養子の娘を蔑む夫婦に反抗してみた1
今回2話更新です! 前のお話を読んでからこちらをどうぞ!
放課後。
奏介は詩音とモモと電車に乗っていた。相談に乗るのが上手い友人がいると、モモが説明し、その流れで家に行くことにしたのだ。
両親からの仕打ちに相当参っているのだろうか。まったくの他人を頼りたくなるほどに。
「モモちゃん」
「どうかした?」
「いや、事情は聞いたし、ちゃんとついていくから心配ないよ……?」
詩音はモモに手を繋がれているのだ。皆にことごとく断られたためか、逃げないように捕まえている、らしい。
「……ええ。ありがとう」
「離してはくれないんだね……」
詩音が苦笑を浮かべる。
やがて、初めて見る駅で降りて、普通の住宅街を抜け、着いたのは高級住宅街だった。
と、その一角の一際大きな和風建築の家の前で手を振っている女子が一人。
歩み寄ると、控え目な笑顔を向けてきた。年上だろうか。十八、九といった雰囲気。
「モモちゃん、本当に来てくれたのね」
「ええ。……迷惑じゃなかった?」
「全然」
にこにこと笑いながら首を振る。かなり明るい人に見えるが。
「あ、そっちが言ってた人達?」
「そう。こっちが菅谷奏介君。隣が伊崎詩音ちゃん」
「奏介君に、詩音ちゃんね。うん、よろしくね。私は岩槻あかねです。名前で良いわよ。なんかごめんなさいね。わざわざ来てもらって」
「いえ、こちらこそお邪魔します」
部屋に案内してくれるとのことで、彼女について家へと上がる。広い玄関に花が生けてある。高そうな壺や絵画など、さすがお金持ちである。
と、すぐに誰かが奥から歩いてきた。
「……ちょっと、その人達誰?」
三十代後半くらいの女性だった。
「あ、えと、ただいま帰りました。お母さん」
「その人達誰って聞いてるんだけど?」
あからさまにイライラしているようだ。そして、彼女はあかねの母親なのだろうか。
「友達、です」
「うちに上げるの?」
「え……」
腕組みをした女性が嫌みったらしく聞いてくる。
「せ、せっかく来てくれたので」
「あんたの友達に淹れるお茶はないから。キッチンのもの、使わないでよ」
そう言って奥へ消えていった。
あかねは肩を落とした。
「ごめんなさい。お母さん、イライラしてるみたい」
困ったように言うあかねだが、精神的なダメージは計り知れない。イライラしているというより、あかねに対しての態度が酷い。
「感じ悪いね……」
詩音はドン引きしているよう。
モモも心配そうにあかねを見る。
「さ、どうぞ。お茶ならペットボトルの買ってあるから」
部屋へと通された。狭い屋根裏部屋にでも連れていかれるかと思ったが、普通の和風な自室だった。母親のあの態度を見たので心配だったが、普通の生活はさせてもらえているよう。
「わっ、着物だー」
詩音が目を輝かせる。いわゆる着物専用の衣紋掛けのようなものに薄緑の振り袖がかけられていた。
「もうほとんど飾りみたいなものだけど、昔母にもらったのよ。二十歳になったら着なさいって。ふふ、綺麗でしょ?」
「素敵ですね……!」
それはそれとして、奏介は眉を寄せた。
「母って」
「あ、うん。さっきの。あれでも昔はすごい優しかったのよ? ……弟と妹が産まれてからは、私は要らない子になっちゃったけど」
彼女は岩槻家の養子である。理由としては母親が妊娠しづらい体質であり、医者から将来子供は望めないと助言を受けていたらしい。その後自然妊娠して、弟と妹が生まれたそうだ。
座布団を用意してもらったので皆で丸くなって座る。渡されたのは宣言通り、ペットボトルのお茶だ。
と、バタバタバタと足音がし始めた。
「姉ちゃんただいまっ」
勢いよく障子が開いて、顔を出したのはランドセルを背負った少年と少女だ。
