丸美の仕返しに反抗してみた3
岡目はぽかんとした。普段ならこんな失態は冒さない。しかし、顔を合わせてすぐに煽られたことから、周りが見えていなかった。
つまり、奏介への暴力行為は警官にばっちり見られていたと。
「君、ちょっと交番まで」
「っ!」
岡目は肩の手を払い除けて、駆けだした。
「冗談じゃねえっ」
「あ、こら待ちなさいっ」
警官は油断していた。逃げ切ってしまえばこちらのものだ。
逃げていく岡目、追いかけていく警官の背を見送る。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございました。あの人、通り魔みたいに人を殴ってお金を奪ってるみたいで。名前は岡目藤隆、市桃大学に通う二年生です」
「分かった、情報ありがとう。手当をするから、こっちへ」
と、警官の彼が無線を口元に当てる。
応援が必要かどうかを確認しているよう。
(逃げ足は速そうだったからな)
岡目は全力疾走していた。追いかけてくるのは中年の男性警官だ。
(へへ、サッカー部を嘗めんなよ!)
小中高と鍛えた足だ。運動不足の中年に追いつかれる気はしない。
細い路地へ入り、飲食店のゴミペールの後ろにしゃがんで身を隠す。警官は気づかず、駆けていった。
「バーカっ」
気が緩んだ。逃げ切り成功だ。警官達は自分の名前すら知らない。現行犯でないなら問題ないだろう。
「てかあいつ、次会ったら許さねぇからな。警察とか卑怯なんだよ」
と、背後に気配が立った。
「誰を許さねぇって?」
「聞こえなかったなぁ。もう一回言えよ」
慌てて振り返ると、奏介の友人の大柄な高校生とヤンキー風の男、真崎と連火だった。二人は物凄い形相でこちらを見下ろしていた。
「な!? お前らあいつの」
と、連火がその場にうんこ座り。
「てめぇ、奏介の兄貴を殴ったよなぁ? なめた真似してんじゃねぇよ。どこのグループのもんだ? コラ」
「え、あ、グループ?」
「一匹狼気取ってかつあげしてるんだろ?」
真崎は指をボキボキと鳴らす。それから、親指で後ろを指した。
「ちょっと、面貸せよ」
低いドスのきいた声。真崎の静かな怒りが伝わってくる。
身がすくんで、動けなかった。
交番にて、奏介はパイプ椅子に座っていた。殴られた場所を冷やすようにと保冷剤を貸してもらったのだ。
「酷く痛むようなら病院行くかい?」
警官が問うてくる。
「あぁ、いや。前にも岡目さんには殴られてるので慣れてます」
困ったように言うと、警官の表情が曇る。
「そうか」
と、中年の警官が戻ってきた。
「どうでした?」
「見失ったよ。無駄に素早い小僧だ」
「飯田さんから逃げるなんて、鍛えてるんですかね?」
見ると中年警官は筋肉質のようだ。体には自信があるのだろう。
奏介は目を細める。
(あいつ、陸上でもやってるのか)
「まぁ、良い。監視カメラでさっきの映像は撮れてるからな」
暴行傷害は免れないだろうが、一度逃げられてしまっている。そのための手は打ってあるが、上手くやってくれているだろうか。
と、交番の入り口に人影が現れた。
「ども。こいつ、捕まえたんすけど、ここで良いですか?」
震えて小さくなっている岡目、その首を後ろから捕まえている真崎が笑顔で言った。
「お、おう」
警官は面食らったよう。
「菅谷、大丈夫か?」
「ああ、ありがとう」
「ええっと、友達、かな?」
警官が、恐る恐る聞いてくる。
「友達がこいつに殴られてるとこ見て、捕まえに行ったんですよ。あとよろしくおねがいします」
岡目の首から手を離す。
「帰ろうぜ、菅谷」
警官が冷静になる前に立ち去ることにした。ばっちり警官に見られているし、被害届がなくてもそれ相応の罰は受けるだろう。
震える岡目の横を通り過ぎる。
「次、絡んできたらどうなるか」
奏介はそう言って、真崎の後を追った。
真崎と並んで歩く。
「ありがとう、まさか連れてきてくれるとは思わなかった」
