小学生を襲いそうになった熊を殺生した猟友会に喰いかかってきたおばさん達に反抗してみた1
昼休みの風紀委員会議室にて。
いつものメンバーで昼食を食べていると、
「うわっ」
詩音が何気なく見たらしいスマホの画面に驚いて目を見開いた。
「え、何よ?」
わかばが驚いて箸を止める。
「あ、ボクのスマホにも来てる。ニュースでしょ?」
ヒナがスマホを操作しながら言う。
「うん。この近くで熊が出たって。うわぁ、冬眠前に食べ物でも探しに来たのかな」
桃糠駅周辺は田畑で囲まれ、山も近いので動物がよく目撃される。
「あ、撃たれたのね……」
モモが呟く。どうやら、小学校の近くまで降りてきて、猟師に寄って処理されたらしい。
「うーん、仕方ないね」
水果が複雑そうに頷く。
「やらなきゃやられるってなったら仕方ないだろ。これも弱肉強食ってやつだ」
真崎の意見に奏介も頷く。
「被害が出たら大変だしね」
モモがヒナへ視線を向ける。
「ヒナの家なら飼える?」
「いや……。自分の家じゃ飼えないからってボクの家を利用しようとしないでよ。そもそも無理だから!」
「あんたにはうさぎがいるでしょ?」
すると、水果が何か思い出したように、
「そういえば、モモ。うさぎは番で飼うのはオススメしないよ? 子供が出来て増えると飼いきれなくなるからね」
「え、モモちゃん、もう一匹飼うの?」
詩音の問いに、モモはこくりと頷く。
「ちょっと考えているの」
モモが家を開けている間、一匹だと可哀想だということらしい。
結局性別を合わせた方が良いという話に落ち着いたのだが、
(ん)
スマホにメッセージが届いていた。
(姉さんか)
どうやらまた相談事のようだ。姫単独で解決しようとすると、血が流れる可能性がある、ということなのだろう。
今日の放課後、駅で待ち合わせすることになった。
「奏ちゃん、どうかした?」
「ああ、姉さんから突然メールが来たから」
わかば、ヒナ、モモが一斉に奏介を見る。
「姉さん!? あんた姉がいるの!?」
「いや、なんだよその驚き方」
「す、菅谷くんのお姉ちゃん。見たい。見た過ぎる」
「似てる? 似てない?」
ヒナとモモの驚き方も中々である。
「あー、三人は会ったことないんだね」
詩音が言う。
「似てる方だと思うよ。特に性格とか」
会ったことがある水果が笑いながら言う。
「姫さんなー。あの人もなんつーか。……うん。総合的に見て良い人だよな」
真崎が苦笑気味に言った。
機会があったらわかば達にも会わせる。そんな約束をさせられたのだった。
○
放課後。駅へと向かうと、いつものスーツ姿の姫が手を振っていた。
「ごめん、遅れた」
「良いわよ。呼び出して悪かったわね」
姫に目的地へと連れて行かれることになった。
「それで、相談の内容は?」
電車に揺られながら確認。すると姫は人差し指を立てた。
「お昼にニュースになってたでしょ。桃糠駅の近くで熊が出たって」
「ああ、うん。でもあれ、ニュースになるような出来事じゃないよね。地元でのことではあるけどさ」
「そこよ。そこ。実は、猟師さんが熊を撃ったことを批判されてるみたいなの。SNSのせいでことが大きくなって」
「批判? なんで」
小学生達が襲われる前に処理出来たというのに。
「人間の勝手で動物を殺生するなって、言われてるらしいわ」
姫は呆れ顔で肩をすくめる。
「……それは……」
状況によるのではないだろうか。今回の場合はやむを得ずという印象だが。
「まさか愛護団体みたいなところが?」
「ううん。大きい組織ではないみたい。野生動物の保護を行っている小さな団体で、代表のおばさんが桃糠猟友会にめちゃくちゃ喰いかかってきててね」
猟友会とは猟師の集まりのことだろう。全国にあるそうだ。
「はぁ」
「あたしが乗り込んで行って黙らすのは簡単なんだけど、穏便な解決策がほしいんですって。まぁ、また奢って上げるからお願い。ね?」
姫が片目を閉じて見せた。
「事情はわかったけど、姉さんは猟師さんとどういう知り合い?」
絶対に仕事関係ではないだろうし、友人でもないだろう。親戚にも猟師はいなかったと思う。
「友達の知り合いの知り合いの友達みたいな感じ?」
それはもうネットで募集をして相談してきた、知らない人の相談を聞くレベルなのではないだろうか。
姫も顔が広いのだ。
やがて桃糠駅に着き、少し歩くと小さな公民館が見えてきた。
猟友会は今日、この時間に集まっているらしい。
玄関から館内へと入る。一般的な民家ほどの広さだろうか。資料室や遊戯室、会議室などもある。
『会議室』プレートがかかった部屋から女性のヒステリックな声が、聞こえてきた。
姫が少し慌てて、その部屋の戸を開けると、
中年の女性一人、年配の男性二人が声を荒らげていた。彼女達の前にいるのは中年の男性達。恐らく猟友会メンバーなのだろう。
「あなた達がやったことは犯罪です。尊い命を一つ奪ったのですから」
猟友会代表らしき男性は手のひらを前に出して後退る。
「いや、しかし、子供の安全が」
「どんな言い訳をしたって命を奪ったことに変わりありません。最低の行為です。大体、猟師なんて職業、正気の沙汰ではありませんよ。撃たれた熊の苦しみがわかりますか?」
「っ……! だからそれは仕方がないでしょう。私達も生きているんですよ? 危害を加えてくる動物を野放しにするのは」
「猟師って、人間のエゴの塊のようですね」
蔑んだ目を猟師達に向ける。
「いや、人里に降りてくる熊は危険なんですよ。人間慣れしている可能性もありますし、近くの住民を襲うことだって」
「襲うからってなんですか。動物虐待の末に殺してしまったようなものじゃないですか」
随分な言いようである。そして話を聞いていない。
「今回の件、訴えさせてもらいます。命を一つ奪った罪、覚えておくといいですよ」
吐き捨てるように言う彼女達は奏介達がいる出口へと歩いてくる。
「あら。こんな若い人達も猟師をやっているんですか? 殺人犯見習いですね」
バカにしたような言い方である。
姫の表情が消えるが、それより先に奏介が女性の顔を見る。
「そんなに熊が好きなら飼って一緒に暮らしたらどうですか?」
「……は?」
「どうせそんな勇気もなく、お世話出来ずに捨てそうですけど」
奏介も冷たい表情で、そう言った。




