丸美の仕返しに反抗してみた2
岡目が謎の少女と視線を交わし、デレデレしていた二日前。
桃華学園の風紀委員室にて。
いつものメンバーの昼休みである。それぞれ弁当を食べ終え、緩い雰囲気で雑談していると、風紀委員室の戸が開いた。
「!」
入ってきたのは非常勤美術講師の大山華花である。三年生の美術や演劇部の活動を手伝っている。
「大山先生? どうしたんですか」
水果が驚いたように問う。
大山は無言で、風紀委員室内へ入ってきた。
自分の机の前に立たれ、奏介はぽかんとする。
「どう、したんですか」
彼女の表情が険しい。
「菅谷君」
両肩を掴まれる。
「え」
「最近、菅谷君が女装したいって言ってくれないから、先生寂しい。そろそろどう?」
「そんな泣きそうになりながら言わなくても。後、その言い方は誤解を生みますよ……」
とは言え、目的を伏せて、間接的に土岐の逮捕を手伝わせてしまった負い目がある。
「まぁ、気が向いたら」
「それっていつ!? 予約していい!?」
「先生、必死過ぎませんか」
しかし、無下に扱うわけにも行かない。どう落ちつかせて断ろうか考えていると、
「付き合って上げなさいよ。お世話になってるんだし」
わかばが澄ました顔で言った。 「……橋間、適当なことを」
「大山先生、奏ちゃんに特殊メイクするのって楽しいんですか?」
「そりゃ先生の趣味だもの。女装メイクさせてくれる男の子なんて中々いないし」
力説である。
奏介は心の底から困っていた。目的もなく女装していたらちょっとアブノーマルな趣味を持っている、みたいになってしまう。しかし、あえて何も聞かずに協力してくれた彼女の頼みだ。どうするべきか。
「大山先生の特殊メイク凄いもんね。ボクも何かやってもらいたい」
「大山先生、普通のメイクも上手いのよ。時々教えてもらうの」
モモが少し照れくさそうに言った。
「今日じゃなくてもせんせーの趣味に付き合うってことで、日にち決めれば良いんじゃねぇか?」
「あ、ああ、そうだね」
真崎の絶妙なフォローでこの場を収めることは出来そうだ。
「いつなら、いい?」
「えーと、じゃあ……」
ふとそこで、閃いた。彼女の趣味を活用出来るのではないかと。
(……でもな)
純粋に目を輝かせている大山の表情に、奏介は少し躊躇う。再び彼女を利用することになってしまうのだから。
(もしやるなら、さすがにちゃんと話さないと)
「決まった? 菅谷君」
「え、あ……そうですね。じゃあ、明日なら」
翌日。
演劇部の資料室へ行くと、美容室のような座椅子が用意されていた。目の前には鏡がある。
「いらっしゃいっ、さ、座って」
「あ、はい。他のやつはまだ来てないんですね」
皆、見学にくると言っていたので後から来るのだろう。
奏介は座椅子に着席した。美容室と同じ、ポンチョのようなものを巻かれる。
「さてさて、まずは」
いそいそと化粧品を台に並べる様子に、奏介は息を吐いた。
「大山先生、あの」
「どうしたの?」
「俺、別に女装が趣味ってわけじゃ」
「もしかして、土岐先生と何があったかカミングアウトするの?」
こちらを向いた大山は笑っていた。
「……やっぱ、わかってましたよね」
「あれだけ騒ぎになってればね。消えた謎の美少女は菅谷君なんだろうなーって思ってたけど」
「俺は土岐先生と過去に色々あって、それで彼女に対して非常識な仕打ちをしました。それであの後、土岐先生と言い合いになったんです。腹が立って、挑発もしました。結果があれです」
「土岐先生、生徒と問題起こしそうだったもんね」
奏介は頷いて、
「だからその、土岐先生の逮捕に間接的に関わらせてしまってすみませんでした」
「そんな深刻そうな顔しなくても、菅谷君はそこまで悪くないんじゃないの」
大山は首を傾げた。
「そう、思います?」
完全に非難されると思っていたが。大山は奏介の顔を鏡に向かせた。
「菅谷君普通にいい子だしね。そんな子を怒らせて、挑発されたからって殴ったんでしょ? 未成年の子達が生意気な態度をとるなんて普通のことだし、それに乗って暴力振るったら教師としても大人としてもだめでしょ」
「それはそうなんですけど」
煽り方は大山の想像を絶するだろうと思うのだ。
「そゆこと気にしてる時点でやっぱり菅谷君は良い子だよね。山瀬先生も言ってたし」
奏介の顔に化粧水のようなものを塗り始めた。
「先生のことは別に気にしなくていいよ。趣味に付き合ってくれるなら、どう利用してくれても良いし」
「軽く言いますね……」
「先生と菅谷君は利害が一致してるってだけでしょ? お互い利用してるんだから、軽くて良いじゃない」
確かにその通りだと思った。
やがて、他のメンバーも集まってきた。
○
丸美に写真付きの手紙が届いたその日のうちに岡目はメッセージを受け取っていた。
