自殺をしようとした青年に説教してみた1
大類久行は今年、五十歳になる中年サラリーマンだ。その日、いつものように朝の電車に乗るため、ホームに並んでいた。
するとアナウンスが流れる。
『人身事故のため、遅れております。お客様にはご迷惑をおかけします』
線路に飛び込んだ輩がいるのだろう。人身事故といえば、それしか思い付かない。
久行はため息を吐いた。
と、前の前に並んでいた女子高生達が電話で話しているのが聞こえて来た。
「え、自殺!? マジ? ……目の前で!? うそでしょ、大丈夫?」
話の内容から、別の駅にいる友人がその瞬間と現場を見てしまったらしい。
久行の予想は大当たりだった。
(まったく)
自ら命を絶つなどあり得ない。もはや、自分を自分で殺す、犯罪と同じだ。そういったニュースを見るたび、憤りを感じる。
(命を粗末にしおって)
ふつふつと湧き上がる怒りを内面に圧し殺しながら、鼻から息を吐いた。
それから三十分ほど待機するはめに。会社には連絡を入れたので問題ないがいい加減立っているのがキツくなってきた。冬の風は冷たい。
そして、ようやく電車が駅に到着するとアナウンスが流れたところで、
「ん?」
横を大学生らしき青年が通りすぎた。ふらふらとホームへ歩いていく。久行は眉を寄せる。明らかに不審な挙動だ。そして、
「!」
黄色い線の内側から外側へと踏み出す青年。
「きゃーっ」
その様子に一部の女性が悲鳴を上げたようだ。完全に飛び込む気だ。
体が勝手に動いた。
列を抜け、線路に前のめりになる青年の腕を掴んで思いっきり、こちら側へ引っ張る。
「うあっ!?」
間一髪、彼の体はホームへと戻ってきた。直後に電車が恐ろしいスピードで駅へと入ってくる。
周りは騒然、青年はただただ呆然としている。
『遅れまして申し訳ありません。三分少々停車致します』
電車の扉が開いて、乗客が乗り込んでいく。彼らも気にしているようだが、なんと声をかけて良いのか分からないのだろう。やがてホームには久行と青年だけになった。三分間、下り電車を待つため停車するようだ。
それだけの時間があれば十分である。
「何を考えているんだ!?」
「ひっ!?」
青年が久行の大声にびくりと肩を震わせた。車内の客達も何事かとこちらへ視線を向けている。
「君は何か、自殺でもしようとしてたのか?」
強い口調で問う。
「!……」
彼はぶるぶると震えだした。
「僕は、もう生きていけないんです。だから」
「馬鹿者っ」
「!」
青年は座り込んだまま、怯えた様子で久行を見上げる。
「親にもらった大事な命を自分から投げ出して良いと思ってるのか! 世の中には長く生きられない人もいるんだぞっ、これは犯罪だ、君は犯罪者だ。殺人未遂という名のなっ」
「ぼ、僕の親は一ヶ月前にいなくなったんですっ」
彼は叫ぶように言った。
「……僕に、借金を残して、逃げたんです。僕はこれから、何に使ったかも分からない借金を抱えて生きていくんです。……無理なんです。嫌なんです。未来なんて僕にはないんですっ」
泣き出してしまったが、ますます腹が立った。
「それくらいのことで自殺? ふざけるなっ」
「それ、くらい?」
青年は絶望したような顔をする。久行は彼の肩を掴んだ。
「人間誰しも辛いことがあるのが人生だ。それを君は、逃げようと」
と、その時。彼の肩に置いた手首を掴まれた。
駅員だろうか。顔を上げると、高校生らしき少年が無表情で立っていた。
「そこまで責める必要ないんじゃないですか」
「何を? 誰だね君は。彼の知り合いか?」
「あなたも彼の知り合いじゃないでしょ」
そう返され、久行は黙った。確かにそうだ。
「あなたの考えは正しいかも知れませんけど、それを押し付けるのは良くないですよ」
久行はゆっくりと立ち上がった。
「ほう。君は自殺することが良いことだと言いたいのかね?」
「俺はそんなことを一言も言ってません。ただ、無責任なことを言うのはダメですよ」
「無責任? 私のどこが無責任だと!?」
「なら、彼の親の借金をあなたが肩代わりしてくださいよ」
奏介は静かに、そう言った。
大類久行は悪人ではありませんが、しかし……