「ああ、近くにいたからな」
「ちなみに……何発入れたの?」
「ん? なんの話だ? 俺と連火はお前を殴った奴を捕まえただけだぞ」
「ああ、うん」
「犯罪者捕まえるために少し手荒な真似はしたけどな。やらざるを得なかったんだ。怪我はしてないし、良いだろ」
これ以上深堀りはしないことにする。
「兄貴達ー!」
前方で手を振っているのは連火だった。
「あ、壱時さん」
歩み寄って頭を下げる。
「今回はありがとうございました。俺の揉め事に巻き込んですみません。でも助かりました」
「いや、いやいやっ、オレの方こそ助けてもらってばっかで、やっとちっとばかし恩返し出来たんスから」
「ちなみにおれらが何もしなかったら、あいつはもっと重い罪でガチ逮捕だったろうな。だろ?」
真崎の問に頷く奏介。
「まぁ、考えてはあったけど」
「まじっスか……」
その後、何か食べて帰ろうということになった。
「へぇ、あそこのラーメンスか」
「最近、人気出て来てるからな」
二人の後を追いながら、奏介はスマホを取り出した。
翌日。停学最終日の朝。
丸美は自分のベッドから体を起こした。夜に家へ来るはずだった彼氏の岡目と連絡が取れなくなって半日が経ってしまっていた。スマホを見てもメッセージや着信はない。かけてみても繋がらない。
「どういうことなのよ」
岡目は一人暮らしのため、家族に事情も聞けない。
と、家の電話が鳴った。
「あ」
親の代わりに慌てて受話器を取る。
「はい、丸美です」
『もしもし、菅谷ですけど』
一瞬、頭が真っ白になった。
「すが……えっ!?」
『丸美さんだよね? おはよう』
ぞわりと背筋が寒くなった。
「ななななんでうちの番号知ってんのよっ」
『小学校の頃、お尻蹴りゲームをしてた時に俺が反撃して突き飛ばしたことがあったでしょ? その時にお前の親と土岐が騒いだじゃん? 治めるためにうちの母さんが謝罪の電話入れたんだよ。その時の電話番号』
「……」
よく覚えている。それに関しては石田の真似をしてみたのだ。そうしたら先生の後押しもあり、思いの外上手くいったのだ。
『でさ、お前の彼氏、昨日警察に捕まったけど知ってる?』
「え」
『あ、知らないんだ。俺をさ、警官の前で殴ったんだよ。で、半分現行犯逮捕。警察の前でそんなことしたら、捕まるに決まってるよね』
冷たい声でそう静かに言う。
『もう少し頭使ったら? そんなんだから、制服着てラブホ行ったところを写真に撮られて停学になるんだよ』
「なっ!? 制服なんて着て行ってないわよっ」
『行ったのは事実でしょ。着てなかったから良いとかないから。仮にその誤解を解いたからって罪が軽くなんの? なるわけないじゃん』
教師と同じような返しをされてしまい、言葉に詰まる。当たり前のように話してくるので、何故、例の写真で停学になっていることを知っているのかという疑問は浮かばなかった。それとは別に、はっとした。
「あんた、もしかしてあの写真」
『あれ、よくわかったね。そうだよ、撮って掲示板に貼りつけたの俺』
全身が沸騰しそうだった。見下していた相手に停学にされてしまうなんて。
「ぜ……絶対に許さないっ! 名誉毀損じゃないっ、訴えてやるからっ、調子に乗るのも大概にしなさいよ!? このキモオタククソ野郎っ」
『ふーん。それって宣戦布告?』
感情のない声にびくりと体が震える。
『また小学生の時みたいに被害者アピールして俺を悪者にする計画? 今回は優しい土岐先生いないけど大丈夫? ラブホ行きバレて親も怒ってるだろうし、一緒に行った男逮捕の上、学校停学で次何かやったらヤバそうだけど……俺とやり合うの?』
小学生の頃の彼なら怯えて泣き出していたであろう口調で怒鳴ったはずなのに動じてない。
『まぁ、いいや。その喧嘩、買ってやるよ。反省して謝ったら許してやろうかとも思ったけど、俺も許さねぇよ』
ガチャリと通話が切れた。




