ハルノの悪口を言っていた女子達after2
その日、登校して教室へ入ると、真崎の机の周りに数人が集まっていた。
「おはよう」
適当に挨拶をして、自席へカバンを下ろす。
「おい、菅谷、これ」
真崎とクラス男子達が見せてきたのは桃華学園のネット掲示板の書き込みだった。
「ん?」
真崎のスマホを借りて画面を覗き込むと、
『一年の菅谷ってやつ、ヤバイ。タバコ、酒やってて常にナイフを持ってるんだって!』
という書き込みがあった。それについての返信もいくつか。
「何これ」
「いや、今朝山口が見つけたらしくてさ」
真崎が言って、隣に立っていたスポーツ刈りの男子、山口が頷く。
「一年に菅谷ってうちのクラスだけだしさ」
周りの男子達も頷く。
「そ。皆でお前じゃね? って話してたんだよな」
「で、実際どうなん?」
「実は根っからの不良とか?」
何故か期待の眼差し。
「いや、ないよ」
すぐに解散になった。つまんねーなどというクラスメートもいた。不謹慎である。とはいえ、クラスメート達は信じていないようだ。雑談の面白いネタ扱いらしい。
「まったく」
奏介はそう呟いて座った。すぐに真崎が声をかけてくる。
「でも誰が書いたんだろうな。イタズラなんだろうけど」
「イタズラ……。俺に個人的な恨みがあるんじゃない?」
奏介はカバンを机の横にかけて、自分のスマホで掲示板を開く。
「ID非表示か」
IDが分かれば、教師に言って、書き込んだ生徒を特定出来るのだが。
ちなみにこのネット掲示板は一応、学校が管理しているのだが、いじめ告発や匿名希望での悩み相談などに使われることもあるのでIDは任意で隠せるのだ。警察が関わってくる事態になれば、特定されるだろうが、これだけで動くわけがない。放っておけばそのうち、管理者に削除されるだろう。
「結構返信が来てるけど……」
奏介は眉を寄せた。
「どうした?」
「いや、返信者のIDメモっとこうと思って」
目をつけておくことにする。
「あー喧嘩売った判定がアウトだったやつがいたか」
「うん」
奏介はメモを終えてから、むうっと唸った。
「書き込みは良いけど、本当に信じるやつもいそうだし、直接注意するか……」
二次被害が出そうだ。
ちなみにこの掲示板に書き込めるのは在校生徒のみ。IDは入学時にもらえる。
「そういや、個人的恨みとか言ってたよな? 心当たりがあるのか?」
「特にあるわけじゃないんだけど、別に俺は有名人じゃないし、悪い噂を流したところで騒ぎになったりしないでしょ。それでも書き込んだってことは俺の評判を落とすのが目的だから、個人的恨み」
「なるほど」
奏介は再び眉を寄せる。
「なんか、この書き込み、女子っぽいよね」
「ああ、男の書き方じゃねぇ気がするな」
「在校生で、女子で、俺に恨みがある……うん、特定出来そう。何人かいるし」
「マジで? ちなみに候補は?」
「まず、生徒会長の泉カナメ先輩、後二年の夏井先輩、川鍋先輩、月岡先輩、井筒先輩、野住先輩かな」
「へぇ、六人か」
「ちょっと調べてみるよ。懲りない奴には何度も教えないと」
「あれ、意外にキレてるか?」
「俺もよくやる手だからさ。温いやり方で喧嘩売ったこと、後悔させてやらないと」
奏介はスマホの画面の中の書き込みに冷たい視線を向けた。
放課後、奏介は生徒会室の前にいた。
戸をノックすると、
「どうぞ」
女子生徒の声が聞こえてきた。
戸を開けて中を覗くと、数人の役員が書類の整理をしていた。
そして、奥の会長机に目当ての人物が座っている。
「あれ? 君確か風紀委員の」
近くにいた先輩女子が声をかけてきたので、
「はい、菅谷です。お疲れ様です。あの、生徒会長に伺いたいことがあるんですが」
「カナちゃん? ちょっと待ってね」
