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救い主と来訪者

オレが箱庭ランカーになってから数か月が経った。

オレのランキングを狙った知らない奴に追いかけられる。


それも位置情報が公開されているためだ。

この位置情報は非公開にする事も出来る。誰かと対戦すれば良いのだ。

しかし、その効果は以降一ヶ月までなのだが、うっかり一か月を経過してしまったのが、今の状態だ。

普段は、負けたとしてもランキングを失う心配のないランキング上位者であるジューシ姉ちゃん(ランキング213位)かイチ兄に相手をしてもらっている。

だが、2人とも都合が付くのが3日ほど先なのだ。


オレを狙う輩はオレの位置情報を見て追いかけてくる。

こんな迷惑なランキングは手放してしまおうとも思ったが、何故だか躊躇われたのは、月額7万円と言う高校生にとっては有り難い報酬だけではないだろう。


「杉崎ジューゴ!オレと勝負だ!」

「ごめんなさい。間に合ってます」


「ねぇ、お姉さんと対戦しない?対戦してくれたら付き合ってあげてもいいわよ?」

「ごめんなさい。ボク、ロリコンなんで」


「・・・杉崎ジューゴ」

「あ、白石さんのお兄さん。こんにちわ。さようなら」


位置情報を公開したまま街に出ると、この有様だ。

甘く見ていた。少し後悔する。

オレでさえこうなのに、ランキング上位者は相当に忙しいに違いない。

・・・いや、逆かな?もし仮にオレのランキングがもっと上だったら、みんな恐れて手を出さないとか・・・そう考えると、286位というオレの現在のランキングは丁度頃合いのランキングなのかも知れない。


そんな事を考えながら歩いていると、待ち合わせの場所に着いた。

約束の時間まではまだ時間があるので、余った時間を潰そうと、スマートフォンに手を伸ばす。

ズボンのポケットに手を突っ込むと、目当ての品とは別のモノが手に触れた。

箱庭のピンだ。


暇つぶしをスマートフォンに任せることをやめ、オレは箱庭のピンを取り出して、ランキングを表示させた。

1位から300位までの者の名前が、目の前の何もない空間に映し出される。

オレの知る限り、こんな技術は他に見た事が無い。

こんなものを誰が作ったのだろう・・・という疑問が湧きおこるが、直ぐに霧散した。

考えても分からない事だ。きっと作ったのは、宇宙人か神様だろう。


指を下から上にスライドさせると、滑るようにランキングの表示が下位に移り変わる。

暫くすると286位にあるオレの名前が表示され、それを見つけるとオレは少しニンマリとした。ランキングに名前が載るというのは、何であれ嬉しいものだ。

今度は上から下にスライドさせる。68位にイチ兄の名前を見つけた。


286位から68位まで表示を移動させるには、結構な時間が掛かった。

これが、成績優秀で品行方正な杉崎家の長男と、特に長所も無い末弟との差だ。

少し落ち込みつつも、手の届かない所に居るとばかり思われたイチ兄と同じランキングに名を連ねるというのは、少し誇らしい気持ちもする。


「さて、今日の1位の人はと・・・」

一番上になると、これ以上は上は無いと言わんばかりに表示がストップし、目の前に1位から10位までのランカーの名前が表示される。

1位の人の名前はカタカナだった。エドワード・レオン?

ふーん・・・。外人さんか。

「ラインキング1位になると何でも願いが叶う」という立花さんから聞いた噂話を思い出す。それが本当だとすると、このエドワード・レオンと言う人は願いを叶えたのだろうか。もし、この人が「誰にも負けない力」とかを願ったのだとしたら、この人が1位から退くことは無いのではないだろうか?

