痴漢被害に遭った女子を中傷するサラリーマンに反抗してみた2
するとサラリーマンはみるみるうちに顔を赤くする。一瞬怒鳴ろうとしたようだが、ここは狭い電車の中だ。どうにか堪えたらしい。小刻みに震えているが。
「し、失礼な奴だな」
「失礼なのはあなたでしょ。若い女性の身体的な特徴を揶揄するとか。セクシャルハラスメントってご存知ですか?」
「セクシャルハラスメント? これがセクハラだって言うのか? 悪いのはその女だろ。そんな体で外を出歩いてるんだからな」
やはり失礼なことに彼女を指で示す。
「先輩はうちの校則に基づいてきちんと制服を着ています。胸元がはだけているわけでも、スカートが短すぎるわけでもないでしょう。ていうか、普通に通学してるだけの女子高生を見て、興奮した上、我慢出来ずに痴漢しといて、何偉そうにしてるんですか? 電車は風俗じゃないんですよ。誘惑されたとしても理性ある人間として、社会人として堪えるのが常識でしょ?」
「おい、誤解されるようなことを言うな。私が痴漢をしたわけじゃ」
奏介は目を細め小声で、
「庇ったら同罪なんだよ、このボケ」
「!」
「あなた、犯罪に遭った被害者によく暴力をふるえますよね?」
「何が暴力だ。手すら触れていないだろ」
やや叫び気味。
「言葉で暴力振るってるんですよ。先輩今、泣いてたでしょ。まぁ、止めようとしない乗客の皆さんを味方につけてたみたいだけど」
奏介が冷めた目で周りを見回すと、視線をそらす人続出だった。
「泣いてたからなんだ、女はすぐ泣くだろ。演技だよ、演技」
「あー、都合良い言い訳ですね。それ以外に言い訳ないですしね? 女だから~って言っとけば「大丈夫だろ笑」みたいな? 頭空っぽなんじゃないですか?」
「ぐっ……」
サラリーマンは表情を歪める。
「お、お前と話してても埒があかない。その女は赤根さんに痴漢をさせたんだぞ」
奏介はぴくりと眉を動かした。
個人名が出てきたということはミツハに痴漢したのはその男なのだろう。どうやら知り合いらしい。
「それに文句を言って何が悪いっ、批判されるべきだろうっ」
「確かに批判されるべき被害者はいますよね。自業自得な人は俺もおかしいと思います。でもあなたのは文句じゃなくて暴言、批判じゃなくて罵倒なんですよ。先輩が誘惑したかどうかの前に他人をバカにしたようなことをこんな公の場でほざいている時点で名誉毀損か侮辱罪です。わかります?」
サラリーマンはぶるぶると震え、
「お前、桃華だな? 苦情の電話入れてやる。大人に逆らったらどうなるか」
奏介はスマホを自分の顔の前にかざす。
『おい、またそんな胸ぶら下げて、誘ってんのか? こんなところで男を誘惑して楽しいか?』
『その女がそのデカパイで男を誘惑して痴漢させてんだよ』
録音の音声が流れる。
「これ、セクハラの証拠な? 心配しなくてもここに駅員呼んで俺とあなたのどちらの言い分が正しいのか試してやりますよ。ちなみに、先輩は俺に味方してくれますよね?」
ミツハは、はっとした様子。
「う、うん。もちろん。セクハラされてたの、あたしだし、庇ってくれたの、菅谷君だし」
彼女に似合わない早口だ。
奏介はちらりと振り返ってわかば達に目配せをする。駅についたら駅員にダッシュだ。
「なっ」
たじろぐサラリーマン。
「まぁ、でもこの中にお仲間いるんでしょ?」
奏介はもう一度辺りを見回し、
「集団痴漢の一人である赤根さんを助けたくて先輩を責めてたんでしょうしね? そういえば、あの子、胸デカ過ぎとか、痴漢捕まえたらしいけど、あれじゃあね……とか、実は冤罪なんじゃない? この前のおじさん可哀想とか言ってたお三人さんかな? あのグレーのスーツの男性とカジュアルな縞模様のニットの女性、あと大学生風の黒いTシャツの男性ですね。俺、悪口に敏感なんですよね。顔も覚えてるんで」
そこで顔を真っ青にした男女三人を見てから、奏介はサラリーマンを見た。
「だ、誰が集団痴漢だっ、赤根さんは俺の仕事を認めてくれて、部署の責任者に推薦してくれたんだ。そんな人を」
はっとするサラリーマン。
「とりあえず、駅員さん来たらお話ししましょうか」
奏介が低い声で言うと、電車が減速を始めた。と、例の三人の男女が近づいてくる気配。
「ああ、あの、先程は失礼なことを言ってしまい、申し訳ありません」
「周りの雰囲気に呑まれてしまって、ごめんなさい」
「本当にすみませんでした」
「あ、えーと、はい」
戸惑うミツハに変わって奏介が言う。
「思うのは自由ですけど、お口に出す時はもう少し考えましょうね。言葉で相手を傷つけるのはよくないですよ?」
三人はこくりと頷いた。その他大勢に紛れて人を批判するのも中々卑劣だ。
そうして駅に着くと同時にサラリーマンとミツハ、そして奏介、わかば、東坂委員長も事情を聞かれることとなった。この揉め事に関して、一部始終を見ていた乗客達も何人か証言をしてくれた。三人を吊し上げたことで自責の念に駆られた人が多かったらしい。
そして、十時過ぎ。
ようやくもろもろの事情聴取が終わり、解放されたのだが。
「まぁ、大遅刻ですね」
東坂委員長が頬に手を当てて苦笑い。
「でもまぁ、山瀬先生には連絡しておきましたから」
「なら安心ね」
全員クラスが違うので授業中に教室へ入ってもただの遅刻として見てくれるだろう。事情が事情なだけで学校へは裏門から入るように指示されたそうだ。
「あの、本当にありがとう」
駅を出たところで深く頭を下げるミツハ。
「皆のおかげ。ハルノにもお礼言わなきゃ」
三人は顔を見合わせる。
「ふふ、良かったです。ミツハはこれで、勉強に集中出来ますね」
確かそういう建前で学校外の悩み相談を受けたのだ。
「まとめて他の客も黙らせたし、良かったですね。さすがだったわよ、あんた」
わかばが何故か呆れた様子で言う。
「先輩、気まずいでしょうし、乗る車両は変えた方が良いかもしれませんよ」
「うん、そうしよっかなぁ? 君、ちょっと格好良かったよ」
「ほんと、その見た目じゃなければ」
わかばは慌てて自分の口を手でふさいだ。少しだけ学習したようだ。
「では、行きましょうか。四限目には間に合わせないと」
東坂委員長が言って、四人は遅い登校を始めた。
今回、これで解決です!
前回イジメ回はとりあえず、あそこで一度終わりでした。
続くような感じにしてしまって申し訳ないです。法律の裁きがきっちりと、下るところは少ししたら話を出したいところです。