大学の学食にて、一人で日替わり定食を食べていた岡目は不機嫌MAXなメッセージを読んでいた。
『浮気者っ、あたし一筋とかなんとか言っておいて、誰よ、あの駅で一緒にいた女の子』
もちろん、岡目は寝耳に水だ。一切心当たりがなかった。ただただ笑いかけられただけの会話もしていない他人を記憶に留めるのは中々難しい。
「んっだよ、わけわかんねぇこと言って」
すると、立て続けに写真が三枚送られて来た。丸美は郵送された写真をスマホのカメラで撮影してメッセージアプリに貼りつけたようだ。
一枚目はあの少女にホームで笑いかけられた時。
「なんだこりゃ? あの時の子じゃんか。……いやっ、名前すら知らねぇよ!」
この一瞬を切り取った写真だけを見たら、仲が良さそうに会話しているように見えてしまうだろう。
二枚目の写真。
それはあの駅の近くで、あの少女と一緒に歩いている様子だった。
「なんなんだ……?」
ゾッとした。少女と共に街を歩いていた記憶はない。よく見れば、少女は岡目の半歩後ろを歩いているようだ。これでは視界に入らない。そこをたまたま撮られたらしい。
三枚目の写真は。
「ひっ」
電車内だった。恐らく一昨日に行われたサークルの飲み会の帰りだ。真っ赤な顔をしてスマホをいじりながら眠そうな目をこすっている自分、そしてその隣にはすました顔で座る少女の姿が。よく覚えていないが、誰かがやけに近い距離で隣に座ってきた覚えがある。そして写真が撮られた位置だが、やや上方からだ。妙な視点だが、カップルのように見えなくもない。
「なんだ、これ、なんなんだよ。ス、ストーカー?」
慌てて、丸美の番号にかける。
『はい、もしもし』
不機嫌そうな声。
「カナエっ、この女、俺のストーカーだ」
『はぁ? 何それ? 楽しそうに一緒にいるようにしか見えないけど?』
「ち、違う。いつの間にかいて、そこを写真撮られたんだっ」
『素晴らしい言い訳ね』
「信じてくれっ。てか、お前に写真送ったの、この女だろっ、こうやって喧嘩させるためにさっ」
『む……』
押しきれそうだ。
「なぁ、今日お前んち行って良い? 色々誤解解きてぇし、それに久々にさ。お前の可愛いところ見てえし。確か水曜は親遅いんだろ?」
『……しょうがないなぁ』
まんざらでもなさそうだ。
岡目は約束を取り付けると、一度家へ帰り、夕方に丸美家へ向かうことにした。
夕闇が迫る中、駅へ向かっていると、
「ん?」
三人の少年達がコンビニの前で話し込んでいるようだ。
「げっ」
一人は先日突っかかってきた大柄な男子高校生だ。今は柔らかい表情をしているが、あの鋭い視線は忘れられなさそうだ。そしてもう一人は如何にもヤンキー風の男。最後の一人は。
「お、あいつは」
丸美の小学生の頃の同級生、菅谷奏介だ。丸美がバカにされたと言うので軽くボコって締めたのだが。
見ていると、奏介は二人と別れ、歩き出した。
「へへ、今日の夕飯代でも稼いどくか」
以前のように隙を見て、裏路地へ連れこむ。今度は友達に邪魔されないように慎重に。
奏介の後を追いかけることにした。
細い道に入った。大通りへ続く近道だ。
「さーて、どうすっかな」
奏介の背中が、角を曲がった。岡目も続くが、
「うおっ!?」
奏介は角の向こうで、岡目を待ち構えるように仁王立ちしていた。
「気持ち悪いからついてくんなよ」
奏介は腕を組んで、吐き捨てるように言う。何故だか非常に腹が立った。自分より明らかに下の奴に見下されているようで。
「ああん? なんだてめぇ」
岡目は凄んでから、奏介に顔を近づけた。
「キモオタクが調子に乗ってんじゃねぇよ。ぶっ殺されたいのか?」
「やれるもんならやってみろよ、ヤリ○ン男」
その瞬間、岡目は奏介の頬を殴った。
「あぐっ」
奏介は地面に転がり、しかしすぐに体を起こした。
「うぐ……」
「はは。お前さぁ、そうやって調子に乗るから痛い目に遭うんだぜ? 学習しろよ」
「……お前、俺になんの恨みがあったの?」
立て膝で座ったまま、奏介は冷たい目で見上げてきていた。
「あ?」
「恨み。初対面で殴るって相当な恨みがあったんだろうなと思ってね」
「バーカ、お前がカナエに」
「丸美カナエのために俺を殴ったってことか。じゃあお前、丸美に頼まれたら殺人や強盗も躊躇わずやんのか?」
「それとこれとは別だっての」
喋りで逃げる隙を窺うつもりだろう。
(逃がすわけねぇだろ)
と、その時。肩に手が置かれた。
「あん?」
振り返ると、制服警官が二人、険しい顔で立っていた。
「え……」
「丸美のためなら、こんなところでも暴力を振るうと。随分と仲良しなんだな」
奏介が横を指差す。
「……え」
そこは、交番の真ん前だった。
次回真崎&連火参戦。




