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イチ兄には聞きたい事が沢山ある。何から聞こう。

勿論、この戦いは何だったのか・・・得られた勝利の意味も聞きたい。

それにオレが一体、何人兄弟なのかも気になる所だ。

逸る気持ちをそのままに、イチ兄の所まで急ぐ。


イチ兄の居る場所には人だかりができており、傍まで行くのは困難そうだった。

何とか人波を掻き分けながら、ある事に気がついた。

戦いは終わったはずなのに、まだ周囲の者達は殺気立っており、空気が張りつめている。やっとことで人だかりの中心部に辿り着くと、そこには横たわったイチ兄の姿が有った。赤髪の美しい天使に介抱されている。


「イチ兄!」と声を掛けると「少し無理をしてしまったよ」といって少し笑った。

どうやら能力の使い過ぎで倒れてしまっただけらしい。

傍に寄ろうとしたところ、別の誰かに遮られてしまった。


「どうなってるんだ?なぜ道が開かない?立花とは連絡が取れないのか?」


そう言いながらイチ兄に詰め寄る男。

頭には金色の輪っかを付けており、西遊記の孫悟空そのものだ。

その猿人の問いに、イチ兄に代わって赤髪の天使が答える。


「落ち着いてください。チャール。立花さんとの交信は続けています。門番を倒したからと言ってすぐさま道が開くと言うものではないのでしょう。今は立花さんが手を尽くしてくれているはずです」

「こうしている間に奴らに気付かれるのではないのか?」


チャールと呼ばれた孫悟空風の男は詰問を続け、そのせいでオレはイチ兄に聞きたい事も聞けない。そんな苛立ちを募らせているのはオレだけではないらしく、周りの者達からもそれが感じられた。

しかし、解を持っていそうなのは恐らくイチ兄ただ一人なのだろう。

イチ兄を囲む輪が徐々に狭まっていく。天使たちがイチ兄を守るように立っているが、抑えが利かなくなってきているような状況だ。


「何を喚いている」


その時、人波が割れて道が出来た。

そこをやってきたのは親父だった。

沢山の女たちを引き連れての登場だ。

女たちは皆、親父を見惚れているかのようだが、親父の方は逆に女たちに興味が無いと言ったような様子で、むしろ勝手についてきた女たちを鬱陶しそうに手で押し退けている。チャールとかいう猿男は今度は親父に詰め寄った。


「父上・・・!皆、不安がっている。立花の言う通りならば箱庭システムへの道が開くはずなのに・・・いつまで待っても、その兆候すらない。それに立花との連絡も取れないそうだ」

「ハジメ・・・そうなのか?」

「はい・・・先ほどから応答がありません。戦っている最中までは確かに交信できていたのですが・・・」


話している内容が全く理解できない。

立花さんと連絡が取れない?そういえば、立花さんの姿が見えない。

ここではない他の所に居るような口ぶりだ。

じゃあ、一体どこに居るって言うんだ?


そもそも、親父を取り巻いている女たちは何なんだろうか?

