立花
目の前には鎧武者の軍団。
全員がガトリングガンを構えている。
時代錯誤な光景だが気を取られている場合ではない。今は箱庭対戦中だ。
ガトリングガンから一斉に吐き出された無数の弾丸がアイアンゴーレムの体を削り、赤い火花が飛び散る。有無を言わさぬ弾丸の嵐に手も足も出ない状態だ。
壁役のアイアンゴーレムが一体、また一体と倒されてゆく。
その後ろに隠れて、魔弾による反撃を試みていたリーディアが被弾する。
シルキスも口から熱線を吐く瞬間を狙われて、集中砲火を浴びて倒れてしまった。
明らかな火力不足。
倒れたシルキスから悲痛な叫びが発せられる。
「すまん・・・ジューゴ・・・頼む・・・っ!」
「頼まれたっ!」
それをきっかけに戦いが始まる前に皆で取り決めた作戦を実行する。
藤井武人を倒した時に手に入れた能力を使って、影を渡り敵の背後に回り、錯乱させる作戦だ。
最初からそうすれば皆が要らぬ傷を負わなくていいと主張したが、管理者が特攻する作戦が有るものか!と反対したのはシルキスだ。
そのシルキスがオレに助けを求めた。それほどに戦況は不利だったのだ。
突然、背後を取られた鎧武者は完全に浮き足立っていた。
手持ちのガトリングガンを、こちらに向けようとする者も居たが密集隊形が災いして上手くいかないようだ。
数人を切り倒して再び影に潜む。
今度はシルキスの影を通って味方の陣地に戻った時には勝敗は決していた。
陣形を崩された敵に対して徹底的な砲撃を加え、ザーバンスをはじめとした斬り込み隊が止めを刺したとの事だった。
「いやー!拙者のガトリング愛によって生み出されたガトリング侍の軍団が負けるとは!」
立花さんに紹介してもらった箱庭の管理者は少しネジの外れた人物だった。
彼の箱庭世界には火縄銃さえなかったが、ガトリングガンに憧れるあまり、熱意だけで、その製造に成功したそうだ。
「それじゃあ、約束通り拙者のガトリングガンを進呈しましょう。本当に一丁だけでよいのですか?」
「はい。ウチにも腕のいい技術者が居ますから、きっと複製できると思います」
「ふむ。それは羨ましい限りですなあ。それにしても、やはり箱庭ランカーは強い!これは、かねてより進めていたガトリング鷹匠プロジェクトを加速するほかありませんな」
ガトリングガンを装備するのが鷹匠なのか鷹の方なのかは気になるが、この相手との再戦は遠慮しておきたい所だ。
「また勝ったねぇ、ジューゴ君。やっぱりハジメ君の心配は杞憂だったわけだ」
立花さんの元で箱庭対戦をするのは、何度目だっただろうか。
最初の方こそ、オレを心配したイチ兄が立ち会うと言って聞かなかったが、何度か勝利を重ねるとイチ兄も安心したようで最近は事後報告だけで済んでいる。
「でも苦戦しました。危なかったです」
「うん。岸川君はまだ箱庭ランカーじゃないけど、200位台の実力はあるだろうからね」
「うーん。そうなると困ったな。ジューゴ君よりもランキングが下で強い管理者は心当たりが無いからなぁ・・・ジューゴ君、上のランカーに挑んでみる気はないかい?」
「えっ!?でも、負けたら仲間を取られるかもしれないのは嫌です・・・」
「そっか、じゃあ、それ以外の条件で戦ってくれる人を探してみるよ。例えばお金とかだね。いくら用意できる・・・?」
「お金は・・・あまりないです。オレの箱庭で作った武器とか鎧じゃ駄目ですか?」
「うーん・・・それじゃ、ちょっと難しいねえ・・・。とにかく探してみるよ。まぁ、一番現実的なのはお金だね。少し貯めといてみてよ、箱庭ランカーの報酬貰ってるでしょ?」
「うー・・・でも、どれくらい必要なんですか?貰ってるの月7万円なんですけど・・・」
「あぁ・・・それじゃ、貯まるまで時間が掛かるねぇ・・・。それじゃ、もう少し下位ランカーを相手にして稼いでみるかい?ジューゴ君のランキングなら・・・一回戦うごとに相手から15万円くらいは稼げると思うよ」
