嫌がらせをする性悪アイドル達に対抗してみた1
例によって、別のお話挟みます。
とある日の風紀委員会議後、奏介はわかばと共に東坂委員長の机の前に立った。他メンバーは挨拶をしながら出ていく。
「すみません、時間取らせてしまって」
「いえ、それで相談ていうのは」
東坂委員長は頷いて、
「ハルノからなんです」
「え」
わかばのテンションが少し上がったのが分かった。
「学校外のことなので、どうかと思ったのですが、ハルノがどうしても、ということで」
「そう、ですか」
すでに相談窓口の常連だ。と、風紀委員会議室のドアが開いた。
「連れてきました」
田野井と共に顔を出したのは飯原ハルノだった。
「こんにちは」
ハルノはぺこりと頭を下げた。
会議室内で椅子とテーブルを用意し、奏介、わかば、東坂委員長の三人で話を聞くことに。田野井は用事があるらしくそのまま帰って行った。
「それでどういう相談ですか?」
ハルノは頷いて、
「一度、お仕事でご一緒した子なんだけど、凄く気が合って、メッセージ交換をしてるの」
「飯原先輩の仕事ってことはモデルさんですか?」
わかばが首を傾げて聞く。
「えと、歌手というかいわゆるアイドルかな。その時の一回だけモデルの仕事を引き受けたって言ってたけど」
「ああ、そういうことですか」
その月の雑誌にだけモデルとして載り、インタビュー記事で紹介される女優や俳優、そのポジションだったのだろう。
「サクラキリメさんという中学生アイドルなんだけど。知ってる?」
「あ、知ってる……! 今人気が凄いわよね」
「俺も聞いたことあるな。しおが言ってた気がする」
ミーハーな詩音は流行に詳しいのだ。
「わたしと同じで、他のアイドルから色々言われて参ってるみたいなの。最近出した曲も音楽のランキングでぶっちぎりで、それまで一位だった子達の反感を買っちゃったらしくて」
「アイドルの界隈はファン人気で決まりますから女性同士の嫉妬も多そうですね」
東坂委員長が少し困ったように言う。
「物を隠されたり、イタズラされたり、変な噂流されたり。結構過激でエスカレートして来てるみたい。他人事と思えなくて。菅谷君の話をしたら、ちょっと興味があるって言うから」
「……相当参ってるって本当なんですね」
でなければ得体のしれない相手に相談などしないだろう。
「持ち物にイタズラ、ね」
わかばが複雑そうな表情をする。
「良い機会だから聞くけど、反省してるんだろ?」
「し、してるわよっ!」
東坂委員長とハルノが不思議そうにしたので、わかばは咳ばらいをした。
「とにかく、話聞いてあげた方がいいんじゃない? 若い人から年配の人まで支持してるから、引退なんてことになったら可哀想だし」
奏介は頷いて、
「分かりました。とりあえず、話聞きます」
後日、会うことになった。
〇
翌日の風紀委員会議室にて。
いつものメンバーが集まっていた。
「え……凄すぎる」
詩音が驚愕に目を見開いた。
「大人気アイドルなんだっけ」
奏介の言葉に詩音は何度か頷いて、
「うちのお母さんもめっちゃ歌好きだし! ね、サインもらってきて」
「そんな余裕ないと思うけどな」
「相談内容が結構きつそうだったしね」
わかばが肩をすくめる。
「ボクも好きな方かなー。つい口ずさんじゃうんだよね」
モモも同意するように頷く。
「そいえばうちの隣の小学生も好きだって言ってたね。からかったら、恥ずかしいのか、否定してたけど」
苦笑を浮かべる水果。その否定は何か違う意味な気がする。
と、真崎が耳打ちしてくる。
「連火の漫画、映画化第二弾にちょい役で出るらしいんだ。あいつも喜んでたぞ」
もはや国民的アイドルなのだろう。アイドルというと男子も女子もグループで売れるイメージなので珍しい。
サクラキリメの人気を再確認したのだった。
その日の放課後。夜に近い夕方。
奏介は駅近くのファミレスにいた。奥のボックス席で、この場にいるのは奏介、わかば、東坂委員長だ。
