
「も、申し訳ありません」
金田は少し泣きそうだ。
そんな様子を見る姫は奏介を見る。
「奏介、デザートも奢ってあげよっか?」
なんとなくその言葉の意味は分かった。
(二対一は酷いな)
どうにか早退を取り付けて戻ってきた金田はしゅんとしていた。
「先輩」
姫が心配そうに声をかける。
「わたし、辞めた方が良いのかな? 迷惑かけてるのは本当だし」
先ほどの上司と女性社員が大声で話している。
「たく、復帰してから子供が子供がって結局休みまくってるなら意味なくないですか?」
「ああ、迷惑極まりないな。働く気がないならいなくなってくれた方が断然ましだ」
奏介は小さく息を吐いて、
「金田さん、元気出して下さい。大声で悪口言う人って小学生の子供と変わらないですから」
ノリに乗って悪口を言っていた二人の顔が固まる。
「え……」
奏介はにっこりと笑う。
「堂々と人の悪口言うのって悪いことなんですよ。確かに金田さんは迷惑をかけてるのかもしれないです。それは確かです。でも申し訳ないって気持ちはあるんですから良いんですよ。お子さん大事ですもんね。だからああやって楽しそうに人のことをバカにする人達に落ち込むことはないですって。成人した大人の中にもいるんですよねー。人の弱い所を突いて楽しんでる奴」
奏介は二人に冷たい視線を向けて、ふっとバカにするように笑う。
「な……!」
顔を真っ赤にする上司と女性社員。
「なんだね、君はっ」
「失礼過ぎでしょっ」
すると姫が奏介の頭に拳を乗せる。
「こら、本当のこと言っちゃダメでしょ? 悪口が趣味なんだから、そういうこと言っちゃダメ」
「あ、うん。ごめん、姉さん」
姫が上司へ視線を向ける。
「すみません、うちの弟が。どうぞ、続けて下さい」
そう言って、手をひらひらと振る。
「姉さん、悪口が趣味って」
「他人の趣味を否定するのは良くないのよ。そりゃ、ご飯食べるところで子供が具合悪くて早退する人を馬鹿にするのは悪趣味だと思うけど」
「体調不良をバカにするって、ヤバいね」
「ヤバいわね。風邪で休んだことないんじゃない?」
「ああ、なんとかは風邪引かないしね」
奏介と姫はそんなやり取りをしつつ、何事もなく昼食を食べ始める。
周りの人間がひそひそと話し出す。
「あたしも子供がインフルの時、文句言われたんだよね」
「産休の時、嫌な顔されたの思い出したわ」
「俺、保育園の入園式で休むって言ったらバカにされたことあったなぁ」
子供を持つ社員達が口々に上司達に恨みがましい視線を向ける。
二人は奏介と姫に文句を言う前に居づらくなったのか、早々に退散していった。
見ると、金田が口を半開きにしていた。
「き、君、す、凄いわね。菅谷ちゃんは、なんか思いっきり便乗した感じだけど」
「ああ、俺、あの人達と関係ないんで好きなこと言いました」
「いつかこっそり締めようと思ってたけど、助かったわ」
完全に、この場の雰囲気が金田の味方に傾いた。
「あ……あはっ、ほんと、凄いな」
「俺みたいな子供が言うのもなんですが、頑張って下さいね」
「ありがとね。仕事も子育ても頑張る」
金田の表情は晴れやかだった。
帰り道。姫に駅へ送ってもらった。
「それじゃ、気をつけてね」
「ああ、うん。……難しい問題だね」
「そうね」
姫はうんうんと頷いて、
「色んな人がいるし、ハラスメントは逆もあるしね。どっちが正しいのか」
「俺は、さすがに分からないけど」
「良いのよ。あたしも当事者じゃないしね」
そこで、姫と別れた。
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