母さんが親父は異様に女にもてたなんて言っていたが・・・オレに兄弟が多いのはそのせいなんだろうか。そして、何故にオレには、その才能の片鱗も見えないのだろう。

モテ度は遺伝しないのだろうか・・・。


遺伝の事は諦めるとして、今の状況が掴めないのは困りものだ。

困りながらも辺りを見渡すと六花姉さんを見つけた。

六花姉さんなら事情を知っているはずだ。

離れた所から親父に熱い視線を送っている六花姉さんに声を掛ける。


「六花姉さん、今なにがどうなってるの?イチ兄に聞きに行こうとしたけど何か聞ける雰囲気じゃなくって。 ・・・六花姉さん?」

「・・・はっ!?じゅ、ジューゴ?何よ!?」

「いや、今の状況を聞きたくて・・・」

「あっ、そう・・・アナタ何も聞かされずにココに来たんだったわね。まぁ、急だったから仕方ないわね」

「六花姉さんは知ってるんだろう?」

「知っているわ。ワタクシは何年も前から、この機会を待ちわびていたのだもの」


遂に訳の分からないままに巻き込まれた作戦とやらの全貌が明かされるようだ。


「・・・何も考えていないアナタの事だから、誰が箱庭なんてものを創り出したかなんて考えた事もないでしょうね」

「ん・・・まぁ、確かに深く考えたことは無いけど、宇宙人とか?」

「まぁ、そんなようなものよ。異世界人だなんて言ってたけど、私たちにとっては同じようなものね」

「え。それ本当!?」

「バカバカしい話よね。でも、本当よ。彼らはせっかく作りだした箱庭を上手く育てる事が出来なかったらしいのよ。そこで、私たちにそれを任せた・・・」

「育てる・・・?」

「そうよ、アンタの箱庭だって目覚ましい速度で発展していったでしょう?考えたことは無いかしら?私たち人類ほど進化に貪欲な種は居ないって」


確かに地球上において、人類は比類なき速度で進化していると言える。

ネズミやトカゲなんかと比べるまでも無い事だが、六花姉さんは他の知的生命体、つまり異世界人と比べても、オレ達人類の進化のスピードは異常に早いそうだ。


「とにかく、そんなワタクシたちが目を付けられたってわけ。箱庭を育てるのにうってつけだって」


新たに浮かんだ疑問を口にしようとすると、それが分かっているかのように六花姉さんが遮った。


「なんで箱庭を育てさせるのか?って思ってるわね?」

「あ・・・!もしかして・・・」

「分かってきたみたいね。箱庭は異世界人にとっては植民地のようなものなのよ。資源であり、労働力であり・・・なにより、兵力として・・・だから、ある程度、育てられたら搾取するのよ・・・」


この辺りから六花姉さんの言葉に怒りが込められる。


「つまり、箱庭ランキング1位に挑んで認められた管理者は箱庭ごと、奴らに奪われてしまうのよ・・・四郎兄さんの様に・・・!」


オレは六花姉さんの事を「いつも何かに怒っている余裕のない人」という風に考えていた。それは彼女の人格から来るものではなく、大切に思っている兄を奪われ、その相手が分かっていながらも手が出せずにいる歯痒さから来ていたのだと、今になって分かった。


そして、その歯痒さは今も続いているのだろう。

四郎兄さんを取り戻し、逆襲するために敵の居城に辿り着いたのに、その門が開かない。恐らく、そのカギを握っているのが立花さんなのだろう。


「ねえ、六花姉さん・・・立花さんって・・・」

「あぁ、彼は・・・」


そこまで言いかけた時、背後でざわめきが起こった。

背後というのはイチ兄や親父、そしてそれらを取り巻いている人々からだ。


「あいつに俺達は騙されたんだ!ここに居たら、みんなやられるぞ!」


そんなセリフが聞こえてきた。

六花姉さんもただ事ではなさそうだと耳を傾けている。


「これは罠なんじゃないのか?箱庭のシステムに疑問を持った輩を一網打尽にする罠だ!立花の奴はハーメルンの笛吹なんだ。考えてもみろ!こんな訳の分からない箱庭なんてものに疑問を持つ奴はいくらでも出てくる。そんな懐疑的な考えが全体に蔓延しないように、こうやって定期的に排除しているに違いない!」

「立花君はそんなんじゃない!」


イチ兄が大声でチャールの疑惑を否定した。

イチ兄が大声を出すなんて滅多に無い事だ。


「そんなんじゃなければどんなんだ?アイツだって異世界人の1人なんだろう?それが心変わりして人類に味方したくなったなんて信じたオレ達が馬鹿だったんだ」

「違う!彼は本当に苦悩していたんだ・・・だから私は彼を」

「ハジメ・・・俺は元から貴様の言う事なんか信じられなかったんだ。父上がどうしてもと言うから・・・」


立花さんが異世界人の1人だって?