それを確かめる術はないが、少なくともランキングを見る事を始めてから数か月の間、1位の名前が入れ替わることは無かった。


視線を下に移してゆくと、2位から5位まではカタカナだった。日本人にも、もっと頑張ってほしいものだ・・・などと考えながらも視線を下げてゆく。

6位まで来て、そこに見慣れた名前を見つけた。

そこには「杉崎大吾」という名前が表示されていた。

行方の知れなかった父親の名前を初めて見つけた時は複雑な気分にもなったが、見慣れた今では「あぁ、今日もご健勝で何より」と思うだけとなった。


溜息をつきながら顔を上げると、目の前には待ち人が立っていた。

オレの事をじぃっと興味深そうに見つめている。


「わ!来てたんなら声を掛けてよ。白石さん」

「だって、ジューゴ君の表情がコロコロ変わるから面白くって・・・」


そういって笑う白石さん。

あの一件以来、白石さんは良く笑うようになった。


「もしかして・・・すごく待った?バイト先の先輩が話し好きで・・・掴まっちゃって」「いや、それほどじゃないよ」

「よかった・・・それじゃ、いこっか」


向かう先はオレの家だ。

白石さんが突然「強くなるためには、どうしたらいいかな?」と言い出したからだ。

残念ながらオレでは答えは出ず、ディーバスに相談する事にした。

ディーバスを召喚して、相談を持ちかけると彼は(表向きは嫌そうに)協力を申し出てくれた。


ディーバスは口は悪いが、人に物を教えるのが上手い。

オレは相変わらずディーバスの不肖の弟子だ。

そんなディーバスの元に新たに白石さんと3匹のハーピー達が加わったわけだ。


強面のスケルトンであるディーバスは少女相手でも容赦が無く、ハーピー達は涙目になりながら気丈に振る舞っていた。

その中でもオレにだけは、いつも以上に厳しかったのは気のせいじゃないはずだ。

ディーバスと2人きりの時よりも張り合いがあったせいなのか、箱庭の中には時計が無いせいか、すっかり遅くなってしまった。




それは、白石さんを家まで送った帰り道だった。

明日も学校なので、急いで帰る為に普段は通らない裏路地を選んだ。

人気が少なく、何だか重苦しい雰囲気がある路地で、子供の頃は苦手だった。

神社前の通りは特に得体の知れない気味悪さがあって、急いで通り抜けたものだ。


神社の前を全力で走り抜ける。

怖いからではない。あくまで急いでいるからだ。

暫く走ってから一息つくと、正面から人の話し声が聞こえてきた。

不意を突かれたせいで心臓が跳ね上がるほどに驚く。


「誰だよ、こんな時間に・・・」

その無遠慮な話声に悪態をつくと、話声の主が曲がり角から現れる。

それは1人や2人ではなかった。続々と現れ、その数は10人ほどになる。

その一団の中に見覚えのある金髪と茶髪の男が一団の中でニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「よお、久しぶりだな。杉崎ジューゴ。まさか、お前が武人さんに勝っちまうとはな」

「・・・言っておくけど、対戦なら受けないよ」

「あ?そんな言い分が通じると思うか?お前、状況分かってんのか?」

「お前の方こそ分かってんのか?箱庭ランカーに対戦を強要することは出来ないんだぜ?」

「へっ!お前を痛めつけるのはオレやアキラじゃねぇ。箱庭とは何の関係も無い、こいつらだ。痛い目に会いたくなきゃ言う事を聞いた方が良いぜ?」


なるほど、何も考えていないかと思ったら、意外にも理にかなった手を考えてきたようだ。

だが、いつの間にか現れたキュレーターが、それを否定した。

「誰が手を下そうと同じ事です。その行為が成された時点で関与した箱庭の管理者にはペナルティが下されます」


そう言ったきり姿を消す。

助けてくれないのかよ。

キュレーターの役目はあくまで説明までのようだ。


キュレーターが、そう言ったものの箱庭ランカーではない金髪と茶髪に彼女の声は届かない。オレが代弁しても言い逃れとしか受け取って貰えないだろう。


オレが思い悩んでいると、1人の男が雄たけびを上げながら殴り掛かってきた。

その拳を躱して、鼻面に肘を埋め込む。

短い悲鳴を上げて倒れる男。

それを皮切りに次々と襲い掛かってくる。


オレは数の暴力に堪らず逃げ出した。

足には自信があるんだ・・・逃げ切ってやる!


背後から罵声や怒号が聞こえるが、次第に遠くなってゆく。

振り切ってやった・・・!と思ったが、振り返ると1人だけ逃げるオレについて来ている男が居た。


このまま巻いてやろう。と、更に加速すると例の神社が見えてきた。

通り過ぎようとした時、入口から出てくる人影が目に入った。

咄嗟に、その人物をかわすと、バランスを崩して倒れてしまった。

その人物は老人だった。こんな夜更けに神社にお参りとは・・・。

だが、何者かは知らないが、ぶつからなくて良かった。

老人の体は細く、ぶつかっていたら取り返しのつかない事になりそうだった。


「おぉ、大丈夫か?少年」


オレを気遣う老人だったが、老人のすぐ後ろには危険が迫っていた。

オレを追ってきた男が、オレと同じように老人にぶつかりそうな勢いで走ってきたのだ。

どうやら、その男はオレの様に老人を避けるつもりは無いらしく「どけっ!ジジイ」と叫びながら勢いを緩めずに突っ込んできた。


オレは目の前で起きるであろう惨劇に目を背けた。

何かが衝突する音のあと、オレは恐る恐る目を開けると、そこには何事も無かったかのように老人が立っていた。突っ込んできた男はと言うと老人の代わりに地面の上に横たわっている。


