過去のいじめを覚えていない同級生に反抗してみた
丸美カナエは待ち合わせの駅前で辺りを見回していた。
「ん~……。あっ」
近づいてくるのは四人。小学生の頃の同級生である、檜森リリス、味澤、宇津見、長池だ。桜柳高校に進学した四人組。手を振って近づいてくる。
「久しぶりですね」
相変わらず檜森はモデル並みの容姿である。他三人も変わらない。少し遅れて喜嶋安登矢も加わり、懐かしいメンツが揃った。
「えーと、後は?」
喜嶋がスマホの画面を見る。
「今日これだけじゃね? 今回都合合わない奴多すぎ」
「放課後だし、なんか期末テストが今頃のとこもあるんでしょ? うち終わったけど」
宇津見が肩をすくめて言う。
「六人いれば良い方じゃないですか?」
リリスが皆を見回して言った。
「まぁ、そうかもね。しゃーないかぁ」
カナエはため息を一つ。仲の良いメンツで騒ぐのは好きだ。特に小学生の同級生とは時間を忘れるくらい楽しい。
「てか、丸美はほぼ皆勤賞だな」
「高校上がってから結構プチ同窓会やってるけど、必ずいるよな」
そう言ったのは苦笑を浮かべた味澤と長池である。
「だってうちお嬢様学校で、友達は三味線にお琴に茶道に華道で忙しいんだよね。習い事してないって言ったらちょっと引かれたしさ」
「お嬢様、か。なぁ、丸美。二、三人おれに紹介を」
喜嶋が真面目な顔で言うので、檜森はあきれ顔だ。
「あんな目にあったのによく同じことをやろうと思いますよね……」
「いや、今度からは一人を一途に思うことにしたからさ! 運命の女の子を見つけるんだ」
「喜嶋、ほんっとに変わんないね。女好き、そしてバカ丸出し」
「丸美、うるせーって」
と、味澤が駅前の時計を見上げた。
「で、どうする? とりあえずカラオケか?」
「賛成~。お前らは?」
長池が他三人に問う。
「構いませんよ」
「おれもオッケー。丸美は?」
「ま、放課後ならそんくらいしかないよね。良いよ」
ふと、そこで視界に入った人物が。
「うぇ!?」
声を上げた丸美に五人が一斉にそちらを見る。
「ぶはっ、ね、ね、あいつ覚えてる? すっご、全然変わってない」
少し先、こちらへ歩いてくるのは菅谷奏介だった。小学生の頃の同級生である。
「えっと、名前なんだっけ? ほら、うーんと」
丸美は考え始めるが、リリスが咳払いをした。
「えーと、それでカラオケでしたっけ」
「良いんじゃね?」
「予約取るなら、あたしやるわよ。会員だから」
他の五人は何事もなかったようにカラオケの話に戻った。
「え、ちょっとちょっと、名前思い出せないんだけど? 石田が目茶苦茶からかってたやつだよね?」
奏介はこちらに気づいたようだが、すぐに興味をなくしたらしく、視線を外して六人の横をすり抜け、ようとしたが丸美が遮った。
「久しぶりぃ」
知り合いがいたら声をかけずにはいられない性格なのだ。奏介は足を止める。
「……丸美さん?」
「あ、覚えてた? 名前なんだっけ?」
奏介は怪訝そうな顔をする。
「……菅谷奏介」
「あっ、そうそう。菅谷君だ。全然変わってないねぇ。てか、あたしのこと覚えてると思わなかったよ」
「まぁ、色々あったし」
憂鬱そうな顔をするので少し思い出してみる。
「なんかあったっけ?」
「なんかって」
「あっ、そういえばお尻蹴りゲームとかやったよねー。凄い盛り上がったし、楽しかった~」
「俺は痛かったけど」
奏介がムッとしたのがわかった。
「だってあれは罰ゲームみたいなもんだし、そんな強く蹴ってないし」
「痛かったって言ってるだろ。後、ノロマとかマヌケとか言ってきたよね」
あからさまに不機嫌になっていた。その様子がなんだか妙におかしかった。気弱なオタクが精一杯の抵抗をしようとしている感。
「あ、あの、カナエ? それくらいにしませんか」
「丸美、カラオケ行くんだからさー」
檜森と喜嶋が少し慌てた様子で止めに入ろうとするが、
「ぷっ……あははっ。何何? まだ怒ってんの? だって何年前よ。小学生の時だよ? それをまだ根に持ってるとか女々しい~。執念深い~。しかもその時のセリフまで覚えてんの? ぷっはっ」
奏介が無表情になったところで、喜嶋をはじめとした五人がそっと視線を外す。
「ほぼ四年前だな。何、丸美さんは四年前のことすら覚えてないの? え、記憶力ないんじゃない? 頭でも打った?」
「はは……は?」
目を瞬かせて彼を見る。奏介はにやにやと笑っていた。
「ていうか、尻蹴りあげるとか暴行傷害罪だから。あの後痣出来てたし。犯罪やっといて覚えてないって頭おかしいんじゃない?」
「ぼ、暴行傷害って、いや、単なる遊びだったんだよ?」
「なら、試しにその辺の通行人の尻を蹴ってみなよ。遊びでやった、覚えてないって言ったら許してくれんの?」
心臓がドキドキしてきた。口調はあまり変わらないが、責められている。
「今ここでやってみなよ。見ててやるから」
「えと、いや、そんなことしたら、さ」
奏介は目を細める。
「何? どうなる? 謝れば許してくれる?」
「……いやぁ、もうあたし達、大人みたいなもんだし、それやったら普通に犯罪だし」
奏介はクスッと笑った。
「出来ないんだ。腰抜けのヘタレ女」
「!! ちょっ、あんたバカにしてる!?」
「分かってんなら、友達みたいに絡んでくんの止めてくれる? ウザ過ぎ。大体、小学生の時だって尻蹴ったら暴行だっつーの。記憶力皆無で脳みそ軽いんだから俺に構う暇あったら脳トレゲームでもしてろ。なんなら病院行け」
奏介は鼻を鳴らして、丸美の横を通り抜けた。表情をひきつらせたまま、固まる丸美。
「菅谷どこ行くの?」
「……バイト」
喜嶋の質問に少し嫌そうに答える奏介である。
「菅谷さん、バイトしてるんですか」
「まぁ」
「もしかして、スーパー? この前見かけたような」
宇津見が言う。
「ああ、この近くの」
「おれもバイトすっかなぁ……」
味澤がぼやく。
「遊んでると金の減りはえーしな」
長池も同調する。
「それじゃ」
奏介はそう言って去って行った。
「え、なっ!? あいつ何!?」
「次、絡みに行くと大変なことになりますよ」
檜森がため息混じりに一言。
「ありゃ、がっつり怒らせたよなー」
と言ったのは苦笑気味の喜嶋。
「は? え? 何?」
「関わるなってことだ」
「そうそう」
味澤と長池。
「さっさと行くわよ。ネット予約取れたし」
五人とは普通に雑談をしているように見えた。彼らと菅谷奏介の間で何があったのかは知らないが、煽りに何も言い返せなかったのは事実だ。そしてあの冷たい目。改めて思い出すと背筋が震えた。
「なん、なの」
尻を蹴るとピーピー泣いてた菅谷奏介の記憶が少しだけ霞んだ気がした。
珍しく一話完結です。




