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枠とランキング

「箱庭ランカーになったんだね」


オレが肯定すると、ジュンコさんは何も言わずに食器を片づけ始めた。


静寂の中、水の流れる音と食器の音だけが響く。沈黙が重い。

最後の食器を干し終えると、ジュンコさんは振り返って笑顔を見せた。


「まずは、おめでとうだね。箱庭の管理者を始めて1年足らずで箱庭ランカーになる人なんて滅多にいないよ?」

「あ、ありがとうございます。たまたまというか、運が良かったというか」

「運だけじゃ、箱庭ランカーにはなれないよ。アタシも、ずっと前に報酬目当てで挑戦した事があったけど、その時は惨敗だったもん。やっぱりランキングをキープしている人は他の管理者とは一味違うね」

「え?ジュンコさんは箱庭ランカーじゃないんですか?」

「まぁ、ね」


オレがジュンコさんのカップが空になっている事に気付いて、お代わりを勧めると、ジュンコさんは「ありがと」とカップを差し出す。


「・・・ハジメさんもジューゴ君は凄い早さで成長してるって褒めてたよ」

「え?ホントですか?」


イチ兄には会う度、己の未熟を思い知らされる。

そのイチ兄の口から小言や説教以外の言葉を聞いたことが無いオレにとっては、にわかに信じられない事だった。


「ホントだよ。一年足らずで箱庭ランカーになったのなんて、私が知る限りは・・・たった一人だけ」


テーブルの対面に座ったジュンコさんの視線がオレの後ろに向けられる。

その視線を追ってゆくと、そこには写真立てがあった。

杉崎家唯一の家族勢揃いの写真だ。


「ジューゴ君、やっぱりキミは何処か似ているよ。シローに」


ジュンコさんがオレに似ていると挙げた人物は、とても意外な人物だった。

杉崎家の神童。杉崎四郎。


「まさか。シロー・・・兄さんにオレが似てるって?真逆じゃない?」

「んーん。似てるよ。考え無しに突っ走る所とか・・・それに、管理者になって一年足らずで箱庭ランカーになったのは、私が知る限りは、ジューゴ君とシローだけだし」


オレは振り返って写真立てを見る。

そこには杉崎家の面々が一堂に会している。

まだ幼く、無邪気に笑っているオレに対して、シロー兄さんは不機嫌そうにカメラから視線を外していた。

対称的とも言える2人だ。やっぱりオレは納得が出来なかった。


「シローとは幼馴染でね。だからというわけじゃないけど、シローの事は良く知ってるんだ。やっぱりキミに似てるよ。直情的で考え無しに突っ込んじゃう所とか」

「そう・・・ですか」


杉崎の兄弟の中で最も優秀な者を挙げるとしたら、やっぱりイチ兄だろう。

それは人格を含めた総合的な評価の結果であって、身体能力に限定したとしたら別の者の名が挙げられる。それが杉崎四郎だった。


彼はあらゆるスポーツで非凡な才能を発揮したが、好んだのは対人格闘技だった。

特にボクシングでは異常とも言える結果を残した。

18歳で東洋太平洋チャンピオンとなった彼だったが、その日を境にボクシング界から姿を消す。


彼がボクシングを捨てて何を求めたか、それは一般には知られていない。

オレも、その時は知る由も無かった。

だが、今ならわかる。杉崎四郎はボクシングを捨てて箱庭にのめり込んだのだ。


