公園の主婦達に反抗してみた1
一応R15表記を入れました。念のためです。
これによって過激な描写が増えるということは一切ありません。よろしくお願いいたします。
放課後、帰ろうと靴箱の前に立った奏介はふと横に立ったわかばに気付き、視線を向けた。
「ん?」
「これ、ナナカから」
手渡されたのは透明な包装紙にリボンを結んだクッキーなどの焼き菓子の詰め合わせだ。例の事件から二週間ほど、どうやら落ち着いてきたらしい。
「ああ、野竹さんか。元気してるの?」
「ええ、あれで一気に誤解が解けたから、お店の方のお客も戻ってきたって。わざわざ謝りに来た人もいたらしいのよ。まぁ、完全にあんたのおかげだわ」
「運がよかったね。針ケ谷にもお礼言っといて。あいつがいなかったら、もっと長引いてたし」
わかばはこくりと頷いた。
そして今気づいた、少し離れたところでわかばの友人二人が不安そうにこちらを見ていたのだ。
「そういうわけだから。ありがとう」
わかばはすっと頭を下げた。数日前は突然牛乳をぶっかけてきたのに、人とは変わるものだ。
「ああ」
わかばは友人二人のところへ戻って行った。そこで二人のうちの一人がじっとこちらを見ていることに気づく。
「ん?」
ウェーブのかかったロングヘアの女子で、先日の一件で土下座をさせた一人だ。
彼女は何か躊躇うような仕草を見せたが、わかばに呼ばれ、奏介に背を向けて去って行った。何か言いたそうだったが。
◯
風紀委員の仕事は週三回。集まって、校則や最近の校内の様子などを議題に話し合い、その後交代で学校内の見回りをする。今日は活動がない日だったので早めに出てこられた。
無事に自宅マンションへ着き、エレベーターで自宅のフロアへ。
「ん?」
部屋の前に誰かいる。というか、座り込んで床を見ている。
子供のようだ。
奏介はゆっくりと近づいて行く。すると、気配に気づいたようでこちらへ視線を向けた。
「あ」
最近、見た顔だ。
「そうすけ君!」
勢いよく立ち上がったのは、
「あいみちゃん? なんでここに」
高坂あいみ。少し前に知り合った五歳の女の子だ。母親とどこの誰か分からない虐待男と暮らしていたが、警察によって親戚の家に預けられたと聞いている。
「お荷物取りに来た」
「あ、前のおうちの?」
「うん。おばさんがそうすけ君のお母さんとお話ししてる」
どうやら挨拶に来たらしい。
「そうなんだ」
あいみは手を伸ばしてドアレバーを押した。奏介の家のドアを開ける。
「どうぞ、おはいりください」
誰かの真似だろうか。
奏介はあいみの頭を撫でて、中へと入る。
「おじゃまします」
「うん、どうぞ」
あいみと一緒にリビングへ行くと、母親とキリッとした顔のスーツ姿の女性がいて、会釈をしてきた。
「あなたが奏介さんですね。初めまして、あいみの伯母の高坂いつみです。この度は妹、かやみが多大なる迷惑をおかけしたこと、まことに申し訳なく思っております」
立ち上がって、改めて深々と頭を下げる。
「は、はあ。どうも」
彼女があいみの引き取り手らしい。別の意味で心配になった。だいぶ若いように見えるし、バリバリのキャリアウーマンと言った印象だ。
「入院中の妹の暮らしていた部屋に荷物を取りに来まして、ついでにと思い、お邪魔いたしました。また改めてお礼に参る所存です」
しっかりしている、というかし過ぎている。あいみはばっちり影響を受けているようだ。
しかしながら、と奏介はあいみの服装を観察する。ヒラヒラのブラウスと可愛らしいリボンがついたスカート。どうやら新品のようだ。髪も綺麗にとかされていた。必要以上の心配はいらないのかもしれない。
「ふふ。いつみさんにケーキを頂いたのよ。皆そろったし、もう切っちゃおうかしら? 高さもあるし、冷蔵庫に入らないのよ」
と嬉しそうに言ったのは奏介の母である。
「高さ? 冷蔵庫?」
ホールケーキなのだろうか。
「いえ、荷物の整理をしなければなりませんので」
「あらそう? なら終わってから皆で食べない? ね、ね、良いじゃない?」
いつみは少し考えて、
「そう、ですね。実はあいみも食べたがっていたので」
「決まりね」
「ところで奏介さん」
「あ、はい」
「申し訳ないのですが、あいみを遊ばせてあげて頂けませんか。例の部屋に近づけたくないので」
奏介は、はっとした。やはり、この人は心配なさそうだ。
「分かりました」
「いつみさん、一人で平気? 奏介使っても良いのよ?」
「大丈夫です。……一人でやらせて下さい」
何か思うところでもあるのだろうか。
「それじゃ、奏介、外へ行ってきなさい」
「は? なんで」
母は腕を組んだ。
「うちに遊ばせるものがないからよ。あいみちゃんと二人でおままごと出来るの?」
「……」
近くの公園へ行くことにした。
◯
手を繋いで公園までの歩道を歩く。
「そうすけ君、元気だった? 風邪とか引いてない?」
「あはは。引いてないよ。あいみちゃんは?」
「たいちょうかんりをしっかりしてるから」
いつみの影響が凄まじかった。
「伯母さんは優しい?」
「うん。あと、お料理上手い」
「そっかー」
先日よりずっと生き生きしていて、子供っぽい表情をする。ひとまずは安心だ。
「しおんちゃんは?」
「ん? まだ学校から帰ってなかったから。家に戻ったら詩音の家に行ってみよ」
「うん!」
公園に入ると、井戸端会議をしている主婦達と何人かの子供が遊んでいた。
「あ、あいみちゃーん」
友達だろうか。砂場でスコップを使っていた女の子が手を振っている。
「まこちゃんだ」
奏介は息をついて、あいみの手を離した。ここなら問題ないだろう。
あいみが走って行ったのだが、
「ん?」
まこちゃんとやらの母親らしき女性がまこちゃんの手を引いて、連れて行ってしまった。あいみは悲しそうな顔をしている。主婦たちの視線はあいみへ向いていて、ヒソヒソと声が。
「あの子ってこの間の」
「なんでいるのかしら」
「ろくな子じゃないわよね」
奏介はむっとした。あの距離だとあいみにも聞こえているだろう。というより、例の事件はあいみに非はない。あいみの母親のことならともかく、直接子供に悪意を向けるとは。
奏介は堂々と砂場へ近づく。
「あいみちゃん」
「そうすけ君……」
「俺と山でも作ろっか」
「うん」
定番だが、高い砂の山を作ってトンネルを掘る。見事開通させるころには何人かの子供達が集まっていた。
「すっげ! あいちゃんのおにーちゃん上手い」
「トンネル、手を入れてもいい?」
まこちゃんも戻ってきていた。母親達は不服そうにひそひそと話している。
「ねぇ、もう皆で帰らない? あの子と遊ばせるのは」
「嫌よね、影響が」
奏介は子供達を見回した。
「皆、うちのあいみと遊んでくれてありがとね。仲良いんだね」
「皆すみれ組だもん!」
「先生が仲良くってよく言ってるよ」
幼稚園のすみれ組仲良しグループらしい。
「そっかー。どこかのおばさん達と違って、仲良く遊べて偉いね。悪口とかあんまり言っちゃダメだよ?」
主婦達は目を見開く。
「言わないよ! すみれ組は幼稚園で一番仲良いんだもん」
「そうなんだ。ほんと、陰口言いまくってる奴らとは違うなぁ」
「陰口?」
あいみが首を傾げる。
「なんでもないよ」
ちらりと後ろを見ると気まずそうにしている主婦達が。
「はぁ、こんな純粋な子達なのにそのうちああなっちゃうのかなぁ」
奏介は大袈裟に言って、笑った。
すると一人の主婦が近づいてきて、再びまこちゃんの腕を掴んだ。
「あなた、うちの子に何を教えてるの!?」
「陰口悪口は言っちゃダメだよ、皆仲良くしようね。……って教えてるんですが、何か問題でも? 陰口おばさん?」
奏介はにっこりと笑って立ち上がった。




