学校で賭け事をしている女子に反抗してみた4
橋人は怒りを覚えた。
土岐が警察に逮捕されるよう仕向けたのは、奏介なのだ。つまり、今度はユウキに対して同じようなことをしようとしているのだろう。
「気に入らない人間がいれば陥れて、不名誉をなすりつける。君は最低の人間だ」
「そんな改まって言われなくたって自覚してるよ。それにしても津倉君はいじめ肯定派なんだな。意外だよ」
橋人は眉を寄せる。
「いじめを肯定? そんなわけないだろうっ」
「へぇ、そんなわけないならなんでいじめられてた俺を助けてくれなかったの? いじめっ子からかばってくれたら俺はこんな犯罪じみたことをせずに済んだかも知れないのに」
さすがに動揺した。彼のクラスでいじめがあるのは知っていた。しかし、話したこともない相手をかばうなど、出来るわけがない。
「それは……クラスが違ったから」
「関係ないよ。クラスが違うのに絡んできたのはそっちでしょ。いじめを見て見ぬふりをして、それに対してやり返したら批判するの? それっていじめ肯定してる上にいじめられっ子に人権はないって言ってるようなものじゃない?」
「そんなことは言っていないっ。ただ、やり返すのは新しい揉め事を起こすだけなんだ」
「自分では助けられない、でもやり返すのはダメ。津倉君は遠回しにいじめを我慢しろって言ってるんだよね。でもさ、いじめを我慢し続けて自殺する子どももいるんだよ。いじめを受けてる子達は自殺して当然なの?」
「そういう話をしてるんじゃないっ」
まさかそこまで話を広げられるとは思っていなかった。被害妄想が激しい。
「もしかして津倉君は、俺に仕返しするくらいなら自殺しろとでも言いたいのかな?」
笑顔で問われ、橋人は背筋を震わせた。土岐のこともある。彼ならやりかねない。
「す、少し落ち着け、僕は何も我慢しろとか自殺しろなんて言ってない。そういう時は誰かに相談をして」
「一番の無駄だよ」
「……え?」
奏介は橋人を睨み付けていた。
「誰かに相談したからっていじめがなくなると思ってるの? そんなわけないでしょ。話し合いしたって無駄、先生が注意したって無駄。いじめを無くす方法なんてこの世に存在しないよ。少なくとも俺はそう思ってる。状況を変えたいと思うなら、逃げるかやり返すかのどっちかだ」
「そんなこと」
「そんなことないって? 先生は土岐みたいな奴らが多かったからまったく頼れなかったよ。ああ、そうだ。あの時、津倉君に相談すればなんとかしてくれたの?」
「その時は僕だって小学生だ。だから」
もごもごと言葉を詰まらせる橋人。
奏介は鼻を鳴らした。
「結局、口だけだ。昔も今も何も出来ないなら、適当なこと言うなよ。お前の発言は偽善以外のなにものでもない。俺がどんな目に合ってたかも、どういう気持ちで日々を送っていたかも一切知らないくせに、偉そうな口を聞くな。お前には俺のやってることに口出しできる資格はない」
「ぐっ……」
「何も言い返せないのも笑えるな。それに」
奏介は言葉を切って、
「俺に構うより、あの女をどうにかしろよ。兄貴なんだろ?」
「……ユウキの、ことか?」
「あいつ、昨日から様子がおかしいだろ?」
言い当てられ、どきりとした。胸の奥がざわざわする。
「昨日、この近くで賭場が摘発されただろ? 通報したのは俺なんだよ」
「通、報?」
「ああ、お前の妹に連れていかれてな。あの女、学校やカフェを装った賭場で賭博をしてたみたいだぞ? 知ってるか? 友達同士だとしても、一円でも賭けたら犯罪なんだよ」
橋人は目を見開いた。
「何を、言ってるんだ? ユウキが、賭博?」
「証拠もある」
奏介はスマホをタップした。
『つ、津倉さん!? あ、あの、ここは……カフェなの!?』
『そうそう。そんな怖がらなくても大丈夫だって。お金をかけて、麻雀したり、花札やったりする娯楽施設だから』
橋人の表情が歪む。
「待ってくれ、何かの間違い」
「妹に比べれば、お前の感性は大分ましだよな。だから聞いてやるよ。俺が妹を警察に突きだしたら、俺を一切恨まないという自信があるか?」
「え……」
「まだ警察はお前の妹には目をつけていないが、俺が名前を出せば逮捕される可能性が高い。あの女、何人も賭場に誘い込んでたみたいだからな。実際に被害者や誘われた人も知ってるし、証言は充分だ。で、どうだ? 妹とはいえ、犯罪者は許せないだろ? このまま突きだして良いよな?」
うつむいて無言。奏介はその態度を了解と取ったのか、背を向けた。
「ま、待ってくれ」
気づいたら、言葉が出ていた。
「どうした?」
冷ややかな視線が痛い。
「待って、くれ。妹を…………れ」
「はっきり言えよ」
奏介はスマホを振りながら言う。
「妹を警察に……突きだすのは、止めて、くれ」
奏介は床を人差し指で指した。
「なら、ちょっとそこへ正座しろ」
「正座……?」
「早くしろ」
橋人は震えながら床に正座した。心臓の音が激しい。ユウキの顔が浮かんでは消える。
「ここで迷わずに妹を警察に突き出せたら、俺はお前を見直したんだけどな。本物の偽善者みたいだ」
「う……」
「自分や自分の身内は関係ない、安全な場所から口出しするのは簡単なんだよ。大事な妹に危機が迫った途端この様か?」
「っ……」
奏介は腕を組んだ。
「お前にいじめられてたわけじゃないからな、土下座しろとは言わないが、復讐云々言ったことは謝ってもらおうか?」
「す、すまなかった」
「もう少し丁寧に」
「……小学校の頃のいじめに対して、む、無責任な発言をしてしまい、申し訳ありません」
「二度と俺に口出すなよ?」
「……はい。だからユウキのことは」
奏介はため息を吐いた。
「わかった。俺から警察に言うのは止めてやるよ。ただし、それだけだぞ? 俺はお前の妹をかばったり助けたりはしない。やったことは事実だ」
橋人はうつむいた。
「……はい」
◯
すっかり消沈した様子の津倉。奏介は再度ため息を吐いた。
「それじゃ。いつまでもそうしてると、怪しまれるぞ」
正座したままの津倉を残し、奏介は教室に戻ることにした。
「さて、と」
約束通り、警察に津倉ユウキの名前を売るのだけは止めることにする。しかし時間の問題だろう。何せ彼女は、取り返しのつかないところまで入り込んでしまっているのだから。
(個人的に文句は言っておかないとな)
奏介はスマホを取り出した。
ここでの連絡ですみません。ifラブコメあいみちゃんルート後編はもう少しお待ちくださいっ!