「危ないのう。運動会の練習は余所でやりなさい」

「いや、あれ?いま・・・」


そうこうしている内に後続が追い付いてきた。


「なんだ?何でコイツのびてんだ?」

「とにかく、その小僧を攫っちまえ」


身構えるオレに老人が「なんじゃ?暴力か?バイオレンスか?最近の若者にしては元気じゃのう」と呑気な様子で聞いてきた。


「おい!爺さん。どっか行きな。オレ達は、その小僧に用があんだよ」

「ふむ。その様子を動画に取って、ネットにうpしては駄目かね?」

「良い訳ねぇだろ!ボケてんのか!?とっとと失せやがれ!」

「そうか。残念じゃのー」


残念そうに携帯をしまう老人。

その動作が非常にゆっくりで痺れを切らした1人が老人に手を伸ばす。


「さっさと退けって言ってん・・・っ!」


そいつは最後まで言葉を続けることが出来なかった。

掴みかかろうとした男を、老人が投げ飛ばしたからだ。


「おぉ、つい手が出てしもうた。悪かったのー」

「このジジイ!」

「おぉ、おぉ、落ち着きなさい。ひっひっふーじゃよ」


連中のターゲットは、すっかり老人に移った。

代わる代わる老人に襲い掛かるが、老人は苦も無く、男たちを投げ飛ばしてゆく。

程なくして、オレと老人の他には立っている者が居なくなってしまった。


「情けない若者達じゃのー。ちゃんとご飯を食べとるか?好き嫌いをしておらんかね?ほら、これをやろう。ビスコじゃ、栄養たっぷりじゃぞ?」


地面に仰向けに倒れたままの金髪に向かって、菓子を出しだす老人。

それを律儀に受け取ったかと思うと、そのまま金髪は気絶してしまった。


「それじゃ、帰るとするかのう」


呆気に取られていたオレが、少し遅れてから老人の後を追う。


「あ、ありがとうございました!」

「ま、お前さんなら何とか切り抜けたじゃろうが、ワシが邪魔してしまったようだからのう」

「あ、いや、危なかったです。助かりました」

「ふふ。とにかく夜の運動会は控えるのが良かろう。危ないからのう」


そう言って立ち去ろうとする老人の背中を見送る。


・・・良く考えたら、また、連中に逆恨みされるかもしれない。

キュレーターは奴らにペナルティを与えると言っていたが、それが現実世界での抑制力になる保証も無い

そう思ったオレは居ても立っても居られず老人の後を追った。


「あっ、あのっ!」

「んん?」

「さっきの技、オレに教えて貰えませんか?」

「んー・・・」

「ほ、ほら、またアイツらに追い回されるかもしれないし・・・」

「ふーむ・・・」

「・・・駄目ですか?」

「・・・まぁ、これも乗りかかった舟かのう・・・明日、同じ時間に、そこの神社に来なさい」

「あっ、ありがとうございます」

「それじゃあの」

「オ、オレ、杉崎ジューゴって言います!」

「杉崎・・・そうか、あの家の子か」


稀代の15人兄弟の噂は、この辺りにも響いていたのか老人が名前に聞き覚えがあるような素振りを見せる。


「ワシは向坂健一郎サキサカケンイチロウという。甘いものが大好きじゃ。駅前の三秀堂のバター入りのどら焼きなんかいいのう」


得体の知れない老人は、その言葉を最後に、今度こそ静かに去って行った。

バター入りのどら焼きか・・・技を教えてやる代わりに買って来いって事だよな。多分。

道端に倒れている金髪たちを跨ぎながら、位置情報を公開していると、こんな危険もあるのかと身震いした。

位置情報を非公開にするために、白石さんに対戦をお願いしとけば良かったと気付くのは帰路について暫く経ってからだった。



家に着くと意外な人物が待ち受けていた。ジュンコさんだ。

家の門の前でヒラヒラと手を振っている。


「あれ?どうしたんですか?」

「ジュンコさんのケータリングサービスはいかが?」


ジュンコさんが持つ両手いっぱいの荷物から良い香りが漂ってくる。

その香りには白石さんの家で既に夕食をご馳走になった事を忘れさせるだけの、十分な効果があった。


「・・・もしかして夕食は済ませちゃった?」

「あ、いや・・・大丈夫です!」

「良かった!もしそうでも、明日の朝に食べれるものを持ってきたけど、やっぱり食べた感想は直接聞きたいしね!配膳するから、お邪魔するわよ」


ジュンコさんを招き入れたあと、客人の為のコーヒーを用意している間にジュンコさんは手際よく配膳を済ませていた。

普段見慣れたダイニングテーブルの上に広げられた料理が豪華すぎて、その光景に違和感すら覚える。


「い、いただきます」


夜食というには豪華すぎる料理を口に運びながら、ジュンコさんの突然の来訪に理由を考えていた。

新メニューの試食なら、わざわざジュンコさんが来なくてもオレが店に行けばいい話だ。だが、煩わしい疑問はトマトとモッツァレラのカプレーゼを口の中に入れた瞬間はじけ飛んだ。それからは一心不乱に料理を楽しみ、ジュンコさんは、オレのその様子を満足そうに眺めていた。


惜しみながら最後の一口を飲み込み、一息つく。


オレが料理の感想を口にしようとするよりも先にジュンコさんが口を開いた。


「ジューゴ君に話しておきたい事があるんだけど・・・」



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