「うーん・・・。でも、お金を巻き上げるみたいで嫌だなぁ・・・」
「そっかぁ・・・。ジューゴ君ならそう言うと思ってたよ。それに・・・きっとハジメ君も怒るだろうしね」
「・・・怒るかな?やっぱり」
「うん。怒るね。特に唆したボクの事を烈火のごとく怒るだろうねぇ」
「立花さん・・・怒られると分かってて・・・」
「ボク、ハジメ君に怒られるの嫌いじゃないんだよねぇ。ま、そういう訳だからボクからの連絡を待っててくれたまえ。岸川君のように強い管理者が現れるかもしれないし」
立花さんは捉えどころのない人だ。
フードに隠れて表情が見えないせいか独特の胡散臭さを醸し出しているし、話す事もいい加減だ。だが、箱庭に関しては信用できる。
管理者には色んな人が居るが、頼んだとおり害のない人ばかりを紹介してくれているし、的確なアドバイスもくれる。
「では、またいつか!ジューゴ殿!」
箱庭の外に出れば、どこにでもいる大学生と言った感じの岸川さんがヨタヨタと駅に向かって帰ってゆく。
変な人だったが、最後まで気持ちの良い人だった。
どうせ勝負するなら禍根を残さない人がいい。
しかし、皆、箱庭には強い思い入れがあるようで岸川さんのような人は稀だ。
「それじゃボクは次の約束があるから、ここで失礼するよ」
「はい、今日はありがとうございました。」
そう言ってオレも駅に向おうとした時だった。
「あら?」
どうやら立花さんが言っていた約束の相手が到着したようだった。
約束の時間より早く現れた相手はオレを知っているかのような口ぶりで話しかけてきた。
「どこかで見た顔・・・かと思ったらジューゴじゃない?」
「あぁ、そうですけど・・・」
「なによ、その顔・・・まさか姉の顔を忘れたんじゃないでしょうね?」
目の前に立っているのはゴテゴテとした飾りがついたゴスロリファッションに身を包んだ巻き髪の女性だ。
一生懸命、頭の中の姉たちの肖像と照合するが一致する者が居ない。
答えに詰まっていると明らかにイライラが募ったのか「六花よ!六花!」と自己申告した。
「・・・六花・・・さん?」
「そうよ!アナタは相変わらず愚鈍ね」
記憶との一致性は、言われてみればという程度だった。
ジューシ姉ちゃんといい、ウチの姉たちはイメチェンが過ぎる。
「六花ちゃん・・・杉崎ファミリーの一員だったの?」
「あら、立会人さん。ごきげんよう。言わなかったかしら」
「言ったかなぁ?言わなかったような・・・」
「とにかく!ジューゴがここに居るって事はアナタも箱庭の管理人だったって事ね?」
「ま、まぁ、一応・・・」
久しぶりに会った実の姉だが少しも嬉しくない。
イチ兄やジューシ姉ちゃん以外の兄や姉は、はっきり言ってオレになど何の興味も無いと言った感じだった。特に六花姉さんとは険悪と言ってもいい。
オレの何が気に入らないかは聞いた事もないから分からないが、面倒を見てくれる姉は既にいるのでオレの方も興味は無いと言うのが本当のところだ。
「ふーん、アナタが管理人ねぇ・・・」
値踏みするような目を向けられて、居心地が悪い事この上ない。
何とか立ち去るための言い訳をグルグル考える。
「なんと、ジューゴ君は箱庭ランカーなんだよ?管理者になって一年足らずでランカーになるなんて血筋かねぇー」
立花さんが呑気な声を上げる。
それは明らかに今言ってはいけない事だった。
凍ったかのような空気に帰りたさが加速する。
「ふーん・・・一年で箱庭ランカーねぇ。ホントかしら?」
「ホントだよ?現在286位だね」
立花さん、黙っててくれないかな?
いや、そのまま喋っててもらって、六花さんの気を逸らしているうちに帰れないかな?
「ジューゴ!」
後退りしていたオレの足がビクッと止まる。
「喜びなさい?ワタクシがアナタの実力を量ってあげるわ。箱庭ランキング151位のワタクシがね!感謝なさい」
「おー!良かったねジューゴ君!願ったり叶ったりだね!」
願ってないし!叶ってない!
