収穫祭
卵の数は適当な計算です
快晴な青空に昼花火が打ち上げられる。収穫祭の始まりだ。
去年はマイサーさんと交互に屋台の番をしながら町の出し物や他の屋台の冷やかしを見て回ったが今年は朝から準備に忙しくそんな余裕はない。
おおまかな計算で800個卵を用意したものだから割っても割っても終わらず、商店街からの助っ人も加わり卵を割るのはレイラさんたちに任せて、私とマイサーさんは鍋の準備にとりかかる。
専用のコンロに均一に燃料を並べ丁寧に火を起こす。難しい。もしかしたらこの加熱のムラが今回の一番の難関かも知れない。巨大な鍋をセットしてこれまた巨大なへらでバターを滑らせていく。
鍋に火がちゃんと通った時点ですでに日も高くなって、まだ調理を始めれないのに私もマイサーさんも汗だくなっている。
一心にキノコを掬い鍋に投入、マイサーさんも必死でへらを回し炒める。この頃になると見物客も出始め、感嘆の声を背中に浴びるが振り返る余裕もない。卵液を投入する段になりひときわ大きい歓声が起こる。ここまで来るとあとはムラがないように混ぜ続きながら卵を加熱すればいい。
奥に燃料を押し込みながら周りを見ると卵の作業が終わったレイラさんが屋外に並べている机と椅子の配膳の準備に加わっている。みんなここまで休みなしで突っ走っているけどあと少しだ。
「エディーちゃん、大変そうだな」
「隊長さん、お疲れ様です」
中隊長のイエンさんが声をかけてきた。へらを動かす手を休めずに答える。
「トーナメント、始まったぞ」
「ん、え?あ、隊長さんは行かなくていいんですか?」
「俺は今年は冷やかしだ。巡回の当番があるからな。今年は下町の目玉イベントはここのオムレツ作りだから重点的に見て回っているんだ」
「ありがとうございます」
「それよりいいのか?ダガートの試合を見に行かなくて」
「仕事を放り出して見に行ってもダガート様は喜ばないと思います。それに、準決勝まで残るとおっしゃってました」
にやっとイエンさんが歯を見せる。
「大きく出たな」
「ダガート様お強いですから」
「知っているのか?」
学園時代に剣技の授業や試合で素人目にも圧倒的な強さを発揮していたし噂も色々と聞いている。が、それをイエンさんに言うわけにもいかない。
「色々と評判を聞いてます。実際には見たことありませんが…」
「ふーん…、まあ俺も昔何回か手合わせをしたがかなり筋はよかったな。今はもう俺より強くなってるはずだ」
「優勝できそうですか?」
「いやそれは無理だろ」
即座に否定されて思わず首をかしげた。
「第三大隊長ってのが毎年の優勝候補だし他にも何人も手ごわいやつがいる。さすがのダガートも苦戦するだろうさ」
「そうですか…」
「だからできるだけ早く応援に行ってやって欲しいところだが、目下嬢ちゃんも戦いの真っ最中だったな」
思わず手元を見下ろしてからイエンさんに顔を向ける。昨日はフラグらしきものを回避できなかったと悶々としたが、素直に考えてやはりお互い健闘を祈った以上ダガート様の試合を応援するべきだ。
「私もがんばって、できるだけ早く応援に行きたいと思います」
そう言うとイエンさんが表情を柔らかくして肩を叩いた。
「間に合わなくても、ダガートの勝利を祈ってくれてるって分かればあいつもがんばるだろうさ」
そう言ってにこやかに笑いながら巡回に戻って行った。
時刻はそろそろ昼。皆のお腹が空くときに合わせてオムレツが仕上がりそうだ。
商店街組合長が周りと挨拶の打ち合わせを始めるのを横目に見ながらへらをゆったりと動かし続けた。
・・・
「えー本日はお日柄もよく…」
どこの世界でもお偉いさんの挨拶というのは共通しているらしい。背後では自分はじめオムレツを振舞う準備班が今か今かとスタンバイしている。
「このような試みはこの街、いやこの国で初めてなのかも知れません。今日このイベントを主導するレイラの食堂はじめ商店街組合一同へ拍手を!」
わぁっと歓声と拍手が上がり鍋の回りの者たちも手を振って応えるので、私もへらを片手に手を振ってみたが何やらこそばゆい。
ちょうどいい加減のオムレツをレイラさんはじめ配膳する人たちがよそい始めたので、私はオムレツが焦げないよう火加減を調整しつつふとダガート様のことを思い出した。トーナメントが今どのくらい進んでいるのか分からないが、ダガート様が無事勝ち進んでいるといいな。
食堂前の道をまるごと使って開催された試食会は下町の酒屋たちがちゃっかり酒やつまみを歩き売りしてきたのもあいまって宴のようになってきた。机と椅子はたくさん並べたがそれでもあぶれた人もかなりいて自警団が混乱しないよう集まった人たちを誘導している。オムレツは順調に減り、というより予想外の速さで減り、商店街でかき集めた食器では一度に足りず、レイラさんは今必死で食堂の奥で皿を洗っているようだ。参戦したいのは山々だがこちらもオムレツから離れるわけにはいかず、「皿が足りないぞ!」というマイサーさんの声にやきもきしながら配膳を続けた。
