ハルノの悪口を言っていた女子達after1
休み時間、次は移動教室である。夏井ユキはその準備をしていると、飯原ハルノが目に入った。風紀委員長を務める東坂あきらや他の友人達とお喋りをしながら教室を出て行く。
内心で舌打ちをした。あれから、仲が良かった川鍋、月岡、井筒、野住とは一切話さなくなった。それぞれ二人づつ別のグループに身を寄せている。夏井は一人で、地味な女子三人グループと一緒にいることが多くなった。グループの一人が小学校時代の知り合いだったので、どうにか仲間に入れてもらっているという感じ。
(てか、あいつ、あの男子味方につけて嫌がらせしてきたんじゃん。菅谷とかいう一年)
夏井ははっとした。
(あの一年を締めればいいんじゃない? 噂とか流して。……良いかも)
ニヤニヤと笑ってしまい、慌てて口元を押さえた。
(あたしを嘗めたこと、思い知らせてやる)
そこで気づく。教室に自分一人しかいなくなっていた。
「え、あっ、ま、待っててくれても良いじゃんっ」
慌てて教室を出る。一緒にいさせてもらっているだけで、仲間という認識はないのだろう。
○
移動先の化学実験室。授業が始まる直前に滑り込んできた夏井から視線をそらした川鍋はため息を吐いた。
あれから夏井とは話していない。風紀委員達に呼び出され、夏井の名前を出して追及を逃れた。他の三人も同じことをし、夏井もその事実を知らされたらしい。お互いに気まずくなり、仲良しグループは解散になった。
(あの時は……いや、でも。……謝りはしないといけないよね)
毎日モヤモヤする日々だ。と、化学担当の教員が入ってきた。
「今日は実験をするから、この紙通りに座れよー」
そう言って、特別な座席表を黒板に貼る。実験台に四人づつの班を作るようだ。
そして、一緒になったのは。
(あ)
目が合った。夏井が悪口を言うように促していた飯原ハルノだ。川鍋自身は彼女に恨みがあるわけではないが、いわゆる友達の付き合いで合わせていた。
考えてみれば、彼女にも謝っていない。
(私、最低かも……)
と、運良く月岡が歩み寄ってきた。
「川鍋も五班?」
「そう。月岡も、なんだ」
メンバーは川鍋、月岡、ハルノ、そして風紀委員長の東坂あきらだった。
「よろしくお願いしますね」
柔らかい笑みを浮かべたのは風紀委員長だ。彼女達の前だと妙に緊張してしまう。今更だが謝るべきか。
隣を見ると月岡も表情が強張っていた。
教員が実験の説明を始めるが、全く頭に入ってこない。
やがて、それぞれに使う器具を自分達の実験台へと持ってくる。
「あのー……」
はっとして川鍋は声をかけてきたハルノへ視線を向ける。
「二人でビーカーと試験管取りに行ってもらえませんか? わたしは薬品を取ってきますので」
「え、あ、うん」
川鍋は頷いた後、薬品棚へ歩き出す彼女に声をかけた。
「飯原さん」
振り返るハルノ。
「あ、あの時は本当に迷惑をかけて」
ハルノはフッと笑った。
「過ぎたことなので、蒸し返すこともないですよ。結局、わたしはお仕事続けることにしましたし」
川鍋は月岡と顔を見合わせる。
なんだか非常に恥ずかしくなる。自分達の行いは最低だったというのに、笑って『過ぎたこと』などと流されるとは。どうしようもなく、彼女は大人だ。
川鍋はうつむく。
「ごめん、酷いこと言って。あの、モデル頑張ってね」
月岡も頷いて、
「応援、してるよ」
ハルノは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
○
放課後、夏井ユキは情報処理室へ来ていた。PCが何台も並ぶここは、部屋の名前の通り、情報処理という授業で使われる。
「あった。これ」
桃華学園の生徒だけが書き込めるネット掲示板だが、自分のIDでログインしなくてはならない。
「えーと、IDを匿名にして……っと」
『一年の菅谷ってやつ、ヤバイ。タバコ、酒やってて常にナイフを持ってるんだって!』
連投すると怪しいので書き込みはこれだけにして、終了。
「ふふ、毎日書き込みしてあげるから」
翌日。
昨日と同じ時間。
ワクワクしながら情報処理室へ向かい、PCを開く。
「あ」
例の書き込みの下にいくつかレスが並んでいる。
『それマジ? あのオタクっぽい一年だよね』
『ああいう見た目で裏でヤバイことしてるってめっちゃありそう』
『ナイフ持ってるとか狂ってるじゃん……』
夏井はほくそ笑む。
今日も書き込みをしてやろう。毎日少しずつ、彼の評判を落としていく。
PCに向かう夏井、その後ろで静かに音もなく、入口の戸が開いた。
奏介は彼女の背を見つけ、すっと目を細めた。
afterだけど続きます。