「同じ高校だったアイツとアタシと、あと田崎で、よく3人で箱庭に潜ってたっけ。ジューゴ君なら分かると思うけど、箱庭は他の管理者と交流があった方が発展するからね」


懐かしそうに昔を語るジュンコさん。

ジュンコさんの体験には共感するところが多くあった。

それは、さながらオレと白石さんのようだった。誰かと一緒に自分を高めたり、箱庭を探求するのは楽しい・・・。


「でも、箱庭ランカーになってから人が変わったみたいになっちゃってさ」


ジュンコさんの思い出話に影が差す。

会う機会が減っていき、会えば「箱庭をやめろ」と言う。

そして、その理由を聞いても答えは返ってこなかったそうだ。


そして、彼の消息は途絶えた。

ランキング49位にまで登り詰めたはずの彼の名前は気付けばどこにも無くなっていたという。


ハッキリ言ってシロー兄さんとは普段から連絡を取り合うような仲ではない。

というよりも、兄や姉のうち、オレを気に掛けて連絡をくれるのは長兄のイチ兄と、直ぐ上の姉のジューシ姉ちゃん位なものだ。

だとしても、まさか兄の1人が消息不明になってるとは思っていなかった。


「ハジメさんもアタシもシローの事、探したんだけどねー・・・」


彼氏が行方不明だというジュンコさんに掛ける言葉が見つからない。

だが、彼女はあっけらかんとしていた。


「ま、きっと、どこかで元気にしてるでしょ」

「・・・そ、そうかな?」

「そうよ。ジューゴ君は知らないかもしれないけど、シローは本当に強かったんだから」


そう言ってシロー兄さんが映っている家族写真に目を向けるジュンコさん。

だが、その表情は、言葉通り何も心配していないというわけではなさそうだった。


「・・・オレ、話を聞いてて、てっきりジュンコさんがオレに箱庭をやめるように説得しに来たんだと思った」

「・・・勿論、箱庭ランカーになったジューゴ君に注意を促すつもりで今日は来たのよ。でも、流石に箱庭をやめろなんて言えないわ。大体、止めろって言ったって聞かないでしょ?アタシだって、やめろって言われてもやめられないもの・・・それよりも、強くなっておきなよ?何があっても大丈夫なようにね」


「それじゃ・・・そろそろ」帰るのかと思って席を立つとジュンコさんは続けてこう言った


「やる事、やっちゃいましょうか!」

「うぇっ!?やるって何を?」

「決まってるじゃない!箱庭対戦よ」


ジュンコさんと2人で箱庭の中にやってきた。


「ギムギムが作った武具が欲しいって前から言ってたでしょう?アタシとしても箱庭ランカーになった餞別にあげたかったんだけど、ギムギムが頑固でね。やっぱり、ちゃんとした装備は対戦して実力を確かめてからじゃないと渡せないって言うのよ」

「ギムギムらしいですね・・・望むところです」


ギムギムから貰った空を飛べる盾・・・あれは、ギムギム曰く失敗作だった。

それでさえ、あれだけ便利なのだから「ちゃんとした装備」には期待が高まる。


「それに対戦はオレからもお願いしようと思ってたんです。その、位置情報が公開したままになっちゃって」

「そうよ!いつまで経っても公開したままだから心配したのよ?」


どうやら、位置情報が公開されたままなのも、わざわざ家に出向いてくれた理由の一つらしかった。イチ兄といい、ジュンコさんといい、オレは良い箱庭の先輩に恵まれたと本当に思う。


