危険な運転をしていた運転手after
第百七十部に登場人物紹介枠を取りました。ご興味があればどうぞ。
帝塚ミレイはお気に入りの焼き菓子店の紙袋を持ってとあるマンションの前まで来ていた。
「……なんでこんなこと」
先日、交通事故に巻き込まれた。ぶつけられた相手は年上の女性で、帝塚が車間距離に割り込んだため、こちらが悪いということになった。決め手はドライブレコーダーである。適切な距離を保ちながら走行していた相手は制限速度も守っており、割り込みの仕方からしてブレーキを踏んでも間に合わない状況で起きたと。映像を見せてもらったが、言われた通りだった。恐らく、帝塚自身でもブレーキは無理だ。
保険会社を通してのやり取りだが、誠意を見せるために直接お詫びに行くことになった。親に勧められたというか、『行って来い』と命令された。
「はぁ……」
重い足取りでマンションのエレベーターへ乗り込み、高坂という女性の住む部屋へ。
目の前に立つが、インターホンに中々手を伸ばせない。
と、その時。
「伯母さんに御用かな?」
「そうっぽいね」
子供の声と少年の声にはっとする。
見るとエレベーターホールから手を繋いで歩いてくるのは高坂という女性と一緒にいた小さな女の子と全力で楯突いてきた男子高校生だった。
「うげ」
男子高校生、もとい奏介は一瞬眉を寄せたが、
「ああ、この前の追突事故の」
「そうすけ君、知ってる人?」
「うーん」
奏介は帝塚の手にしている紙袋を見、
「電話してみるので少し待ってください」
「え、あ」
奏介はスマホを手に離れていく。
「別にいないなら」
と、あいみがじっとこちらを見ていた。小さい子供と接する機会などまったくないので、見られているだけで戸惑う。
「伯母さん、今日は早いって言ってたからすぐ帰ってくるよ」
「そ、そうなんだ」
そして、奏介が戻ってきた。
「帝塚さんですよね? 中で待っててください、とのことです」
「え……」
断って帰ってしまおうかと思ったが、結局また来るようになる。一回で済ませてしまおう。仕方なく、二人について家へ上がる。
「お、お邪魔します」
「どうぞ、いらっしゃいませ」
あいみが振り返って、にっこりと笑う。
「あ、うん」
リビングに通され、ソファに座って待っていると、
「そうすけ君、湯呑あそこ。上の棚」
「ん? ああ、じゃあ俺が」
「私が取るから、持ち上げて?」
「わかったけど、気をつけてね?」
「大丈夫!」
何やら楽しそうな会話が。
しばらくして、キッチンの方からお盆に湯呑を乗せたあいみが緊張した様子で出てきた。
「え、いや、危ないっ」
カタカタ震えている。
「あ、あいみちゃん、俺が持ってくよ」
奏介もはらはらした様子で言うと。
「大丈、夫」
何でも一人でやりたい年頃なのだろう。
やがて、帝塚の前、リビングのローテーブルにお茶が置かれた。
「どうぞ」
満足したように言うあいみに帝塚は思わずくすっと笑ってしまった。
「ありがと」
流れでお茶を一口飲み、柄にもなくお世辞を。『美味しい』などと口走ってしまった。ちなみにその言葉にあいみは物凄く喜んだ。
「いつみさんにお詫びですか?」
はっとして顔を上げると、奏介が立ったままこちらを見ていた。
「え、あ……まぁね。なんかこっちが悪いみたいになっちゃったし」
「普通に悪いですよ。危ない運転してたんですから」
「だから、結果的にぶつかったのは高坂さんでしょ?」
「反省してるのかしてないのか、どっちなんですか」
奏介は呆れ顔で言う。
「ぜんっぜん納得いってないから。車が隣に並んだら、普通気をつけるでしょうが。前に入ってくるかもしれないって思って運転するものでしょ? なのに警察がわたしが悪いことにしてさ」
これについては不満しかない。
「別に、あなただけが悪いとはなってないでしょ。いつみさんもちゃんとぶつけたのは自分だからって謝ってましたし」
「それは」
と、あいみの視線に気づいた。
「お姉さん、ときには自分のしたことをみとめるのも大事だよ?」
帝塚は保育園児の言葉に固まった。
「え」
「怒られたのにはりゆうがあって、それがなんなのか自分で考えないとね。わかった?」
子供のくせに偉そうだ。偉そうなのだが、妙に胸に刺さった。
「いや、怒られたっていうか」
「お姉さん、いいわけは自分のためにならないよ?」
「ゔっ」
意味がわかっているのかいないのか。大人の説教の真似っこなのは分かる。しかし、喉に杭でも刺されたかのような声が出てしまった。
「あいみちゃん、誰かそう言ってたの?」
奏介が苦笑混じりに聞く。
「うん。伯母さんが言ってた。怒られた時にちゃんとはんせいしなさいって。だからお姉さんもそうしよ? そしたら偉いっていってもらえるよ」
「……はい」
なぜだろう、精神的ダメージが。
やがて、いつみが帰ってきて、先日の件に対し、謝罪した。すると、
「いえ、こちらこそ。申し訳ありませんでした。もう少し周りを見て運転しないといけませんね。お互い気をつけましょう」
文句を言うことなく、逆に謝罪までされてしまった。五歳児に説教された上にこの大人の対応。
帰る頃にはミレイは恥ずかしさで体を縮こまらせていた。
「いや、ほんとにすみません……」
玄関先で頭を下げる。
「良いですよ」
「お姉さん、また来てね」
あいみの笑顔にミレイは肩を落とした。
「うん、ありがとね」
そのまま帰宅することにした。
帰り道に思う。
(しっかりしないと……だめね)
安全運転を心がけよう。そう心から思った。




