辞めたい会社を辞められない人のパワハラ上司に反抗してみた2
髪の薄い男性が眉を寄せ、鼻を鳴らす。
「何故その無能に頭を下げないといけないんだ?」
「だって、会社を辞めるって言ってる人を引き留めてるんですよね? そんなにいてほしいなら頼まないと。辞めないで下さいって。偉そうな態度を取る立場じゃないでしょ」
「これだから子供は。言っただろ、その無能のせいで会社に損害が出ているんだ。逃げようとしているんだそ」
と、眼鏡の男性。
「損害ですか。巻崎さんのお話を聞いてから俺も調べたんですけどね。その場合、民事裁判をするのでは? 引き留めるよりクビにして損害賠償請求でしょ。わざわざお迎えに来て、辞めるなって。どんだけ巻崎さんが辞めると困るんですか? 争う気なら、弁護士立てて下さいよ」
奏介は高平に目配せする。なんとなく察したらしく、スマホを手に持っていた。
「なんだと?」
空気がピリッとした。
「弁護士? 大事にしないようにしてやってるのに」
「本当に損害が出ているなら、大事にすべきでしょう。業種は知りませんが例えば、発注ミスで大量に物を頼んでしまい、商品を無駄にしてしまったとか、他社との商談で相手に失礼をして契約を切られてしまったとか。数百万、数千万単位での損害のお話ですよね? どう考えても、訴えるべき事案でしょ。それはそれとして、巻崎さん、本当にそんなことをしたんですか?」
「い、いえ。仕事が少しばかり遅いのは自覚しておりますが、その程度です」
「巻崎っ」
怒鳴り声に巻崎はびくりと肩を揺らす。
髪の薄い男性、もとい薄髪男が睨みつける。
「そうだ、お前の仕事の遅さで全員が迷惑してるんだ。残業などしなければ、仕事が終らないとはな」
「そ、それは仕事量が」
「また口答えかっ」
眼鏡男の罵声。そろそろご近所に迷惑がかかるレベルだが。
奏介はため息を吐く。この上司達の巻崎への仕打ちは大体聞いている。
「部下やあなた方の仕事をやらされていると聞いたんですけど? そりゃ人の仕事を押し付けられてれば仕事終わらないでしょ」
「ふん、それくらい出来ないから無能だというんだ」
「え? なんでここへ来て自嘲するんですか? 確かに自分の仕事すら自分でこなせないあなた方は無能と言っても過言でもないですけどね」
「なっ!? 誰が無能だと!?」
「あなた方ですよ。話聞いてます? 自分でやる仕事を誰かにやらせてたら、そりゃやらされた人の仕事は遅れるでしょう」
「受け持った仕事をどんなことがあっても時間内に終わらす。それは社会人にとって当たり前のことだ。遊んでる学生に何が分かる?」
眼鏡男が蔑むように言う。未成年で高校生で子供……なめられるのは当然だろう。
「つーか、巻崎さんいなくなったら仕事回らなくなりそうだよなぁ、このおっさん達の職場」
「ああ、仕事を押し付けてる相手がいなくなるから焦ってお迎えに来ちゃったんだろうな」
「このガキどもがっ! おい巻崎、こんなガキどもの後ろに隠れて恥ずかしくないのか。そんなんだから仕事が出来ないんだ。お前を雇う職場などこの世にないっ」
「あ、うちで雇うんで問題ないです」
奏介がしれっと言う。
「ふん、転職先の給料で妻と子供を養えるのか? いっちょ前に家庭なんぞ持ちやがって。子供のためだなんだと言って仕事がある日曜も休んでいただろう。そんな男がまともな職につけるわけがない」
「くっ、うちの妻と子供は関係ないでしょう!? 何故そこまで言われなければならないんです!?」
さすがに巻崎も頭にきたようだ。なんの罪もない家族へも矛先を向け始めた。
「あなた方は巻崎さんのなんなんですかね? 家族でもなければご親戚でもなく、友人でもない。プライベートな付き合いもない癖に人の人生に口出さないで下さいよ。なんの権利があって巻崎さんの大事な奥さんとお子さんを侮辱するんですかね? そんなんだから家庭をもてなかったのでは?」
「何!? 私には妻と子供がいる。子供はすでに成人だ」
「私だって家族はいる」
「へえ、奥さん、めっちゃブスそうですよね。子供? ニートで引きこもりなのでは?」
奏介が半笑いで言うと、彼らは顔を真っ赤にした。
「何を突然っ、今はウチの家族は関係ないだろう」
「その言葉、そっくりお返ししますね」
奏介は真面目な表情に戻る。
「ほら、自分の家族を他人に馬鹿にされるの腹立つでしょ。聞いていないとはいえ、あなた方の奥さんとお子さんには失礼なことを言ってしまって申し訳ないです」
ため息。
そこで、奏介達の後ろから小走りに近づいてくる気配が。
「君達、道の真ん中で一体何を」
二人の制服警官だった。
「あ、こっちですー」
奏介は手を振る。事情は高平が説明してくれたはず。
「おまわりさん、あいつらです」
奏介は彼を指で指した。
近所の人達や巻崎の妻らしき女性まで……この騒ぎにちらほらと野次馬が集まり始めていた。




