昔の教え子の問題児に教育的指導をすることにした1
「うぐっ、ひっく」
目の前で泣きじゃくる男子児童に対し、心を鬼にする。
「泣いて許されることじゃないわよ」
「やって、ないです。石田くんがカッターを向けてきたから怖くなって」
「結果的に石田くんが怪我をしたんでしょ!? 何言い訳してるの?」
「ひっ」
男子児童は喉の奥から声を漏らした。
「親御さんに連絡しますからね。その前に、ちゃんと認めて石田くんに謝りなさい」
「僕じゃないですっ、カッターは石田くんが持ってきて」
「うるさいっ、やられた方の気持ちにもなりなさいっ」
当時、石田春木は土岐のお気に入りだった。イケメンだし、少し悪ガキっぽいところも良いと思っていた。その石田が怪我をさせられたのだ。
彼、菅谷奏介にはきちんと教育をしなくてはならない。
「これは犯罪よ。あなたが大人だったら警察に捕まるのよ」
「なん、僕、上履きとかも隠されて、殴られたこともあって」
「一体なんの話をしているのっ」
バンッと机を叩く。
「うっ」
「認めるまで、帰しませんよ」
その後、三時間ほど説教をしてようやく認めた菅谷奏介は石田に謝罪をし、この件は丸く収まったのだった。
◯
菅谷奏介が悪事を働いた当時のことを思い出し、小学校教師十五年目、三十代後半になる土岐ゆうこは彼女の手の甲を叩いた。
「痛っ!?」
叩かれた伊崎詩音はこちらを睨み付けてくる。
「教えたところが出来てないじゃない。ダンスをする役柄を嘗めてるんじゃないの」
「あなたの言った通りにやりましたけど」
「教えたように出来ていないと言ってるのよ」
非常に生意気な態度である。
「まぁ、良いわ。今日はここまで。それにしてもあなたの才能のなさは格別ね。それと先生に対してもう少し従順な態度をとったら?」
詩音は土岐を睨み付けたまま、無言で背中を向け、体育館を出て行った。彼女は菅谷奏介と仲がよかった。彼はこの学校に通っているらしい。また何か事件を起こそうものなら制裁が必要だろう。
しかし、菅谷奏介より今は反抗的な態度をとる伊崎詩音の教育優先だ。
翌日のこと。
五限目の休み時間に出勤した土岐は挨拶のため、職員室へと向かっていた。
すると、
「!」
前方から菅谷奏介が歩いてきたのだ。小学生の頃からまったく変わっていない。気弱そうな見た目の癖に石田に怪我をさせた問題児。そして先日、またしても石田と関わって、彼が逮捕されてしまったのだ。
土岐は通りすぎようとする奏介の前に立ちはだかった。
「待ちなさい。あなた、菅谷君でしょう?」
驚いた後に不思議そうにこちらを見てきた彼だが、
「!」
表情が歪んだ。
土岐だとわかったのだろう。
「よくのうのうと学校へ通えるわね」
「え……あの」
「石田君に罪を擦り付けて逮捕させるなんて卑劣極まりないわ」
「ち、違いますっ、罪を擦り付けるなんてそんな」
「いいえ、間違いないわ。……校長先生に頼んで処分してもらわなきゃ。とにかく、問題を起こすのはやめなさい。高校生にもなって昔と何も変わらないわね」
土岐はそう言い捨てて、その場を去った。
その日の放課後、土岐は校内を歩いていた。もうすぐ授業が終わり、生徒達が廊下に出てくるだろう。
土岐は決意していた。校長に問題児、菅谷奏介の悪行を話し、処分を強く求めることにしたのだ。
「早く手を打たないと、石田君の二の舞よ」
カッター切りつけ事件はニュースにまでなったのだ。学校名や子ども達の名前はもちろん出ないが、切りつけた児童がいたとしてテレビで報道された。菅谷奏介がいるだけでこの学園は危険だ。
と、職員室へ向かう途中、一年の女子更衣室の前を通りかかったのだが、
「ん……?」
更衣室のドアが内側からトントンと叩かれていた。
何かの手違いで閉じ込められでもしたのだろうか。
何気なく土岐は近づき、更衣室のドアを開けた。窓のない空間で、暗闇にぼんやりと見えるのは並んでいるロッカーだけ。
音の主が見当たらない。
「ちょっと、何をしているの?」
電気をつけようとしたその瞬間、壁に伸ばした手を掴まれた。
「きゃっ」
悲鳴をあげる前に引っ張られ、床に倒される。
「あっ」
痛くはなかった柔らかい素材の敷物が敷いてあるためだ。
「うう、何……」
見上げると、入り口の前に髪の長い女子生徒が立っていた。顔は非常によく整ってて、かなりの美人だった。冷たい瞳がこちらを見下ろしている。
「え、誰」
彼女は制服姿だが、ブラウスの前がはだけ、ボタンが取れかかり、つけている薄水色の下着が見えてしまっている。
「……! やっ!?」
彼女が土岐に何やら布を投げつけてきたのだ。
それから、薄闇に浮かぶ彼女がにやりと笑った。
カチッという音がした瞬間、
『きゃああああぁっ』
ノイズ混じりの悲鳴が辺りに響き渡った。
「え、え……!?」
少なくとも目の前の彼女の悲鳴ではないだろう。
「なんなの、あなた」
女子生徒はくるりと向きを変えると、更衣室の電気をつけ、ドアを開け放った。
廊下にはすでに授業終わりの生徒や教師達が行き交っている。
飛び出して行った女子生徒はそばにいた教員の元に駆け寄って、土岐を指で指す。
前を隠しながら、怯えた表情で。
ざわざわし始める生徒達。
そしてようやく気づいた。更衣室内には女子の下着が散らかっており、土岐は黒のパンツを頭に乗せていたのだ。
翌日の、桃華学園での会話。
「え!? 演劇部のせんせーが!?」
「そうそう、女子更衣室荒らして女の子襲ったんだってっ」
「うわぁ……どういう趣味よ」
「やってないとか言ってるけど、見た人たくさんいるんだから。その女の子もブラウスとか破られてたらしいよ。可哀想だったって。でもすぐ逃げちゃって名乗り出てきてないみたい」
「うちの高校生徒多いから……でもさぁ、私ですなんて言えないよね。怖すぎるし恥ずかしいし……」




