発表会へ乗り込んできた騒音苦情男に反抗してみた1
昼休み。
奏介は水を買いに行った自販機コーナーでヒナとわかばに遭遇した。
何故かモモの姿がない。
「演劇部?」
「そうそう。もうすぐ三年生が引退でしょ? 一、二年で長編の劇をするんだって」
「三年は三年で劇をやって……まぁ、演劇合戦みたいのをやるのが恒例らしいのよ。でも今年は二年の部員が少ない上に裏方希望の人が多いから大変なんだって水果達が」
「ああ、須貝も入部したんだったな」
ミネラルウォーターを買って、三人で廊下を歩く。
「なんかさぁ、エキストラで出てくれない? って頼まれたんだけど、ボクもわかばも断っちゃったんだよね。菅谷くんはどう? 水果ちゃん喜ぶと思うけど」
「俺は演劇とか無理だよ」
ヒナとわかばが真顔になる。
「無理……?」
「無理って……」
何故かドン引きだった。
と、話に夢中になっていたら、誰かとすれ違った。
「あれ、しおちゃん?」
ヒナが声をかける。
すると、その背中は立ち止まって、こちらを振り返った。
「しお?」
ヒナが呼んだ通り、詩音だった。一人である。
どきりとするくらい無に近い表情で、感情が読み取れない。詩音にしては珍しい。
「あーえっと」
ヒナが困ったように首を傾げる。
本当に呼ばれたから振り返ったという様子で、こちらに興味を示していないのは明らかだ。
「どこ行くのかなーって」
「体育館に用事があって」
詩音はそれだけ言うと、体の向きを直し、体育館に続く連絡通路の方へと歩いていってしまった。
ヒナとわかばが顔を見合わせた。
「しおちゃん、テンション低くない? 具合悪いのかな?」
「熱でもあるんじゃない……?」
「ああ、珍しいな」
奏介でさえ、あまり見たことがない様子だった。
「まぁ、詩音もずっとあのテンションでいるわけじゃないだろうし、そういう日もあるわよ」
「それにしても低すぎだったと思うけどなぁ」
奏介は少し考えて、
「俺が後で聞いてみるよ」
と、スマホにメッセージが届いた。
放課後。
教室から真崎と一緒だった。
「へぇ、発表会。ちらっと見たけど車に乗ってたあの女の子の?」
「うん。劇をやるらしい」
いつみからメッセージが届いていたのだ。あいみの晴れ舞台を見に来てほしいとのことだ。
「日曜日かー」
「壱時さんのところへは来週で良いんだよね?」
「ああ、急ぎではないからな。むしろ様子を見た方が」
どういう相談内容なのだろうか。
「じゃあ、またな」
真崎と分かれて、自宅マンションへ。
と、スマホが鳴った。
「……ん?」
奏介はメッセージの内容を見て眉を寄せる。
詩音は行けないらしい。
日曜日、発表会当日。
奏介はいつみの迎えであいみの通う保育園に来ていた。
広めのホールに舞台が用意され、それを囲むように保護者が席に座っている。少し狭めだが、すべての窓に黒いカーテンがかかっているし、防音の壁になっている。
「そうですか、詩音さんは来られないのですか」
「用事があるらしいです」
そんな話をしていたところで、放送が入る。
『まもなく、ウサギ組による10人のお姫様です』
奏介は思わず、舞台のカーテンを見つめる。
「十人ですか」
「……今時は保護者がうるさいですからね……。うちのあいみはメイドの役なんです。服が可愛いので、そちらをやりたいというお子さんも多くて、お姫様役は十人で済んだそうですよ」
「なるほど」
幼稚園先生の苦労がうかがえる。
あいみのセリフはわりと長めらしい。
ストーリーとしては十人のお姫様と十人の王子様のラブコメディらしい。
劇が開始して数分。メイドその一のあいみが登場した。いつみが何枚か写真をとる。
黒いワンピースにエプロンドレス姿だった。
「お姫様役と変わらないくらい可愛い衣装なんですね」
「どの役も先生が頑張って衣装を作ったそうです」
あいみはセリフを噛むことなく、お姫様達とのやり取りをし、他のメイド役と共に舞台袖へと入って行った。
劇の終わりに皆出てきた時はこちらに気づいたらしく、手を振っていた。
ウサギ組の劇は無事終了し、次はリス組のダンスだそう。
奏介といつみは一度会場を出た。リス組は人数が多く、保護者に席を譲ってほしいとのことだ。
気づけば会場はぎゅうぎゅうになっている。
「次、あいみちゃんは合唱でしたっけ?」
「ええ、何を歌うのか聞いていないのですよ。お楽しみだそうです」
園舎の玄関口の近くに来たところで、この場に似合わない黒いスウェットの男がずかずかと入り込んできた。他の保護者も怪訝そうに見ている。すると、
「うるせぇんだよぉっ、寝れねぇじゃねえかっ!!」
そう叫んだ。
いつみが驚いたように目を瞬かせている。と、男性の先生が駆けつけて来た。
「も、申し訳ありません。もう少し、静かにするように言いますから」
男性の先生は顔見知りなのだろうか。なだめようと必死だ。
「何度も何度も言わせんじゃねぇよっ、ガキの声が耳に響いて寝れねぇんだよっ」
「で、でも最近はお外で遊ぶのも静かにしてますし、ホールも防音に」
「うるせえものはうるせえんだっ」
と、女性の先生も駆けつけてきた。
「あ、先生、お世話になってます」
いつみが頭を下げる。
「ああ、あいみちゃんのおばさま。すみません、危ないので下がっていて下さい。今、警察呼んだので」
「あの方は?」
「この辺りに住んでいらっしゃる方で子供の声がうるさいと何度も苦情を言ってこられて」
外で遊ばせていないと言うことと、ホールの防音設備のこともある。そこまでうるさくはなさそうだが。
「私達も声が響いていないか、確認したり他の住民の方に聞いたのですが、そこまでうるさくはないとのことです。つまり、あの方が過剰なのだと」
そんな話をしていると、
「うあっ」
男性の先生が殴り倒されていた。
「井上先生っ」
保護者の間でも悲鳴が上がる。
「ガキども締めてやるっ、どこにいやがるっ!?」
その時。
「せんせーい、おばさーん、そうすけくーん」
あいみが駆けてきた。休憩時間なのだろうか。
「! あいみ、こっちに来ちゃいけません」
先生も慌てる。
「あいみちゃん、会場に戻っててね」
しかし、遅かった。男があいみに気づいたのだ。
「このガキがぁあっ」
奏介はあいみに向かって行こうとした男の前に立った。
「なんだ、てめぇっ、殺すぞっ」
「うるさい」
奏介はそう静かに言って睨みつけた。
「あぁ? んだと?」
「てめぇが一番うるせぇんだよっ、静かにしてろっ」