オレが驚いている間もチャールとイチ兄は言い合いを続けている。

言い争いの末、激高するイチ兄が剣を鞘から抜き、周りの者が羽交い絞めにして止めるまでに至った。


そんな2人の争いに皆の注目が集まっている中、誰かが声を上げた。


「・・・おい・・・おい!皆!」


その者に皆の注目が注がれた後、その者が指差す方向に移る。

そこには空間に亀裂が入ったような”入り口”らしきものがあった。


「ほら、見ろ!彼は・・・彼は私を騙すようなことはしない!さぁ、行こうみんな!」


イチ兄はそう言って、チャールをやや乱暴に押し退けて入口に向かって歩き出した。

しかし、程なくして歩みが止まる。

イチ兄の顔には驚愕の表情を浮かんでいる。オレは、その視線の先を辿った。


”入り口”に人影が見える・・・一つじゃない。

人影は次第に輪郭を顕わにする。

その姿には見覚えがあった。

つい先ほど苦労の末倒したランキング1位エドワード・レオンの姿だ。

いや、元からそんな人物は実在しない・・・それは箱庭システムのガーディアンか何かなのだろう。


そいつが一体、また一体と入口の向こう側から現れ、10体目が姿を現すと同時に”入り口”は閉じられてしまった


「応戦しろ!」

檄を飛ばしたのは親父だった。その声に応じるように誰かがガーディアンたちの中心に雷を放つ。ガーディアンたちは雷を避けるように翼を広げて空に飛び散った。


それからは混戦・・・乱戦だった。

イチ兄の意識共有能力は本調子ではない上、状況が混乱しすぎていて送られてくる情報も断片的なものだ。

何とかその情報を頼りに仲間たちと合流を果たす。


「どうなってるんだ!ジューゴ!」


ザーバンスが声を上ずらせながらオレに詰め寄る。

オレは六花姉さんに事情を聞いているからまだしも、仲間たちは大混乱だ。

イチ兄に問い合わせたって、そんな問いに答えられる余裕は勿論ない。


「何か。騙されたっぽい・・・何とかして脱出できないかな」

「無理だ。アレを見ろジューゴ」


レヴェインが指さす方には無残に破壊された石碑群があった。


「どうするジューゴ」

「どうするたって・・・逃げられないんだったらやるしかない」


とは言ったものの、目の前では泥沼の混戦が繰り広げられている。

少しでも動こうものなら敵か味方の流れ弾に当たって死んでしまいそうだ。

いや、動かなくても結果は同じか。

二の足を踏んでいるオレ達の前に誰かが降り立った。


「ジューゴ!何ボサッとしてるの!」


それは六花姉さんだった。

仲間を引き連れてやってきた六花姉さんは何かの粉をオレたちに振りかける。

粉を不意に吸い込んだオレは咳き込んでしまう。


「アナタも戦いなさい!マグレとはいえワタクシに勝ったのでしょう!?その時の気概を見せなさい!」


咳が止まる頃には六花姉さんの姿は無かった。

結局、六花姉さんはオレに一言も言わせずに立ち去ってしまったわけだ。


「ゲホ・・・な、何だったんだ?」

「彼女なりの激励だろう。この粉・・・花粉か何かだろうけど、身体能力を向上させる効果があるようだ」


レヴェインがオレの背中を叩きながら言う。鎧越しなので殆ど意味は無いが。


「ジューゴ!早く戦いに参加せねば!」

「そうだ!お前らには悪いが先に行かせてもらうぞ?」


シルキスとザーバンスが何やら興奮した様子で捲し立てる。

先ほどの粉には気分をハイにする作用でもあるのか。特にドラゴンには効果テキメンなようで、言うだけ言って3匹のドラゴンは飛んで行ってしまった。

・・・この粉、中毒性とか無いといいけど。


それをただ見送る空を飛ぶすべのない者達。

戦いの主戦場は空の上だ。

リーディアやゴーレム達のような遠くの敵を攻撃するような方法が無ければ見ていることしか出来ない。

そのうちに粉の効果が現れてきたのか、妙な高揚感と焦燥感が湧きあがってきた。