それぞれドリンクバーだけ頼んで、ハルノが相談者を連れて来るのを待っている。外で話を聞いている時点で風紀委員の仕事ではない気がするが、ハルノの頼みだ。東坂委員長も放って置けないのだろう。
「すみませんね、二人とも。せっかくのお休みに」
東坂委員長が困ったように言う。
「わたしは別に。むしろ貴重な体験ていうか出会いっていうか」
そこまで言って、わかばは軽く咳ばらいをした。
「まあ、菅谷が暴走しそうになったらわたしが止める役なので」
「この時点で暴走しようがないだろ」
「すぐ自分が死んでも~みたいな話するじゃない」
「だから、今日は話聞くだけだろ」
そんなやり取りをしていると、入り口の方からハルノが歩いてきた。その後ろにいるのは、ニット帽を被った眼鏡の女の子。十代前半というところだろうか。
目立ち気味な金髪を纏めて帽子の中へ収納していて、顔の両側に長めの前髪を分けて垂らしている。
「お待たせ」
ハルノが手を振って、すっと後ろの女の子に手を向ける。
「こっちが話してたサクラさん」
大人気アイドル、サクラキリメは慌てた様子で頭を下げた。
「初めまして。よろしく、お願いします」
ひとまず座ってもらい、話を聞くことに。
「サクラさん、こっちが東坂さん、橋間さん、そして菅谷君」
「あ、あの、わたしのために来てもら……来て頂いてありがとうございます」
思ったよりも舌足らずで幼い感じがする。容姿は非常に大人びているだけにアンバランスな印象がある。
「嫌がらせに困ってるって聞いてるんですけど」
奏介が言うと、キリメはこくりと頷いた。
「はい、でも少し前に嫌がらせを止めてくれた人がいて」
奏介はぽかんとした。
「そう、なんですか?」
ハルノも聞いていなかったようで驚いている様子。
「そのせいで、今度はその人が標的になって、凄く辛そうなんです。申し訳なくて、でも、また嫌がらせされたらって思うと怖くて」
あっという間に目に涙が浮かんだ。
「……そんな」
わかばはかける言葉が見つからないようだ。
「庇った人を標的にする。よくある話ですね」
「うん、もう何て言ったら良いか」
東坂委員長もハルノも複雑そうな表情。なんとも言えない空気が漂い始める。
「わたしの、せいなんです。先輩アイドルなんですけど、引退まで考えてるって聞いちゃって」
「つまり、その嫌がらせをしてる人って、誰でも良いんですね」
キリメが奏介と視線を合わせる。
「え」
「サクラさんが嫌いだから嫌がらせしてるわけじゃなくて、誰かに嫌がらせをしたいだけなんですよ。それじゃなきゃ、サクラさんを庇っただけの人に嫌がらせなんて始めないと思います。だから、サクラさんのせいじゃないですよ。そいつらが性悪のどうしようもないクソガキなだけで」
「……」
一部の罵倒じみた言葉遣いに、キリメは目を瞬かせるしかない。
「誰かを庇うと自分が標的になる。そう考えていじめを止められないというのは良く聞きますよね」
「本当にもう、無差別よね、それ」
東坂委員長とわかばが言って、ハルノが少し考える。
「わたしが、菅谷君みたいにやろうかな」
「? 飯野先輩?」
「あ、ほら、わたしアイドルじゃないし、同じ学校でも同じ年齢でもないし、好き勝手に言い返しても嫌がらせされようがないかなって。だから真っ向から言い返し」
「止めた方が良いですよ」
奏介の言葉に、ハルノは困ったように笑う。
「やっぱり?」
「そうですよ! 先輩も大人気モデルなんだし、無差別に嫌がらせしてる奴らに関わったら、しつこく付き纏われるかも」
「橋間の言う通り、中途半端に言い返すと復讐心を煽るだけですよ。やるなら、アイドルとしての未来を叩き潰して二度と立ち上がれないようにしてやる、くらいの気持ちでいかないと。もしくは、こいつに歯向かったらヤバいって思わせないとなくなりません」
「……あんたらしく全力ね」
「サクラさんの話を聞いてて、ちょっと腹が立ったからな」