「じゃあ、総力戦といきましょうか。これもギムギムからの要望なのよ。だから、アタシが勝ったらランキング・・・貰っちゃうわよ?」

「う・・・それも、望むところです!」

「ジューゴ君・・・やっぱりシローに似てるなぁ」

「・・・え?」

「なんでもない!それじゃ、始めよっか!」


対戦の前に石碑を使って箱庭の皆に事情を説明する。

突然の対戦にも関わらず、ギムギムの装備が懸かっていると分かると皆乗り気だった。


ジュンコさんは既に準備を終えている。

ジュンコさんを含め、全てのメンバーが騎士風の出で立ちだ。

だが、身を包んでいる鎧は大きさもデザインも様々だった。


一際大きい騎士が近くまでやってきて、オレの前に跪いた。

身の丈5メートルは有りそうな巨大な騎士は見上げていると、胸部がガバッと開いて、中から一回り小さい騎士が降りてきた。

なんだか、マトリューシュカのようだと思いながら見ていると、その姿に見覚えがある事に気付く。

それがジュンコさんだった。


「準備できた?」

「できました・・・凄いですね。それ・・・」

「そうでしょ?これもギムギムが作ってくれたのよ。機動外甲って言うのよ。結構、操縦が難しいけど、強力だから、楽しみにしててね」


戦いが始まった。

真っ先に動いたのはレヴェインだった。

敵の中で一際目立つジュンコさんに特攻するが、当然、周りの騎士に阻まれる。


戻ってきたレヴェインが言う。

「もう夜も遅いから早い所、決着を付けようと思ったんだけど・・・ムシが良すぎたよ」


それからは乱戦だった。

乱戦に巻き込まれて、いつの間にか管理者のオレがやられていたというのも間抜けな話なので、少し引いた所にイリアと2人で退避する。

後ろから見ているだけと言うのも、歯痒い・・・などと思っていると、足元が揺れた。


地面の下から現れたのは両手にドリルを装備した騎士だった。

地面から飛び出した敵は中々すばしっこく、イリアが翻弄されている。

イリアを振り切った敵は、そのままドリルでオレを突き刺そうと襲い掛かってきた。


そのドリルを魔剣で受けると激しい火花がまき散らされた。


「いつまでも、そんな剣でアッタシのドリルを受けてられると思ったら大間違いよっ!」

鎧の中から聞こえてきたのは意外にも女の子の声だった。若い・・・というか、子供の様な声だ。

だが、その声の言う通り、魔剣へのダメージは決して無視できない。


オレは早々に”加速能力”を使って、自慢のドリルを斬り落とした。

両腕を失った敵は戦闘不能かと思いきや、素早く地面の下に逃れた。

両足もドリルだったのだ。


いつ地面の下から敵が現れるかと身構えるが、いつまで待っても現れない


「・・・逃げたか?」


だが、その敵1人に関わっている暇もなさそうだ。そうこうしている内に別の敵がやってきた。イリアも別の敵と交戦していて助けは期待できなそうだ。


「リムリムだよー」


間の抜けた声と共に襲い掛かってきたのはバネ足の騎士。


「リグリグだっ!」


もう一人、勢いよく斬り込んできたのは足に車輪がついている騎士。


バネ足の攻撃をかわしつつ、車輪の騎士の攻撃を盾で受け流す。

バネ足の縦の動きと車輪の騎士の横の動きに翻弄されながらも何とか応戦する。


他の仲間たちもトリッキーな敵の動きに苦労しているようで援軍は期待できそうもない。しかも、畳み掛けるような2人の敵の攻撃を受け、膝をついてしまう。


オレが体勢を崩したのを、どうやって知ったのか分からないが、狙ったように地面の下からドリルが現れた。

ドリルはオレの体を突き破らんと甲高い駆動音を発している。

その音は”加速能力”を持つ者の不意を突くには大きすぎる。


加速した世界の中でドリルをかわす。

ドリルは騎士の足の爪先に当たる部位なので、標的を外すと、丁度逆立ちしたような形となる。

その無防備な胴を両断した。


安心したのも束の間、バネ足と車輪の騎士も迫ってきていた。

再び加速し、バネ足を盾ではね飛ばし、車輪の足を魔剣で切り裂く。


「また外したっ!リムリム!タイミングが遅い!」

「えー!そんな事ないよー。あーあ、リドリドもやられちゃったねー・・・」


イマイチ緊張感に欠ける敵の会話を聞きながら、次の攻撃に備える。

車輪の方には手傷を与えたが、その機動力は衰えている様子が無かった。

加速能力は何度も使うと、体への負担がきつい・・・が、次も使わない訳にはいかないだろう。


バネ足の騎士が跳ねながら、こちらに向かってくる。

車輪の騎士は、今度は様子見のようだ。


ビョンと跳ねるバネ足を目で追っていると、不意にゾクリとしたものを感じる。

まだバネ足との距離は間合いの外だが、その直感を信じて加速能力を発動した。


・・・直感を信じて良かった。

目の前に矢が迫っていた。矢を放ったのは車輪の騎士ではなく、バネ足の騎士だった。

バネ足の騎士の下半身だけが地面に食いついて残っていたのだ。

跳ね上がっているのは上半身だけだった。

残った下半身を見ると、女の子の小人が身を乗り出してボウガンをオレに向けていた。


なるほど、上に跳ねた上半身に気を取られている間に下から矢を放つ・・・。

それに気付かず上を見上げている獲物の喉笛に矢が刺さるというわけだ。


だが、ネタが分かっていれば避けるのはわけない。

