喜嶋安登矢after
放課後。
友人と昇降口を出た喜嶋安登矢はふと、見慣れた顔が目に入った。真崎と一緒に正門へと歩いていく彼の姿を目で追っていると、
「なんだよ、可愛い子でも見つけたかと思ったら、お前が顔晒していじめたやつじゃん」
友人の関慶次がつまらなそうに言う。
「な!? いじめはともかく、顔晒したのはあいつ自身だからっ」
慶次は白けた顔。それから肩を落とした。
「あのなぁ、嘘つくならもう少しましな嘘つけよ。振られて泣いたところまで録画してSNSにまんまアップしたんだろ? エグ過ぎんだよ」
「くぅ、あいつが俺を嵌めるために自分でやったんだって!」
「それずっと言ってるよなー」
「マジ! マジなんだって。たまにあいつのクラスに飯食いに行くと、パシられるし、生ゴミを見るような目で見られて罵倒されるし、いじめられてるのはオレなんだっ」
「それはねぇよ。てか、あんだけやったんだから罵倒されんの仕方なくね?」
安登矢は少し考えて、
「た、確かに」
「バカ、だよな。ほんとに」
「あれ、もしかしてオレ、嫌われてる?」
「なんでそんなに頭軽いんだ?」
慶次は哀れみの視線を向けていた。
翌日、昼休み。
安登矢は弁当を食べながら談笑している奏介と真崎に歩み寄った。
「うぃっすー」
「あぁ、喜嶋か。また昼食べに来たのか?」
針ヶ谷が言う。
「おう。ちょっと失礼するぜー」
遠慮なく、椅子を持ってきて、二人の間に座る。
「よっ、菅谷」
「……元気だな」
「まぁな!」
奏介は深いため息を吐く。
「前から聞きたかったんだけど、これって嫌がらせ?」
「え、なんで?」
安登矢は焼きそばパンをかじりながら問うて来る。
「……」
奏介無言。
「あはは。怖いもの知らずだよな、喜嶋は」
針ヶ谷がからかうように言う。
「そうか? ぶっちゃけオレは小学生時代の友達として菅谷と友情を深めようとしてるつもりなんだけど、針ヶ谷から見て深まってると思う?」
「いや、溝が深すぎて無理だな。諦めろ」
「笑顔でさらっと言うよな!?」
奏介は面倒臭そうに、
「友情を深めるなら、俺を一緒にいじめてた檜森達としろよ。楽しく俺の陰口でも言って楽しんでろよ、低脳クズ野郎」
「ぐ……隙あらば罵倒してくるよな」
奏介は、ふんと鼻を鳴らした。
放課後。
今日は縁があるのか、昇降口で奏介とばったり顔を合わせた。相変わらず嫌そうに舌打ちをする。
とりあえずスルーをして、
「あれ、針ヶ谷は?」
「用事あるから先に帰った」
「ほー」
嫌そうにするものの、無視されることはない。朝も挨拶をすると返してくれる。
ふと思い出した。
彼をからかい始めた時、一番初めは体育の授業の時だった。彼の走り方が遅くて、からかうようになったのだ。それからクラスで笑いものにするようになり、エスカレートして行った。
安登矢は少し考えて、
「あのさー。菅谷ってどのへんからいじめられてるって思ったん?」
「は?」
「ほら、最初はうちのクラス仲良かったじゃん? そん時は一緒に遊んだことあったよな?」
「まぁ」
「で、そこからよ。気持ちのズレみたいな? 石田はともかく、オレらかるーい気持ちでからかってたんだけど、嫌だと思ったタイミング」
奏介は前を向いたまま、目を細めた。
「体育で、走り方を笑われた時」
「マジで!? ほんっとに最初じゃん。そこから……ずっといじめられてるって思ってたわけ?」
「俺の被害妄想みたいに言うなよ。当たり前だろ。からかうってのはからかわれた方も笑ってなきゃ成立しないんだよ。笑いものにしてた時、俺は笑ってたか?」
思い出して見ると、泣きそうな顔をしていた。その様子がおかしくて、エスカレートして行ったことは言うまでもない。
「うむむ……そこからオレらの認識がズレてんのか」
意外にも奏介は興味を示したようで、
「その言い方だと、その遊びの延長でいじめてたってことか? いじめようと思ってやったんじゃなくて?」
「てか、遊びだと思ってた。体育の時のそのエピソードの前と後で菅谷に対する気持ち、変わらんのよな。からかった時の反応が面白かったーってだけで。まぁ、エスカレートしてきたら、もしかしてこれ、いじめじゃね? って思ってきたけど、その境界が曖昧っつーか。そういや、その後中嶋せんせもからかってたよな」
いじめを認識したタイミングが大幅に違うのだろう。そしていじめへの移行は少しづつだったのだ。
「なるほど。頭空っぽだと思ってたけど、そういう話も出来るんだな。いじめっ子の気持ちとか聞いたことなかったから興味深いよ」
「まぁ、色んな考えがあるんじゃね? そういや、この前のプチ同窓会でお前の名前出たんだった」
「え? お前、ぶちのめすぞ?」
「オレじゃねぇって! 南城だよ、南城。あいつが出してた」
奏介は元クラスメート、南城泰親の顔を思い出した。石田の取り巻きの一人である。
「あぁ、あいつか」
裏から手を回し、時々かばってくれていた女子達を引き剥がし、奏介を孤立させた陰湿なクラスメート。
「俺の名前を出したってことは」
「なんか、桃華学園に転入するんだと。親父さんの仕事で海外行ってたらしくて。んで、見学の時にお前の姿を見たらしい」
「へぇ」
奏介は興味なさげに呟いた。害がなければ、どうでも良い。
害が、なければ。
バカだけど、時々考える。




