戦いの後
試合が始まった。
両者剣を構えてしばらくけん制し合う様に動かなかったが、先に仕掛けてきたのは相手の騎士だった。
それをダガート様は剣を上段に向けはじいたが、相手は続けざまに剣を返し打ち込み続ける。防御一辺倒のダガート様は明らかに足をあまり動かさないようにしているが、それを崩そうと相手はしつこく攻撃してくる。左に回りこみ逆袈裟を仕掛けられ、ダガート様は向きを変え防いだが続けざまに打ち下ろされた剣を受けたときに体がよろめいた。
会場から悲鳴が上がったがダガート様はすばやく体勢を立て直し剣を構えたので相手も間合いを離して再びにらみ合いになった。
今度はダガート様が剣を振り上げ大きく踏み込んだ。
相手方が防いだが剣をあわせた瞬間ダガート様は剣を滑らせ勢いを逃がすと、くるっと剣を返し相手の胴を払ったが相手の騎士はそれに構わず上段を横なぎした。ダガート様の剣は相手の胴を、相手方の剣はダガート様の首に当たり歓声とも悲鳴ともつかないどよめきと共に試合は終了した。
首に一撃が当たったダガート様はその場で崩れてそれを見て私も思わず悲鳴を上げたが、ダガート様はすぐに立ち上がり審判の指示のもと相手騎士と距離を取り、礼の作法を行い静かに退場した。
試合の時間は恐ろしく長くも一瞬にも感じ、終了と共に私は脱力して席に座り込む。
ダガート様の元に見舞いに行きたいのはやまやまだが関係者以外は面会も無理だろうと、私は会場を出ようと再び席を立つと
「エディーちゃん!いたいた」
「え?」
なぜかイエンさんが人ごみを掻き分けこちらに向かってきた。
「派手な声援よかったぞ」
にやっと笑われてと一気に恥ずかしくなった。
「す、すいませんうるさかったですよね…」
「いやいや、あれぐらいじゃないとダガートも気づかんだろう」
「ダガート様、お怪我は大丈夫ですか?」
「分からん」
群集の声に負けないよう叫びながらイエンさんが答えた。
「これから見舞いに行くからエディーちゃんも一緒に来い!」
「ええ!?」
驚いていたらイエンさんはさっさと先導して観客席を降りていった。仕方なくついていくと会場の裏を通り、関係者以外立ち入り禁止っぽい場所をずんずんと進んでいく。わ、私が一緒についていっていいんだろうか…。
会場の裏手の空き地に大きなテントがいくつか立っており、どうやらそこが控えとなっているようだ。休んでいたり家族らしき人に労われている騎士様が何人もいる。イエンさんはそのうちの一人に近づいて何やら聞いてからこちらを向いて手招きした。
「こっちこっち」
そういってテントのひとつに入って私も後に続く。天幕の中には数人の騎士や侍従、白衣を着た医師らしき人影がいた。
「ようダガート、見舞いに来たぞ」
そうイエンさんが声をかけた先に大きな衣装箱の上にうなだれるように座っているダガート様がいた。兜と胸当ては外しているけどまだ手甲と脚甲をつけたまま、右足は装備を全部外されテーピングみたいなもので足首を固定されている。声をかけられるとダガート様は顔を上げ、こちらを見てはっとしたように背を伸ばす。
「エディー、来てくれたのか」
「なんだよ、第一声がそれかよ、エディーちゃん連れてきたのは俺なのに」
不満そうに言うイエンさんにダガート様が苦笑する。
「悪い、イエン。気を使わせた」
「いや、残念だったな。まあ、初戦で当たった相手が悪かった。たしかビスメルだったか?あれで配分が狂ったろ」
「ビスメルをいなせなかった俺の実力不足だ。言い訳はない」
「その割にはよく粘ったな。やっぱエディーちゃんの愛の声援あってか?」
「なっ…」
声援を思い出し色んな意味で恥ずかしくて赤くなった私を見てダガート様もなぜか頬に少し赤みが差して慌てたように聞いてきた。
「オムレツはうまく焼けたか?」
「あ、はい!無事全部食べつくされました」
そう答えるとなにやら二人とも微妙な顔に。
「残ってないのか」
「え?」
「いや…やっぱ気になるだろ」
「だって冷めたオムレツですよ?」
「あーそりゃうまくはないかもな」
「もし食べたいのでしたら私が作りたてを出しますよ」
そういうと少しテンションが戻ったようでイエンさんはバシっとダガート様の背中を叩いた。
「よし!じゃあ慰労会はエディーちゃんのところに行きますか!」
「っ…手加減しろ」
「お前ら先に会場行ってろ!俺はちょっと大隊長に挨拶してくる」
そういってイエンさんはさっさと天幕をまくって外を出て行き。私はあっけに取られてその背中を見送った。
「エディー?」
「はい?」
「馬を連れてくる。食堂に行こう」
振り返ると立ち上がろうとするダガート様を見て慌てて押しとどめた。
「ダガート様、怪我をしているのでしたら今日はもう休んだほうが…」
「いいや、宿舎に戻っても打ち上げに巻き込まれるのが目に見えている」
そうか騎士の世界は体育会系か…。
「エディーさえよければそちらに避難したいのだが」
「それはもちろん歓迎です!あ、でもウチも今イベントが終わって宴状態ですけど…」
「構わない」
そういってこちらが止めるのにも関わらずおもむろに立ち上がって残りの装備を外し始めた。
「いえだからダガート様、足…」
「大丈夫だ」
「足首ですよね。無理に歩くと悪化すると思いますよ。車椅子を」