それに六花さんが小声で呟いた声が聞こえてしまった。
「こんな奴が四郎兄様と同じであるはずがない」そう聞こえた。
その恨みがましい呟きは立花さんにも聞こえていたはずなのに立花さんはニコニコとしている。そうだ、この人はそういう人だ。きっと面白がっているに違いない。
「今日は、ちょっと用事が・・・っ」
そう言って駅に向かって駆けだそうとするオレだったが、立花さんに捕まり「まぁまぁ、こういうチャンスは、そうそうないんだから」と強引に箱庭の中に引きずりこまれてしまった。
「こういうチャンス」というのはきっと立花さんにとっての「こんな面白そうなこと」なのだろう。くそう。後でイチ兄に言い付けてやる。
箱庭の中に移った後も六花姉さんは、まだブツブツと何やら呟いていた。
「・・・あのジューゴが四郎兄様と肩を並べるなんて・・・どうせ、まぐれに違いないわ・・・ワタクシが化けの皮を剥いでやるから!」
元から呟きというには音量の大きいものだったが、最後は呟きですらなくオレを睨みながらの宣戦布告となった。
一度だけ大きく溜息をつくとオレは腹をくくった。
確かにチャンスではある・・・オレが勝てばランキングが151位に跳ね上がるのだ。
改めて六花姉さんの姿を見る。
現実世界でも派手なゴスロリファッションだったが、箱庭の中では更にゴテゴテとした飾りがついたドレスを着ている。
その恰好は動きにくそうで、とても戦いに向いている格好とは言えない。
しかし、それが逆に不気味だった。151位というランキング保持者が只者であるはずがない。
オレは考えるのを止め、交渉に入った。
下手に出ながらも挑発を織り交ぜる事でオレの方は負けても何も差し出す必要は無くなった。だが、オレが勝てば・・・オレのランキングは151位となる。
こんなに美味い話は無い。
「アナタが勝つ可能性は万が1つにも無いけどね」
嘲笑を含んだ言葉を吐き捨てて、六花姉さんは石碑の方に歩いてゆく。
オレも予定外の連戦について仲間に説明するために自分の石碑に向かう。
説明を終えて仲間たちの召喚が済むと、同じく召喚を済ませた六花姉さんがやってきた。
「ドラゴンに人間・・・それにゴーレム?寄せ集めって感じねぇ。ポリシーは無いのかしら?」
そういう六花姉さんのポリシーとやらは周りを固める仲間たちを見れば直ぐに分かった。樹木の様な肌、茨の生えた頭髪、体と一体化したバラの花・・・。
彼女たちは皆、植物系のモンスターだった。
「このお方が六花様の弟君ですか?似てませんのね?」
「同じなのは父親だけよ」
「あらあ、それでは六花様の素晴らしい母君の血は受け継いでおられないのね。それでは救いようが・・・あらいやだ、ごめんなさい六花様、お父様の事を悪く言うつもりは・・・」
「いいのよ、アルラウネ。私の父親・・・とは認めていないけど・・・アレが真正の屑だという事は紛れもない事実だから」
「こやつ・・・本当にジューゴの姉上か?好き勝手いいおって・・・」
シルキスがオレの為に憤ってくれるが、オレは何とも思っていなかった。
全て事実だ。オレの親父は屑だし、六花姉さんとは母親が違う。
六花姉さんの母親がどういう人なのかは知らない。オレが生まれる前に病気で亡くなっているからだ。
気には障らないが、終わりの見えないガールズトークは止めないと、いつまでも続きそうだ。
「それじゃあ、始めましょうか。本当は分不相応なアナタのランキングを剥奪してあげたいけど、こればかりは上位ランカーには出来ないから、格の差を思い知らせるだけにしてあげるわ」
定位置について箱庭の対戦を宣言する。
改めて六花姉さんの陣営を見ると、一本だけ普通の樹木が混じっている。どう見ても普通の樹木が自分で歩く様は少し不気味だったが、今は大人しく地面に根を下ろしている。
他の女型の植物モンスターたちは皆、美しく着飾っており、それもポリシーの一つなのかと思っていたが、違うのだろうか?それとも例外を許すほどの戦力なのか・・・何にしても不気味な存在感が、その樹木から漂っていた。
「とりあえず、様子を見よう。ゴーレム達は砲撃を開始・・・シルキスも準備しておいて」
「任せろ。ワシの砲火で、あの草花どもを焼き尽くしてくれるわ」
戦いが始まった。
先手は、狂戦士たちだ。
恐れを知らない頼もしい戦士たちが敵の集団に斬り込んでゆく。
敵の1人が魔剣によって倒れる。
成果に喜んだ束の間、今度は味方が茨の鞭に囚われ、花粉によって昏倒した。
混戦の中、美しい花園を突破した狂戦士の一団が六花姉さんに斬りかかった。
元より標的は敵の管理者だったようだ。
そこには戦いとは無縁そうな六花姉さんの容姿に対する油断もあったのだろう。
六花姉さんは難なく魔剣の一撃を片手で受け止め、もう一方の手で魔剣の持ち主の襟首を掴んで引き寄せたかと思うと、その相手に躊躇いなく口づけをした。