「困っているようね!ジューゴ」


空から飛来したのはジューシ姉ちゃんたちだった。

多くの翼を持つモンスターを引き連れている。


「ジューゴ!一緒に来なさい!イチ兄を守るのよ」

「イチ兄!?イチ兄に何かあったのか?」

「今は大丈夫だけど、何でか敵の攻撃が集中しているのよ。このままじゃ・・・」


イチ兄は作戦の要だ。味方達はイチ兄の意識共有能力が無いせいでうまく連携が取れないでいる。一刻も早く助けに行きたい。

チラとリーディアの方を見る。


「この木偶の坊たちは我が率いてやる。お前はさっさとハジメ殿の所に行けい!」

「わ、分かった」


リーディアの勢いに押されるように翼獣の背に乗る。

レヴェインやディーバス、それに狂戦士たちも、それぞれ翼獣に乗ると「それじゃあ行くよっ」というジューシ姉ちゃんの号令と共に飛び上がった。


徐々に小さくなるリーディアたち。

オレ達が飛び去ってすぐに敵に向かって砲撃を開始したのが見える。

そのリーディアたちの直ぐ近くに敵の光弾が着弾し、爆炎が上がる。


「リーディア!」


立ち上る土煙の中から反撃の砲撃が飛ぶ。

それを見て胸を撫で下ろす。それはリーディアたちが無事な証拠・・・いや、あれだけの攻撃を受けたのだ。無事というわけはない。だが、まだ生存しているという証拠。

そんな心配をすること自体が魔王を名乗る彼女に対する侮辱なのだろうが、それでも心配せずには居られない。


リーディアたちの事を振り切って前を向くが、次に頭に浮かんだのはシルキス達の事だった。この戦場のどこかで力を振るっているであろうドラゴン達の安否が気になる。

雑念を消すように頭を振る。戦いの最中、そんな事ばかり考えるオレは戦いには向いていないのかもしれない。

雑念は完全に消したつもりだったが、いつのまにか今度は立花さんの事を考えていた。

こんな状況にもかかわらず、心のどこかで立花さんがオレ達を騙したとは思えない。なんて事を考えている。


「・・・から・・・に・・・入り口を・・・」


突然、頭の中に誰かの声が響いた。

イチ兄の意識共有能力によるものだろうが、イチ兄の声ではない。

・・・混線しているのか?

だとしたら誰の声だろうか。何やら聞き覚えがある様な・・・。


「・・・む・・・これが・・・の・・・」


再び途切れ途切れに声が聞こえる。


「ジューシ姉ちゃん!何か聞こえなかった?」

「何がよ!もうっ!全然イチ兄の所に近づけそうもないわ!味方も構わず撃ち過ぎなのよ!私たちに流れ弾が当たったらどうするのよっ」


どうやらジューシ姉ちゃんには聞こえていない様子だ。

ジューシ姉ちゃんはイチ兄の傍に寄る事も出来ない状況に苛立っていて、それどころではないのだろう。やはり、イチ兄の指揮がないと上手く連携が取れない。


その時、下の方から声がした。


「困ってるようね」


六花姉さんだ。足元には凄い速度で成長するイグドラシルの枝。

イグドラシルは縦横無尽に枝葉を張り巡らせて、瞬く間に地上から離れた天空を樹海のような景色に変える。

イグドラシルの枝葉は敵から身を隠し、巨躯は敵に近づくための足場として打ってつけだった。これなら敵に近づき、イチ兄の援護が出来そうだ。


「・・・は・・・頼むよ・・・」


再び声が聞こえた。

仲間たちは皆、敵に向かって進撃を開始していて、オレだけが声に引き留められて出遅れている。誰だか分からない声に気を取られている場合じゃないと思い直そうとした瞬間、声の主に心当たりが脳裏に浮かぶ。


これは立花さんの声だ。


反射的に声の主を探すように辺りを見回す。

此処には居ないはずの人物だ。いくら探してもしょうがないと気がついた時、目的のモノとは別のモノが目に付いた。

それは敵が現れた時と同じように口を開いている”入り口”だった。


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