矢をスルリとかわすと、上空に跳ねていた上半身はガシャンと地面に叩きつけられた。

どうやら、一度きりの奇策だったらしい。


矢の一撃に乗じて攻撃を加えようと走り出していた車輪の騎士は「あっ!」と驚いた声を上げ、急転回して逃れようとするが、それは叶わなかった。

足を両断され、今度こそ行動不能となる。

バネ足とドリルの方を見ると、鎧の中の小人が小さい白旗を上げていた。


一息ついて周りを見渡すと、他の仲間たちも、それぞれの勝利を収めていた。

ジュンコさんの相手はザーバンスだった。

鉄の駆動巨人とドラゴンの一騎打ちは見ものだっただろうな。





「負けたわ。やっぱり強いね、ジューゴ君」

「いや、ジュンコさんの箱庭もやっぱり流石です。でも、小さい女の子ばかりだったような・・・」

「そうなの。男手は皆、戦争に取られちゃってね・・・」


ジュンコさんの箱庭にも色々と事情があるようだ。

ギムギムが社長を務めている、武器工房ギムギム社も度重なる戦争で男手を失い、家族経営のギムギム社に残ったのは娘や孫娘なんだそうだ。

オレと戦ったリムリムやリグリグもギムギムの姪っ子さんで、まだ幼いながらも腕の良い職人なのだとジュンコさんは言っていた。


ジュンコさんがギムギム達を再召喚する。

オレが戦いに勝ったら、ギムギムに装備を作ってもらうという約束だからだ。

今度は鎧に身を包んだ姿ではなく、みんな小人のままだった。


「ジューゴ殿!此度は見事な戦いだった。それにしても良い仲間に恵まれておるな」


ギムギム社の事情を聞いた後では少し気兼ねしていたが、ギムギム達はテキパキと仲間たち一人一人に話を聞いたり、採寸を取ったりしている。

負けたから仕方ないという様子の者は1人もおらず、それどころか熱意にあふれた職人たちの追及にウチの箱庭の者達の方が物怖じするくらいだった。


その中でも目を引いたのが2人の小人だった。

興奮した様子で、あちこちチョロチョロと動き回っている。


「色んな人が居て楽しいね!ドラゴンなんて初めて見た!ドラゴンって飛ぶよね!じゃあ、鎧は出来るだけ軽くしなきゃね!」

「リムリムっ!あっち!あっちには大きいスライムも居たよっ」


その2人の小人の片方には見覚えがあった。

バネ足の騎士の中から出てきて白旗を上げていた小人だ。

話を聞いている限りでは、もう1人の方は車輪の騎士だろう。


ドタバタとやってきた小人たちは用事を済ませると、来た時と同じようにドタバタと帰って行った。

「それじゃ、アタシも帰ろうかね」

そう言うジュンコさんを玄関先まで送ってゆく。

深夜と言っても良い程の時間になっている事に気付いたオレは帰ろうと歩き出すジュンコさんに声を掛けた。


「あ、家まで送りますよ。もう、遅いから・・・」

「いいよ。アタシ、ジューゴ君に心配してもらう程、か弱くないんだよ?」

「へ?」

「空手、黒帯よアタシ」


次の瞬間、ジュンコさんの上段回し蹴りによってオレの前髪が揺れた。


「箱庭の中じゃ、アタシ小人だから意味ないんだけどね・・・」


とため息交じりに笑う。


「でも、箱庭の管理者は色々とあるから現実世界でも自衛の手段は持っておいた方が良いわよ?」


その意見はもっともだ。

金髪やら茶髪やらが、いつかまた逆恨みをして襲い掛かってくるかもしれない。

だが、自衛の手段には当てがあった。

先ほど出会った奇妙な老人だ。

・・・そうだ、白石さんにも教えて貰おう。

自衛の手段が必要な箱庭の管理者はオレだけじゃないからね。


例の老人の話をすると、ジュンコさんは安心した様子で帰って行った。

最初は胡散臭そうに聞いていたが、老人の名前・・・向坂健一郎という名を出すと目を丸くして驚いていた。どうやら老人は有名人だったらしい。


ジュンコさんが帰った後、善は急げと白石さんに例の老人についてメッセージを送っておいた。明日、白石さんの様な美少女と一緒に行ければ、老人は一層、気を良くするだろうから。


メッセージの送信ボタンを押した瞬間、玄関が空く音がした。

母親が帰って来たらしい。

酔いつぶれて玄関に倒れこんでしまっている母親をリビングまで運んで、水を飲ませる。慣れたものだ。


母親は呂律の回らない口で何やら愚痴っており、大体は何を言っているのかは分からない。


「いい!?ジューゴ!自分の枠に囚われたら駄目よぉ!」

「わかった、わかった・・・」


それは、母親が酔うと必ず口にする言葉だった。

知ってるよ母さん。母さんが酒を飲んで帰ってくるのも仕事の為だもんね。

枠を壊すために足掻いているんだもんね。

何度も聞いているから知ってるよ。


昔は仕事人間で、毎日足掻いている母親を見るのは少し苦痛だったけど、最近は共感できるようになってきた。

箱庭のせいだ。

箱庭ランカーになってから、それは尚更だった。

自分の枠・・・限界・・・ランキング。


今のオレのランキングは286位。それが今の枠。

これを突破した先に有るのは・・・213位、ジューシ姉ちゃん。

そして、68位のイチ兄。

絶対に敵わないと思っていた、兄や姉が数字の上では手の届きそうな位置に居る気がする。


強くなりたいなぁ。


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