盾とペンダント
ある日、オレはジュンコさんの所のギムギムから約束通り盾を貰った。
貰った盾には大きな翼がついていた。盾の表側に付いた翼は普段はたたまれており、それを使って飛ぶ事が出来るという驚きの物だった。
空も飛べる盾という着想は良かったのだが、ギムギム曰く欠陥品のレッテルが張られた品だという。
盾である以上、攻撃を防ぐのが目的である。
翼の強度は十分ではあるものの、それでも壊れない保証はない。
敵の攻撃を受けて、壊れていると知らずに空を飛んだら墜落するかもしれないという欠陥を抱えた残念な品だったのだ。
ギムギム曰く、これは試供品であり、ちゃんとしたオーダーメイドの武具が欲しければ、ギムギムと戦って勝つ必要があるのだった
だが、試供品とはいえオレからしたら見た事もない魅力的な盾だった。
盾としても優秀で大きさの割に軽く、普通の盾の表面に翼が付いているため、翼の分、厚みもあるので敵の攻撃を防ぐ役目は十分に果たすだろう。
だが、ギムギムは盾として使うなら危ないから空は飛ぶな。と言っていた。
また、逆に翼として使うなら敵の攻撃を防ぐのには使うなとも。
オレは少し考えてから空を飛ぶと言う機能を選ぶことにした。
その帰り道。初めて空を飛んだ高揚感に浮かされながら、夜道を歩いていた。
途中でコンビニが目に入り、少し火照った体を覚ます事にした。
目的の物を購入し、店外に出ると声が聞こえてきた。
女の子の声だ。声の方向を見ると、オレと同じくらいの年の女の子1人と男2人がおり、何か言いあっている。
女の子は困った様子だったので、暫く見ていると、男がオレに気付き「何見てんだ?」と凄んできた。
「いや、何か困ってるみたいだったから」
と、素直に答えると男は問答無用で殴り掛かってきた。
その拳を躱すのは簡単・・・かと思ったが、そうはいかず、殴り飛ばされてしまう。
男は倒れたオレに向かって「向こうに行ってろ、クソガキ」と吐き捨てた。
オレはディーバスの4本の剣撃に比べると何てことないはずの男の拳が躱せなかった事を不思議に思っていたが、答えは直ぐに出た。
箱庭の中では身体能力が向上しているが、ここは箱庭の外だ。
だからと言って引き下がる訳にはいかない。女の子は助けを求める様な視線をオレに向けている・・・気がする。
「おい、やめろって」
オレが再び声を掛けると、今度は男2人が、こちらに向かってきた。
1度目の警告を無視したオレに思い知らせてやろうといった表情だ。
もはや、女の子には興味はなく、興を削いだオレを痛めつける事しか考えていないように見える。
それなら好都合だ。少なくとも女の子は逃げ出せるだろう。
ただ、黙ってやられるつもりもないが。
「ちっ、クソガキが。向こう行けって言ったよな?」
「まぁ、いいじゃん、ちょっと、お小遣い貰っちゃおうゼ?」
2人とはオレよりも少し年上と言った感じだろうか。
オレは最初、成す術も無く2人に殴られ続けた。体が重く感じられ、殴り返そうとするが思うようにならない。思考と体の動きがチグハグなようだった。
だが、耐えられた。痛みは箱庭の中も外も同じだ。恐怖も無い。
2人の拳はディーバスよりも遅く、ベインザクトで味わった痛みには程遠い。
最初からクリーンヒットは貰っていなかったし、大したダメージは無い。
次第に2人の動きに慣れてきたオレは、段々と攻撃を躱せるようになってきた。
息が上がってきた2人を冷静に眺めながら、なるほど、こういう鍛錬方法もあるのかもしれないと考えていた。こっちの世界で鍛錬を積めば、その効力は箱庭の中で活きるに違いない。今まで考えもしなかったが、咄嗟に思い付いた良い考えにオレは満足していた。
「なに、笑って、やがるっ!」
オレはいつの間にか笑みを浮かべていたようだ。
それを挑発だと勘違いした男が怒りを顕わに殴り掛かってくる。
それは単調で、疲れ切っていた。その拳をサラリとかわした後で無防備な男の顔に拳を突き出してみた。
ゴチンという衝撃がオレの拳に響く。人を殴ったのは初めてだ。
殴った男の鼻からポタポタと鼻血が垂れる。
中途半端な反撃は火に油を注いだようで、逆上した男が突進してくる。
オレはそれを躱しきれず、後ろに押し倒されてしまった。
後頭部をしたたかに打ち、悶絶しているオレに馬乗りになった男が何度も拳を振り下してくる。押しのけようとするがビクともしない。それもそのはず、箱庭の中で戦い慣れたオレだったが、筋力は相変わらず並み以下だからだ。
筋トレ・・・しなきゃダメかな・・・などと考えていると、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
恐らく誰かが通報してくれたのだろう。
男2人は何やら捨て台詞を残して去って行った。