泉生徒会長を連れてきてくれた。歩いている生徒はいないようなので、廊下に出る。
「……何か用事?」
警戒するように聞いてくる。
「泉先輩、この書き込みに覚えありますか?」
「書き込み?」
奏介が見せたスマホの画面を覗き込む泉生徒会長。
「今、初めて見たけど、あなたこれ本当なの?」
「そんなわけないじゃないですか」
呆れたように奏介は言って、
「こういう書き込みをされたので、書いた人を見つけて注意したいんです」
一度奏介を疑って返り討ちに遭っているからか、それ以上は追及してこなかった。
泉生徒会長は少し考えて、
「IDは匿名だけど、生徒会室のパソコンなら端末の特定は出来るかもしれないわね」
「端末って、個人のスマホをですか?」
「IDを匿名に出来るのは校内のパソコンだけなのよ。……いいわ。疑われたら敵わないし、それくらいなら見てあげるわよ」
泉生徒会長が生徒会室へ戻ったのでついていく。
管理用のパソコンを開けるのは生徒会役員の特権らしいので、画面は見ず、座った生徒会長とパソコンを挟んで向かい合う。
彼女は会長机のパソコンを操作して、書き込まれた端末を調べてくれた。
結果、分かったのは情報処理室のパソコンが使われたということだった。
「No.12のパソコンみたいね」
奏介は顎に手を当てた。
「時間的に授業が終わってすぐ情報処理室へ行ってやってるみたいですね」
少し考えて、奏介は一人頷いた。
「わかりました。ありがとうございます。助かりました」
「え、ええ」
「それじゃ。あ」
一度背を向けた奏介が振り返る。
「その調子で、生徒が困ってたら助けて上げてください。しっかり仕事してくださいよ」
完全に上から目線だが、初対面で暴力をふるってしまったわけで。会釈をして去っていく彼の姿を見送ることしか出来なかった。
翌日。
学校前でバスを降りた夏井は大きなあくびをしながらスマホで桃華学園のネット掲示板を開いた。昨日の夕方に書き込んだ内容に対して反応があるかどうかだけ確認しようと思ったのだ。
『その菅谷ってやつ、オタクな見た目なのに裏で不良と手をくんでかつあげしてるって聞いた。怖くない?』
そして返信。
『そういえば、この辺、高校生のかつあげ多いよね』
『こいつが元凶ってこと? ヤバイな』
『さっさと退学にすべきだな』
そんな感じのコメントが数件。
(ふふ、良い感じじゃない)
しかし、下へスクロールをしていくと、
「……へ?」
匿名設定が解除されたのか、夏井のIDがばっちり見えているレスが連投されていた。
『菅谷嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いが嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い』
「ひっ!」
こんな書き込みをした覚えはない。
しかし、書き込みをしたIDは確かに夏井ユキのものだ。
間違いない、夏井のIDでログインし、菅谷奏介への誹謗中傷を書き込みまくっている。中には人格を否定するようなキツイ悪口もある。
この書き込みのせいで、掲示板は夏井IDでの書き込みを叩き始めた。
『おい、言い過ぎだろ』
『よくそんな酷いこと言えるよね』
『生きてる価値なしって……どんだけよ』
『名指しで言うことじゃないでしょ』
夏井はブルブルと震え始めた。
(あ、あたしじゃないっ、ここまで書いてないっ)
しかも、匿名設定が解除されているせいでIDがさらされている。もし、管理をしている教員に見つかったら、注意を受けるかもしれない。
書き込みはまだ続いている。スクロールしていくと、とある書き込みに背筋が凍った。
『書き込みの人、二年の夏井さんだよね?』
炎上荒らしで加速する掲示板にて、自分の名前が堂々とさらされていた。