いじめられていた人を助けた、そんな勇気がある人が身代わりになって辛い思いをしているなど許せない。
「俺が、なんとかしますよ」
「え、あ、本当、ですか」
キリメは戸惑いが強いようだ。
「とりあえず、現場を見たいんですけど、どういう状況なら見られますか?」
「今度、屋外で歌フェスがあって、そのリハーサルがあります。その先輩も、嫌がらせしてくる三人のアイドルグループも参加するのでもしかすると」
「それなら、見学出来るかも」
ハルノが明るい声でいう。
「あ、あの菅谷さん、その……」
キリメは何かを言いたげにもじもじしている。
「ああ、女装でもしていきますよ」
「!?」
キリメが目を見開く。
「……え?」
「いや、サクラさんの知り合いとして男が行くのはまずいでしょ?」
キリメは申し訳なさそうに体を小さくする。
「まずくはないんですけど、前に知り合いの男の人を楽屋に呼んだ時に当たり前のように悪口を言ってたので、嫌な気持ちになったら申し訳ないなと」
「気にしませんよ。言って来たら言わせっぱなしにしないので」
わかばはごくりと息を飲み込んだ。奏介が有言実行することは良く知っている。
その日は解散して、後日フェスのリハ会場で会うことになった。
週末、土曜日。
桃華学園の最寄り駅から四十分程のところにある大きな駅、隣接する森林公園の広場に野外ステージが立てられていた。
「うっわ、すごー」
奏介、わかば、ハルノの三人はアイドルや歌手が集まるその場所に驚きつつも、いくつもテントが張られた出演者控え室へと近づく。ちなみに東坂委員長は大人数は良くないだろうということで止めておくとのことだった。
「あ、ハルノさん、橋間さん……もしかして、菅谷さん?」
久々の依頼に喜んだ大山先生の力作の特殊メイクの女子顔、奏介がそこにいた。腰まであるロングヘアをハーフアップにしている。
「どうも」
「れ、レベル高いですね」
キリメは頬を赤らめてそういう。無駄に美形にされるのは不本意だが、男性物の洋服を着ていたとしても、そういうファッションの女子にしか見えない。
「なんとかする過程でセクハラとでも騒がれたら面倒なので今日はこれで行きます」
「は、はあ、よ、よろしくお願いします」
「それで、標的になっているのは」
「丁度、あそこに」
楽しそうにイスを並べて喋りながら携帯ゲーム機を操作する中学生三人に十八、九歳くらいの少女が声をかけていた。
「こら、さすがにゲーム機はダメでしょ? これからリハなんだから」
「はーい」
素直に言った三人から少女が離れた瞬間、
「はあ、ウザ。あのオバサンなんでここにいんの?」
「呼ばれてんのか怪しいよねー。ババアの癖に」
「昨日さあ、生意気に新調してた服に大きく名前書いといてあげたら、トイレで一人で洗ってんの。笑っちゃったあ」
「面白すぎでしょ。あの老害」
予想以上に言いたい放題だった。
こちらに向かって歩きながら唇を噛み締める少女は辛そうだ。
「真理愛さん」
歩み寄って来たのは小佐越真理愛。正統派歌手アイドルだそうだ。
「キリメちゃん、お友達?」
笑顔。
「はい、見学に呼んだんです」
「そっかー。頑張ろうね」
すると、こちらの話を聞いていた三人組がくすくすと笑っている。
「頑張ろうねーだって」
「ほんと、頑張らないと、落ち目アイドルって大変なのよね」
「もう旬が過ぎてるんだし、引退すりゃ良いのに」
「枯れてんのよね」
「三十までアイドルやりそうじゃない?」
「やだ、痛―い」
止める人間がいないようだ。調子に乗りまくっている。
平気でファンのことも蔑ろにしそうなグループである。
(この格好じゃなかったら、ボロクソに言ってきそうだな)
容易に想像できてイラっとした。
「……あの、真理愛さん」
「気にしないで。いいのよ。半分、ほんとだし。小言ばっかり言ってるし、老害も老害。もうすぐ二十歳だしね。アイドルなんて」