「やめろ。ちゃんと固定した」
「だめです。関節の怪我は甘く見てはいけません」
「左足で跳ねていく」
「それでこけたら左足もやられますよ」
「車椅子はいやだ」
何子供みたいなこと言ってるのだこの人は。あきれたように肩をつかんで衣装箱に座りなおさせ次善策を提示した。
「なら松葉杖を使いましょう」
「杖も要らん。普通に歩ける」
「車椅子と杖の二択です」
仁王立ちしてダガート様の前に立ちふさがって迫ると不承不承といった感じでうなずいた。
「…分かった」
まだふてくされているようだがとりあえずこれは了承されたようだ。ほっとして医者らしき人に声をかけ杖を取りに行った。
・・・
日はすでに落ち街は薄暗くなってきたが、まだ祭りは続いている。できるだけ人ごみがある大通りを避け、ダガート様と二人のんびりと下町へ馬に揺られていく。
馬に二ケツ…ここにもフラグがちらりと現れたがなんとか前ではなく後ろに座り、彼の服を掴んでいる。
「エディー、ちゃんと腰に掴まって」
「走らせるんですか?」
「いや…」
少し不服そうに前を向いたダガート様に笑いそうになる。ここ最近、というより彼に再会?してから気づいたのだが、ダガート様はエディエンヌと級友だからおそらく同じ二十歳そこそこだろう。朴訥とした性格には違いないが、内面はやはり感情豊かで年相応に子供っぽいところもあるのだ。
なんとなく言動に戸惑っていたがアラフォーの三田恵からみたら年下の可愛い男の子の好意と考えればかなり余裕が出た。いやまあ男性経験皆無だけど、それでも多少耳年増だから、ここは大人の余裕を見せてうまくあしらおう。おばちゃんは忙しいからあまりからかうんじゃないんだよ、と
「ふぉおおおお!?」
いきなり掴んでた服が手から離れ、視界がぐるりと回って思わず素っ頓狂な声が出た。
体に腕が回され、一瞬でダガート様の前にワープしたようだが近い距離にダガート様の顔が目に映り固まる。
その顔がいたずらっぽく笑った。
「あんな乗り方だと危ないからな」
「ゆ、ゆっくり歩くんじゃないんですかあ?」
「気が変わった」
くん、と馬の速度が一段階上がり、少し早歩きみたいになる。揺れが大きくなり横座りの体勢になった私はずり落ちそうになった。
「わ、わ、落ちる」
「しっかり掴まって」
私に回された左腕にしがみつくとダガート様は実にうれしそうに力をこめてぎゅっとされた。
セクハラあああああ!!
なに最近の男の子は下心も隠さないの!?おばさんもうついていけないよ!!
オードトワレをつけているのか爽やかな青葉のような香りと共に汗のにおいを吸い込み顔も耳もカッと熱くなった。考えてみたら私もイベントが終わって碌に手入れせず競技場に駆けつけてきたので汗臭い!さりげなく距離を離そうと手をつっぱったら逆に引っ張り寄せられ、ジタバタと抵抗すると「危ない」とたしなめられた。馬上では逃げ出すこともできず諦めて俯いていると、頭の上から掠れたような低音が響いてきた。
「エディー」
「は、はい?」
「今日はありがとう」
思わず顔を上げてダガート様を見た。なんでか少し申し訳ないような表情をして前を見つめている。
「いえ、準決勝進出おめでとうございます。お疲れ様でした」
そういうとなぜかダガート様は呻きながら私の頭の上に顔を落としてしまった。
「だ、ダガート様!?すいませんなにか」
「いや違う、みっともない所を見せてしまったと思って」
むっとなって反論する。
「イエンさんにも聞きましたけどダガート様は善戦したんですよね、みっともないとかとんでもないです」
「エディーは、食堂のイベントの後に来たんだよな。試合はどこから見てた?」
「…準決勝のちょっと前です」
頭上でため息が落とされる。
「なら俺はエディーに負け戦しか見せれてない」
また笑いそうになり、ポンポンとダガート様の腕を叩いてなだめる。
「私が準決勝で見たダガート様は怪我もされているようでしたし、準決勝まで奮戦した姿が容易に想像できました」
「準決勝のその先もエディーに見せたかった」
「また来年がありますよ」
「…来年も応援してくれるか」
「当たり前です」
ふっと頭上の気配が離れ、代わりに何かが髪に触れた。
気づいたら馬はまた元の速度に戻りのんびりと通りを歩いていた。だが体勢は見ての通り私はダガート様の前に横座りし、しっかりと腕で囲まれている。
しかも手綱を握っている右手が私の髪を梳くように撫でているではないか!?
「エディー、俺は」
「あ、あの!!」
思ったより大きな声を出してしまってダガート様がびくっと止まった。
「なんだ?」
「え、ええと、ダガート様食堂についたらお酒はほどほどに!!」
「は?」
「飲酒運転だめ!ぜったい!」
ますます怪訝そうになるダガート様に私の挙動不審はピークに達した。
ふぅとため息をつかれダガート様はそっと私の頭を自分の側へ押しやり、あろうことか顎を乗せてきた。
私ははたから見ると完全にダガート様に抱え込まれている状態で馬に揺られている。
完全に彫像のように固まった私だが馬が会場ではなく屯所に向かっているのがせめてもの幸いだったろう。途中顔見知りのお客さんに冷やかされるという痛恨の一撃を免れなかったが…。




