優先席に陣取って妊婦さん暴言を吐く若者達に反抗してみた3
さすがに動揺する見附と瓜田。
「なん、で、オレらの名前」
「あなた達も言ってたじゃないですか。顔を覚えたって。俺も覚えてましたよ? 後々逆恨みされそうだから調べさせてもらったんですけどね」
「は? 調べた? ストーカーかよ。キモっ」
「俺が通ってる学校まで来て待ち伏せしてる方が気持ち悪いんですが? てか、他にやることないんですかね? 大学生って暇なんですか?」
「こっちはてめぇが人を馬鹿にしてきたから、話をつけに来てんだよ」
「妊婦の女性をデブ扱い、知り合いでもない俺をオタク野郎と罵っといて何言ってんですか? 他人はバカにするけど、自分達がバカにされるのはイヤだとか、考え方がクソガキなんですよね。それでも大人なんですか?」
「オレらはまだ学生なんだよ、バーカ」
「あぁ、20歳の小学生なんですね、わかります」
彼らの表情が引きつる。
「このやろっ、てめぇ」
「学生なら学校で勉強してて下さいよ。たかがバスの中で高校生に煽られたくらいでこんなところまで来て絡んで、何が楽しいんですか? 煽られたくないなら悪口言わなきゃいいじゃないですか。悪口に言い返されて顔真っ赤にしてるのがとんでもなくダサいです。言ったら言い返される想定してないの、バレバレ」
奏介が肩をすくめる。
見附瓜田の表情がすっと消える。
「おい、こいつ黙らそうぜ」
「ああ、目立った傷つけなきゃなんも言われねえし」
奏介はスマホを二人の前へ。
「言っておきますけど、こっちはあなた達のことを調べさせてもらってるんですよ?」
「それがどうした? そんなものぶっ壊せば終わりだろうが。脅しのネタも持ってるってか?」
「脅し結構、オレらの脅しネタがどうでも良くなるくらい可愛がってやるよ」
じりじりとにじり寄ってくる二人。恐らく、路地の奥へ連れ込む気だろう。
奏介はふっと笑った。
「なら、この前の妊婦さんへの暴言はネットに流しますね。これから殴られるなら、被害届の準備しときます。俺が死んだら、見事殺人犯ですね。見ず知らずの高校生を暴行死させてブタ箱行きとか、ダサすぎ。警察から逃げ切れると良いですね?」
奏介の淡々とした言いように、再び怯む二人。先の先の展開を認識させられて、ビビったのだろう。
奏介はすかさず、学校の門の方へ手を振る。
「おーい」
やがて近づいてきたのは、真崎だった。
「どうしたー?」
「こいつらが今から俺を殴るらしい。針ヶ谷、その辺で見ててくれる? 終わったら救急車と警察」
「了解。お前が言うなら手を出さないでおく」
これまた淡々としたやり取りに、二人はすっかり怯えていた。
「なん、だ、こいつら」
「おい、もう行こうぜ、頭イカれてるだろ」
彼らはあっさりと、路地裏へと逃げるように消えて言った。
実際は真崎の殺気にやられたという可能性の方が高いだろうが。
「……あいつら典型的なイキリ大学生だな」
真崎が苦笑気味に言う。真崎参戦と同時に逃げて行ったので、より滑稽に見えるだろう。
「うん。ありがとう、針ヶ谷。助かったよ」
帰宅しようとしたところであの二人を見つけ、急いで真崎に来てもらったのだ。昼休みに事情は話していたので。
「まだ教室にいたからな。それにしてもあいつら、これで懲りたか? ちょっと怪しいぞ」
「うーん。とりあえず例の動画はネットに流そうかな」
特定してもらうためにネット掲示板に専用スレットを立てて動画を貼り付けたが、今度は多くの人の目に触れるよう、SNSが良いだろう。
「ん? 殴られてないのに流すのか?」
「ああ、殴られてからでも遅くないかもね」
また絡んできたら考える、でも良いかもしれない。対抗する手札は多い方が良いだろう。
真崎が肩をすくめる。
「ちょっと待っててくれ。カバン取ってくるわ。一緒に帰ろうぜ」
「ああ、ジュースでもおごるよ」
真崎は校舎へと戻って行った。と、その時。
「ぐあああっ」
奏介ははっとする。路地の奥で何やら悲鳴のような声が。
「……なんだ?」
奏介は校舎へ戻って行く真崎を確認し、路地の奥へ。
暗がりを歩くと、道の先に向こうの通りが見えて来た。しかし、その手前にさらに細くなった横道が。
覗いて見ると、少し開けた空間だった。不良がいじめっ子を連れ込んで、ボコっていそうだ、などと考えていると、
「!」
見附と瓜田が地面に倒れ伏して、動かなくなっていた。
その前に立っているのは、サラリーマンらしき、若い男。スーツに、鞄を抱えている。
「……?」
状況がまったく掴めない。
「よう。お前がスレ主か?」
いきなり雑談のようなテンションで声をかけてくる男。知り合いではないのは確かだが。
「……スレって、もしかして」
奏介は見附達を見る。
男は頷いて、
「そう、こいつらがガキを身ごもってる女に暴言吐いてる動画。あのスレ立てたのお前だろ?」
「……」
「信じなくて良いが、特定してやったのはおれだぜ?」
「え」
いわゆる特定班というやつだろうか。スレの住人というやつを現実で初めて見た。彼の言動から間違いないだろうが。
「どんなもんかと思って見に来てみたら、ただのクソガキだったな」
そう言って、見附の背中に容赦なく踏みつける。
「あぐっ。……てんめえ、いきなり、何を」
男はふんと鼻をならし、見附の腹を蹴り上げる。
「ぐがっ」
「このクソ野郎が。これから人一人育てようと腹くくってる女にする言動じゃねえだろ」
すぐに動かなくなった。一切の躊躇いの無い暴力である。
「あなたは」
男は薄く笑って、
「個人的にむかついたんでね。お前に便乗して、ボコりに来たってわけだ。お前の言動でスレ主なのは分かったが、随分とまどろっこしいことしてんじゃねえか。こんな奴らに口攻撃なんて響かねえし、こうやって分からせるのが一番だぜ?」
「……それは」
「ああ、別にそのやり方は否定しねえよ。逃げ道を潰して追い込んで、手慣れてて見事だった」
男は手をひらひらと振って、
「あの掲示板にいるから、胸糞悪いクソ野郎の特定だったら引き受けてやるよ」
男はそれだけ言って、路地の奥へと消えて行った。
奏介はスマホの画面に目を落とす。自分で立てたスレである。
例の動画を張り付けて二時間後のコメント。
『見つけてやったぜ』
IDは『匿名6』だった。文字通り匿名だ。
奏介は倒れている見附と瓜田を見る。
「……俺も、別に否定はしませんよ」




