ネットの誹謗中傷に物理で反抗してみた1
奏介にとっての第一回風紀委員会会議が終了し、奏介はわかばと共に昇降口へ向かってた。集まりがあったため、わかばの友人達は先に帰ったらしい。
「で、困ってる人って?」
「あたしが昔からお世話になってる人で、ちょっとしたお店を経営してるんだけど、最近ネットでの誹謗中傷が酷いらしいのよ。なんかあんたなら解決してくれそうだから」
奏介は呆れ顔だ。
「俺をなんだと思ってるの? なんで解決出来ると思うんだよ。まずは具体的な話をしなよ」
「これ以上は本人から聞いた方が早いでしょ? ……ていうか、付き合ってくれるのね。普通に断られると思ったわ」
「とりあえず話は聞いてやるよ。ちゃんと全部弁償する気あるみたいだからね」
靴箱が見えてきたところで、詩音が手を振っているのがわかった。隣には真崎の姿も。風紀委員第一回目の集会ということで、終わるまで待っていてくれると言っていたが。
「奏ちゃんお疲れ様っ、どうだっ……え?」
後ろからついてきたわかばに目を瞬かせる。
真崎も奏介とわかばを交互に見る。
「どういう状態だ?」
先週までやり合っていた仲だ。一緒に並んで歩いてくれば驚きもするだろう。
取り合えず、靴箱嫌がらせ合戦は決着が付き、これからわかばの知り合いの話を聞きに行くと伝えた。その流れで二人もついてくることになったのだが、わかばは気にしていないようなので奏介も何も言わなかった。
「誹謗中傷……確かに奏ちゃんならなんとか出来そうだよね」
学校の正門を出たところで詩音が真剣な表情で言う。
「いや、何を根拠に」
「はは、菅谷ならどうにかしそうだよな」
わかばは力強く首肯く。
「別にこいつに頼みたくて頼んだわけじゃないのよ。ただ、その人が凄く困ってて、あたしは力になってあげられなさそうだから」
「こいつ?」
奏介の目がすっと細まる。わかばは、すかさず視線をそらす。
「……なんでもございません」
もはや揺るがない上下関係が生まれていることは明らかだ。詩音と真崎は無言のまま納得した。
「で、橋間の家って駅の裏の方だよな?」
真崎の問いに頷く。
「そこら辺に商店街があるでしょ? 脇道に入って行った奥にあるお店」
どうやら、クッキーやビスケット、マカロンなどの焼き菓子専門店らしい。店主は二十四歳の女性。わかばにとっては“近所のお姉さん“で共働きをしていた両親の代わりに面倒をみてもらっていたらしい。
と、前を歩く詩音がわかばの隣に並んだ。
「橋間さん、あの、余計なお世話かも知れないけどこれ以上、奏ちゃんを敵に回すのはやめた方が良いよ?」
わかばは遠い目をした。
「ええ。それはもう、痛いほど体験したから絶対に逆らわないわ。オタクの皮を被った何かよね。あいつ」
「でも、基本は優しいんだよ?」
わかばはしばらく前方を見つめたまま歩いて、
「そうね、確かに、優しいわ。あんなに……酷いことをしたのに」
その先の言葉は続かなかった。
詩音もそれ以上話を続けず、小さく頷いた。
商店街の横道に入り、一本奥の通りに出た。細い道の向かいにログハウス調の小さな建物が見える。カーテンが引かれ、ドアには『close』の文字が。
「こっち」
わかばは慣れた様子で裏手に回った。どうやら住居と一緒になっているらしい。裏に回ると普通に玄関のドアがあった。
インターホンを鳴らすと、鍵を外す音がして、ゆっくりとドアが開いた。
「……はい」
顔を出したのは、わかばから聞いていた店主の野竹ナナカという女性である。髪を一つに結い、眼鏡をかけていた。野暮ったい印象は全くない。ブラウスにロングスカート、メイクもきちんとしていて、誰から見ても美人だろう。
「わかば? ……どうしたの」
声に元気がない。よく見れば顔がやつれている。少なくとも健康的に痩せた印象はない。
「あれ、続いてるの?」
ナナカは暗い顔をした後、ゆっくりと頷いた。
と、その時。
トゥルルルルルルルッ。
固定電話の着信音が家の中に鳴り響く。
ナナカは目を見開いて両耳を塞いで震えだした。
「……いや……」
「ちょっとナナカ!」
わかばが慌てて肩を支える。
奏介、詩音、真崎はどうしていいか分からずナナカの様子を見守る。
「と、とりあえず……菅谷出番よ」
「何がだよ」
わかばは家の奥の方を指で指した。
「電話の相手、多分ヤバい奴だから、何か言って」
「ヤバいって、無視するかすぐ切れば」
「良いからっ」
奏介はナナカを見る。尋常じゃない震え方、電話の音に対して過剰反応を起こしているのは確かだ。
奏介はわかば達の横を通り抜けた。
「お邪魔します」
固定電話は細長い台の上、廊下の途中にあり、非通知設定の番号からかかってきている。
何故他人の家の電話に出なくてはならないのか。
奏介は仕方なく受話器を取って耳に当てた。
「はい、もしも」
『死ねやっ』
「っ!」
鼓膜を破壊する気満々な声量だ。
確かにヤバそうだ。普通に相手をするのは良くない。強気で行こう。
奏介はすっと息を吸った。
『早く死ねやっ、このアマッ』
「あ? 誰だてめぇ?」
奏介が低い声で言うと、電話の相手は言葉を止めた。何やら驚いたように息を飲む。
そして、そこで電話は切れてしまった。