ネガティブ思考。どうしても、色々と悪口を言われると落ち込んでしまうものだ。陰口を言われるたび、自己肯定感が無くなっていく。
「サクラさんもサクラさんだよね。一般人呼んじゃうとか」
「ちょーしに乗ってんでしょ。トップアイドル様だもん。何しても許されるってこと」
「羨ま〜」
ゲームをしながら、楽しそうにそんなことを話している。
「あの、小佐越さん」
奏介が声をかける。
「ん? 何かしら」
優しい笑顔。彼女がキリメを救ったのだ。
「応援してます」
真理愛は目を瞬かせ、もう一度笑った。
「ありがと」
「わたしもです! 頑張って下さい」
わかばが、少し食い気味に言う。
「ふふ。キリメちゃんの応援に来てくれたんでしょ? 優しいのね」
白けた様子でこちらを伺っている三人組。気に食わないと顔に書いてある。
(何かやりそうだな)
いじめている相手が楽しそうにしているところなど、見たくないはずだ。
と、わかばが耳打ちしてきた。
「ね、どうする気? このパターンはやっぱりハルノ先輩の時みたいに」
ハルノが会話に混じってくる。
「一人づつ呼び出してお話をする、とか?」
「まぁ、一人づつなら確実に潰せるけど、学校じゃないから呼び出しとかも難しいし」
トイレも3人一緒に行っていそうな雰囲気である。
奏介は少し考えて、
「あの年齢の悪ガキに正論言っても無駄だし」
◯
赤松ののはグループメンバーの友田、華村と共にリハーサル会場へと向かっていた。お昼休みである。私服に着替えれば外出しても良いと言われたのでコンビニに行ってきたのだ。
「でさー」
「え、マジー?」
「ガチよ、ガチ」
赤松はもちろん、三人共ご機嫌だ。というのも、小うるさい小佐越真理愛の私服に『ババア』だの『ブス』だの『消えろ』だのと落書きしてやったのだ。一般人に褒められて、調子に乗って楽しそうにしていた先輩アイドルの沈んだ顔が見られると思うと、ワクワクする。体を小さくして落ち込む姿は滑稽で、自分達が優位に立っている感覚は、とんでもなく気持ちいい。
控室のテントへ入ると、ざわざわしていた。見ると、小佐越真理愛が制服姿の警官に何やら事情を聞かれていた。
ドキリとする。
「え、なに」
真理愛の手には私服のワンピースが握られているのだ。それから、キリメや彼女の知り合い達も制服警官に何やら話をしているよう。
「ど、どゆこと?」
「なんなの」
友田、華村も動揺している。
と、後ろから声をかけられた。
「こんにちは」
笑顔で立っていたのは、キリメの知り合いの一人である。美人だが、ほぼほぼメンズファッション、さらにハスキーボイスも似合っている。同業なのではないかと一瞬疑ってしまう容姿だ。
「私、キリメさんの友人の菅谷といいます。ちょっと外でてもらって良いですか?」
動揺しているためか、彼女の言葉に促され、テントの外へ。
ドクンドクンと心臓が音を立てていた。
「今、中は取り込み中なので。ちょっとお聞きしたいことがあるんですよ。あなた達は」
「あんた、いきなりなんなの?」
耐えかねたらしい華村が強気に睨む。勝ち気な彼女らしい対応だ。
すると、菅谷と名乗る女性は冷たい視線を向けてきた。
「何、その言葉遣い。初対面だよね? なんなのって、今言ったでしょ。聞きたいことがあるの」
「なんであたしらが答えなきゃなんないわけ? てか、こいつもオバサンじゃん」
友田が加勢。
いつもの調子だ。小言を言う真理愛を三人で撃退した時のことを思い出し、赤松は高揚感を覚えていた。
「老害は黙ってろって!」
彼女はすっと取り出したスマホの画面を見せてきた。そこには、簡易ロッカーに入っていた真理愛のワンピースを引っ張りだし、マジックで落書きをしている自分達の姿。
「……へ?」
「答えたくなきゃそれでも良いけど、なんでお巡りさんが来てるか、ちょっとは考えなよ」
赤松は、背筋がすっと冷えるのが分かった。
調子に乗ったアイドル+悪口&物破壊いじめ+警察介入verです。