驚きながら見ていると、ジタバタと抵抗していた狂戦士の体が急速に萎んでゆく。
動かなくなった狂戦士の体を投げ捨てると、口元を拭いながら不敵な笑みをオレに向ける。恐怖とよく分からない何かでゾクリと背筋が凍る。
だが、全体を見れば攻勢と言えた。
厄介なのは体の自由を奪う毒や、嗅ぐと昏倒してしまう花粉などだったが、どちらもアイアンゴーレムには効果が無い。
花園を蹂躙する鉄の巨人たちによって、敵の勢力は段々と数を減らしていった。
そこにチャージを終えたシルキスの熱線が走る。
シルキスの熱線は数体の敵を蒸発させ、更に、その背後に立っていた例の樹木を貫いた。メキメキと音を立てて倒れる謎の樹木。
結局、あれが何なのかは分からずじまいだった。だが、敵の脅威など分からないままの方が良い。
「ちっ!ジューゴのくせにっ!ナマイキ、ナマイキ、ナマイキ、ナマイキィィィィ!」
悔しそうに地団太を踏む六花姉さんの姿に勝利を確信する。
六花姉さんは暫く憤りを発散していたが、急に脱力した様子で俯きながらブツブツと何事か呟き始めた。少し距離があるので何を呟いているのかは知る由も無い。
負け惜しみならば望むところだ。
だが、六花姉さんの顔には依然として余裕と、格下の相手を見下すような笑みが張り付いていた。そして、はっきりした口調で「いつまで寝てるのイグドラシル。さっさと起きて、この連中を八つ裂きにしてしまいなさい」と言い放った。
距離の離れたここまで届いた六花姉さんの言葉に反応したのは、さきほどシルキスの熱線でなぎ倒された樹木だった。
メキメキと音をたて始めるイグドラシルと呼ばれた樹木は、溢れるような勢いで、その大きさを増していき、瞬く間に見上げる程の巨木と成った。
その姿に呆気に取られていると、素早く伸びたイグドラシルの枝がアイアンゴーレムを掴み、引き裂いた。
枝は一本だけではない、無数の枝が上方から伸びてきて仲間たちを上空に連れ去ってゆく。そして、連れ去れた仲間たちが戻ってこない事を示すように、装備していた鎧や体の一部が降ってくる・・・。
成す術が無かった。
巧みにイグドラシルの攻撃を躱していたレヴェインでさえ、地中から伸びた根に足を取られ、最後には他の仲間と同じように枝に囚われてしまった。
迫りくる枝を次々と切り裂いていたザーバンスも周囲を埋め尽くすほどの樹木の檻に囚われ姿を消す。
「逃げて下さい!」
敵に囚われつつあるイリアの悲痛な声が響く。
敵の魔の手はオレの目の前にも迫っていた。
管理者であるオレが負ければ勝敗は決する。
だが敵も同じだ。どうしようもなさそうな樹木の奔流を何とか躱しながら六花姉さんの元に走る。手にした魔剣を突き立てる為に。
そんなオレの視界が枝葉で遮られる。
オレを無造作に掴みとろうと迫るイグドラシルの魔手をかわし、切り開く。
だが、次第に追い詰められてゆく。
オレは四方を囲まれ、突破口が無くなった時だけ”加速能力”を使って危機を切り抜けた。
・・・まるで、迷路の中に居るようだ。
何とか六花姉さんの元に辿り着こうと、右往左往するが、いつの間にか袋小路に追いやられてしまう。そして、6度目の”加速能力”を発動した時、遂に限界が訪れた。
加速中に体を動かすには相当に負荷が掛かるらしく、その後には苦痛という代償を払わなくてはならない。今回は突破口を切り開くために加速したまま魔剣を振るったのだ。
そんな初めての大盤振る舞いに、体が流石に限界を訴えていた。
全身を引き裂かれるような痛みに耐えているオレに容赦なくイグドラシルの枝が伸びる。オレは全てを諦めて自分の影に逃れた。
影の中。思わぬ場所で得る事になった平穏。
影の中からは外の様子が薄ぼんやりとだが分かる。
六花姉さんの影の位置もだ。
仲間たちは・・・きっと全滅しただろう。
オレが影に潜んだ事で、オレに向いていた敵の攻撃は仲間たちに向いただろうから。
影に潜む行為は将棋でいう”詰み”につながる行為だと分かっていた。
だが、逃げ込んでしまった。苦痛から逃げ、僅かな延命を望んでしまった。
自分の無力さを悔やんでいると、不意に息苦しさが襲ってきた。
・・・いつまでも、ここに潜んでいる訳にもいかないという訳だ。
「負け・・・か・・・」
オレは意を決して六花姉さんの影から飛び出し、魔剣を振るった。
一瞬、怯んだような表情を浮かべた六花姉さんだったが、直ぐにイグドラシルに指示を出す。結局、オレは一太刀も浴びせることが出来ずにイグドラシルに囚われてしまった。
身動きの取れないオレに向かって六花姉さんは「やっぱり、この程度ね」と嘲笑を浴びせ、オレに白旗を上げるように命じたが、オレはそれを拒否した。
せめて痛みくらいは仲間と共に有りたい。
オレが、そう言うと六花姉さんはイグドラシルに無言で合図をした。
今まで体験した事の無い絶望と苦痛がオレの頭の中で暴れ回ったが、暫くすると何もかも感じなくなった。