「おかえり、今友達が来ているのよ」
「あっ、ごめ! じゃまた」
「お姉ちゃん、後でまたゲームしよっ」
二人はにひっと歯を見せて笑って、去って行った。弟と妹と仲が良いというのは本当らしい。
「すっごい元気だね」
詩音が言って、モモがあかねを見やる。
「何年生?」
「三年生で八歳よ。双子なの」
十一歳差だそうだ。ちなみにあかねは奨学金で大学に通っているらしい。
「うーん、あの子達が産まれてから、あかねさんへの態度が豹変したってこと?」
詩音が首を傾げる。
「そう。結構あからさまにね。ちょっとびっくりしちゃって、最初は辛かったわ」
あかねは苦笑ぎみに言う。ちなみに父親も同じ態度だそうだ。
モモは目を伏せた。
「自分達の都合で、酷い」
色々思うことはあるのだろう。
「あかねさんは、この家を出ていこうと思わないんですか?」
と、奏介。
「……育ててもらったのは事実だし。働くようになったら、ちゃんと家にお金を入れなきゃと思っているの」
「え、でも、さっきの感じだと」
詩音が恐る恐る言う。
「昔は優しかったから」
そのセリフに聞き覚えがあった。ヒナと殿山の関係を解消した時のことだ。
彼女もまた過去に囚われているのだろう。
「正直、あの人はもう昔には戻らないから期待するのは止めたほうが良いですよ」
詩音も頷く。
「わたしも同感。このままだとあかねさんだけが辛くなってっちゃうと思う」
モモはあかねを真っ直ぐに見た。
「このまま我慢するのはダメ」
「でも」
あかねの瞳が揺らぐ。行動を起こすのは勇気がいるものだ。生活が変わるかもしれないと思うと余計に、だろう。
「……」
あかねはうつむいて、口を閉じてしまった。
「よし、こうなったら皆でカラオケに行こうっ」
詩音が拳を握りしめた。
「え?」
モモとあかねはキョトンとしている。奏介は息を吐いた。
「唐突だな」
「うん、でもあかねさんが無理だと思うなら無理だし、ならストレスの方を解消した方が良いよ。ね?」
悪くない案だ。大声を出して気分が変われば考えも変わるかもしれない。
「そうね。わたしも久しぶりに歌いたい」
モモが少し楽しそうに言う。
「さ、とりあえず行こう!」
「え、あ、うん?」
詩音の勢いに飲まれたあかねもモモに手を引かれて部屋を出る。
と、玄関のところであかねの母親とスーツの男性が話していた。どうやら帰宅した父親のようだ。
「あ、ねぇあかね。あんた、私があげた着物、まだ持ってるんだって?」
「え……は、はい。部屋の、少し奥に飾ってます」
あかねが答える。
「それ、返して。ゆきねに上げることにしたから」
ゆきねは、先程のあかねの妹だそうだ。
「で、でも成人式で着てってお母さんが」
「あんたの成人式なんかどうでもいい。あれはわたしの血を継いでるゆきねの物よ」
蔑んだ目を向けられ、あかねは震え始めてしまう。
「まったく、養子の立場でうちの物を勝手に着ようというのか」
スーツの男性も追い討ちをかける。
「だって、でも、くれるって、大事にとっておいて」
「うるさい、養子の分際で。あんたはうちのお荷物なのよ。いい加減分かりなさいよ。……ていうか、品がないあんたにぴったりな気持ち悪いお友達ね?」
完全に奏介を見て言ったのだろう。あかねへの煽りのつもりか。奏介はにっこりと笑う。
「あかねさんを無理やり誘拐してきた癖に何偉そうに言ってんだ? 嫌味オバサン?」
「……は!? なんですって!?」
夫婦の表情が歪む。
「誰が誘拐なんかしたのよ。あかねは養子縁組を」
「その手続きって誰がしたんですか?」
「え」
奏介は目を細める。
「お荷物とか言うあかねさんの養子縁組の手続きしたの、誰なんですか?」