日が傾いた頃にオムレツは全て配り終わった。人の集まりに反して時間がかかったのは食器が間に合わず配膳のペースが落ちたためでこれは次回の課題だろう。来年も同じチャレンジをするのであればの話だけど…。
「お疲れ様です」
「エディーちゃんお疲れ!」
鍋からずっと離れられなかったマイサーさんと私でお互い労をねぎらう。近くにいた人たちもお互い健闘をたたえ、売り子を捕まえて酒を買ってオムレツそっちのけで単なる飲み会と化している食堂前の宴に飛び込んでいく。イベント後即座に片付けにかかるのは日本だけの話のようで、マイサーさんもニコニコとへらを放り投げてエール片手に机に向かっていく。苦笑しながらへらを拾い食堂に運ぶとレイラさんが出てきた。
「あ、レイラさんお疲れ様です」
「ちょっと、エディー!何のんびりしているの!?」
「え?」
「ダガートさんの試合、見に行くんでしょう?」
「あ…はい、ちょっとこれを片付けたら」
「そんなのこっちで適当にやっちゃうからあなたは向こうに行きなさい!」
ほらほらと背中を押され道に放り出され。仕方なくレイラさんに会釈して競技場に向かった。
・・・
競技場に着くとそこは下町以上に人が集まっていた。入り口に貼られていたトーナメント表を見ると試合終了後の勝ち抜きを表す赤い線はすでにかなり集束されていて、どうやら準々決勝を数戦残す状態のようだ。そして準決勝確定を示す赤い線はすでに2本伸び、その上に改めて騎士たちの名前を大きく書かれていた。
ダガート・クレメイン
名前を見て思わず小さく拍手する。ダガート様は宣言どおり準決勝まで勝ち抜いたんだ…!私は慌てて競技場内へ駆け込んだ。
競技場は長方形のサッカー競技場みたいな形をしている。会場を一番よく見渡せる席はもちろん王族や貴族たちの席だが、庶民も座ろうと思えば前のほうに座れる。だが前の席は当然熱狂的なファンが早い時間から占拠し、試合の後半だけ見ようとする私みたいな人がつめかけているので席を見つけるのは至難の業だ。かろうじて見つけた後方の席に着いたが視界はかなり悪い。
三田恵の近眼だと試合中の騎士などぼやけた点にしか見えないだろうが、幸か不幸かエディエンヌが勉強嫌いなおかげで視力はそんなに悪くない。とはいえ騎士は甲冑を身に着けているので、現在競技場で戦っている騎士の見分けはつかなかった。ダガート様に甲冑の特徴を聞けばよかった…。準決勝はいつはじまるんだろうかと考えながらぼんやりと眼下の試合を見下ろす。
そうこうしていると試合が終り、派手な色の服をまとった審判が場の中央へ進み出て会場によく響く声で宣言する。
「これにて準々決勝は終了。続いて準決勝を行う!」
歓声とともに観衆は各々のひいきする騎士たちの名前を叫ぶ。耳を澄ますとダガート様を呼ぶ声もそこここから聞こえてくる。
「ダガート様ぁ!がんばって~!」
というような黄色い歓声ももちろんだが、
「ダガート!下克上だ、下克上!!」
などという不穏な声援も聞こえてくる。おそらくイエン隊長の言うとおり大隊長などの上の階級の者も準決勝の面子に入っているのだろう。
なにやら落ち着かない心持ちで会場を見回していると審判は次の試合に参加する両者の名前を仰々しく呼び上げる。
「ジョディウス・ステイレイト、ダガート・クレメイン、両名参られよ」
地に響くような歓声とともに観客は総立ちし、私も立ち上がり目を凝らして会場を見ると二つの影が中央進み出て思わず心臓がぎゅっとなった。どちらがダガート様かすぐに分かったのだ。
腕に白いテーブルナプキンを巻いた騎士、そのテーブルナプキンが所々赤く染まり、しかも足を少し引きずっていた。観衆の中で気づいた人もいたようだ。
「おい、ダガート隊長、足をやられたのか?」
近くで観客のおやじさんがいぶかしげに声を上げる。思わず手を握り締めじっとダガート様の姿を見ると隣の女性もおじさんの言葉が聞こえたようで小さく悲鳴を上げた。
足を怪我してそれでも試合を続けるというのだろうか…思わず口をついてダガート様の名前を呼んだが、その声は観衆の声にあっけなく溶け込み自分ですら聞き取れなかった。
中央に進んで審判による試合前の口上を聞いていたダガート様だが、どこか落ち着きのない様子で周りを見回していた。もしかして自分を探しているんじゃないかとうぬぼれてしまいそうになるが、どちらにしてもこの群衆の数から自分を見つけ出すことは不可能だろう。
何度か声を上げてみたが声が届く様子もなく諦めたら隣にいた女性がこちらをつついてきた。
「ちょっと、あなたも手伝って!」
「え?」
見ると女性の後ろにはこちらを見てうなずく複数の女性たちが…。
「いい?いくわよ、いっせーの」
「「「「ダガートさまあああああ!!!」」」」
「もう一回いくわよ!!」
「「「「「ダガートさまあああああああ!!!!!」」」」」
ひええ、女は強い。とはいえ応援が一回でもいいから届けばいいやと恥をかなぐり捨てて一緒に叫ぶことにした。
すると試合場にいた騎士二人だけでなくほかの観衆までこちらを振り向いて一気に恥ずかしくなった。
しおしおと席に座り込もうとすると隣の女性たちがいっせいに悲鳴を上げた。
「きