土岐ゆうこafter2
起訴が決まった。
三度目の事情聴取後、警察官から知らされた。刑事裁判にかけられるのは間違いない。
その後、すぐに家族が選んだらしい弁護士が面会に来た。会うのは2回目である。
「申し訳ありません」
出会った瞬間、中年の弁護士は謝罪の言葉を口にして困ったように眉を寄せた。
「……は?」
なんとなく嫌な予感がした。
「被害者の生徒さん家族に示談を持ちかけたのですが、話し合いの場を持つことなく断られてしまいまして。まだその生徒さんが通院しておられるので、感情的になっているのかと思ったのですが……感覚的にあちら側が示談に応じることはないでしょう」
弁護士はため息をつきたくなるのを抑え、透明なガラス越しに怒りを露わにしている土岐を見やる。
「起訴が決まってしまいましたし、刑事裁判で戦っていくことになるかと思います。出来る限り減刑……懲役は避けられるようにこちらも全力を尽くします」
弁護士である山田はそうは言いつつも、被害者である菅谷奏介の姉と電話で話した時のことを思い出していた。
●
数日前。
山田法律事務所にて。
いつものデスクの固定電話から菅谷家へと電話をかける。数十年この仕事をしてきたが、この瞬間はやはり緊張する。何せ、犯罪をおかした加害者の代わりに、ようは『許してほしいから話を聞いて下さい』と言わなければならない。
何度かのコール音の後で、相手が出た。
『はい、菅谷です』
若い女性の声だった。母親だろうか。
「もしもし、私、山田法律事務所の山田範忠と申します。菅谷奏介さんのお宅で間違いないでしょうか」
『……』
やはり、電話の相手の雰囲気が変わった。相手の怪我、状態によっては初手怒鳴られることもしばしば。
『そうですけど』
「加害者側から示談をしたいとの申し出がありましてお電話差し上げた次第です。失礼ですが、お母様でしょうか」
『私は姉です』
「大変失礼致しました。お姉様ですね」
菅谷奏介は十五歳の高校一年生。姉も未成年だろう。
「保護者の方に代わって頂いてもよろしいですか?」
『あぁ、今お見舞いに行ってるから、母はいないんですよ。父は単身赴任なんで』
「そうでしたか。では後日改めて」
『弁護士さん、あたしのこと若く見てるでしょう?』
「……はい?」
『あたし、これでも二十三なんですよ』
「そうでしたか」
言い方的に大学生ではなく社会人なのだろう。
『だから、話聞きますけど』
少し迷ったが、成人で社会人、菅谷奏介の姉、示談交渉する相手としては十分か。
「では他のご家族にもお伝えいただきたいのですが、加害者も十分に反省しており、弟様に怪我を負わせたことを悔いておられます。つきましては相応の賠償金をお支払いをするために示談を」
『弁護士さんも大変ですよね』
穏やかな口調で遮られた。
「あの女教師の味方をしないといけないなんて、ご苦労様です。でも、嘘は良くないですよ。反省なんか一ミリもしてないでしょう」
山田は思った。『あ、これは無理だ』と。
理性的な対応をしてくれているが、恐らく、内心ではぶち切れているだろう。しかし、すぐに諦めるわけには行かない。
「いえ、そんなことは。教師歴が長いですし、生徒に手を出してしまったと落ち込んでいました」
「あはは、絶対ないですね。示談したいなら反省の手紙十枚くらい書いてもってこいって伝えてもらえます? まぁ、応じるかどうかは内容によりますけど」
中々の返しである。
「……ところで、弟様のお加減はいかがですか」
『ええ、後遺症もなく回復に向かってます。元気ですよ。もう退院しますし』
「それは……何よりです。弟様はやはりお姉様と同じように加害者のことを」
『山田さんには悪いですけど、法廷で顔を合わすことになると思いますよ』
その後も粘ってみたが、のらりくらりとかわされ、取り付く島もない。
「長くなってまいりましたので、また改めてお電話させて頂きます。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
『はいはーい』
受話器を置いて、山田は肩を落とした。
●
目の前の土岐がバンッとテーブルに手をついた。
「どういうことですか。こちらは賠償金を払うと言っているのに」
目の前の彼に言われて、渋々示談交渉を進めることになったのだ。
どうせ金が欲しいのだ。少し多めにくれてやれば引き下がるだろうと考えていたが拒否をするとは。
「何度か電話でお話をさせていただきましたが、過去にいじめを放置したことを許してないし、今回のことでいっそう怒りが強まった……と。裁判でも過去のいじめを絡めて話をするそうで対策を練るべきでしょうね」
憎たらしい問題児の顔を思い浮かべながら、土岐は拳を握りしめた。彼が小学校時代に起こした問題行動を暴露してやる。石田に怪我をさせた件、あれは許されることではないはず。絶対に許さない。
○
起訴が決まる数日前。
奏介は用意した紙袋にズタズタの上履きや落書きだらけのノート、いじめの証拠を全て突っ込んだ。
「よし」
検察庁から呼び出しがあった。今回の件で事情聴取をされるわけだが、こういった物や当日の録音なども持参するつもりだ。
「不起訴になれると思うなよ」
この事情聴取で起訴不起訴が決まるのだ。処罰感情があるとしっかり伝えねば。気合を入れる。
こういった過程を踏んで、無事、起訴が決まったのだった。
続く!
作者が法律とか裁判とかの勉強中なので、次回はいつもの日常話を挟みます。