「あのっ・・・大丈夫・・・ですか?」
例の女の子が声を掛けてきた。逃げてなかったのか・・・。
「・・・警察呼んでくれたのは君?」
「あっ!いえ・・・、私・・・怖くて動けなくて・・・ゴメンなさい!」
「あー、いや、いいんだよ。じゃあ、コンビニの店員さんかな?」
それなら一言、礼でもと思って立ち上がって店内を見ると、何事も無かったかのように商品の陳列をするコンビニの店員が見えた。たまたま目が有った客は、慌てて目を逸らす。そして、パトカーのサイレンの音も離れてゆく。
コンビニの中には店員と客が数名居たにも関わらず誰も助けを呼んでくれていなかったらしい。パトカーが近くを通ったのも、たまたまのようだ。
うーん。世知辛い。
「とりあえず安全そうな所まで送っていくよ。また、アイツらが来るかもしれないし」
「えっ?そんなっ・・・そこまで迷惑かけるわけには・・・」
「いいから、いいから。あー、アイツらオレのアイス踏んづけて行きやがった」
「あ、私、弁償します」
オレが引き止める前に女の子はコンビニに入り、替えのアイスを買って来てくれた。
別に彼女が弁償する義理は無いように思えたが、せっかくなので、それを頂く事にした。
「痛っ!」
口の中が切れていたようで、冷たいアイスが傷に沁みる。
「スミマセン・・・私のせいで・・・」
「いや、キミのせいじゃないでしょ。この辺は、ああいうの多いから・・・」
「違うんです・・・あの2人・・・兄の友人で・・・」
「え?顔見知りだったの?それは悪いことしちゃったかな?」
「いやっ!その・・・兄の友人ですけど・・・私にとっては嫌な人たちで・・・だから、助かりました」
「そっか、それなら良かったけど・・・」
歩きながら女の子と世間話をしていると、彼女が最近、越してきたばかりだと言うので、この辺りの事を教えてあげた。美味いラーメン屋や量が多くておススメの定食屋・・・特にジュンコさんの働くイタリアンレストランも紹介してあげたのだが、あまり興味はなさそうな様子だった。
そんな事を話しながら暫く歩く。未練がましく口に咥えているアイスの棒からは、もはや木の味しかしない。大きい交差点に差し掛かった辺りで女の子が改めて礼を言ってきた
「あの・・・今日はありがとうございました。家が・・・この辺りなので、もう大丈夫です」
「そっか、この辺りなら交通量も多いから、もう大丈夫だろ。でも、気を付けてね」
そう言って女の子と別れた。
鍛錬がてら家まで走って帰ろうとしたが、背中が痛むのでやめた。
翌日は念のため、一日学校を休んで病院に行ったが、特に異常も無かったので、次の日からは普通に学校に行った。
それなりに刺激のある生活を送っているオレとしては学校では静かに過ごしたい。
特に休み明けの朝ともなれば猶更だ。
しかし、その何物にも代えがたい朝の静寂が突然破られた。
「ジューゴ、今日から転校生が来るらしいぞ!しかも、女の子だってよ!?」
少し鬱陶しく感じながら、突然話しかけてきた級友に視線を向ける。
その視線の先には石崎という同じクラスの男が立っていた。
その目は何かを期待したように輝いている。
「へぇ・・・」
「へぇ・・・って、それだけかよ!?」
「他に何を言えばいいんだよ・・・っていうか、朝から元気だな石崎は」
「テンション上がらない方がおかしいんだって、転校生だぞ?かわいい子かなぁー・・・とか、無いのかよ」
「まぁ、そりゃ、オレだってかわいい子の方が良いけどさ・・・っていうか、石崎、バイト先で彼女が出来たんだろ?他の女の子にうつつを抜かしてると、彼女に怒られるぞ?」
「ジューゴは相変わらず、オッサンくさいなぁ・・・、そんなんじゃ彼女とかできないぞ?」
・・・大きなお世話だ。そんな石崎の言葉を聞き流していると、教室の戸が開き、担任の教師と噂の転校生が教室に入ってきた。
それは一昨日助けた女の子だった。
その転校生の容姿はクラスの皆の期待を裏切ることは無かったようで、クラス内が色めき立つ。石崎などは身を乗り出して転校生に熱い視線を送っている。
そんな彼女に教師が自己紹介をするように促す。
「白石結衣です。宜しく・・・お願いします」
白石さんか・・・。そう言えば、あの時はお互い名前も聞かずに別れちゃったな。
それにしても、助けた女の子が転校生って・・・これは流石のオレでも期待してしまう展開だ・・・いいのかな、こんなベタな展開で。
自己紹介を終えた白石さんが一礼する。その動作と共に揺れた物が目に付いた。
それを見た瞬間、浮ついた考えは一瞬にしてどこかへ吹き飛んでしまった。
白石さんは首からペンダントを下げていた。
ただのペンダントだったら気にもならないが、ペンダントのトップが見覚えのあるモノだったのだ。
・・・それは、箱庭の魔法のピンだった。




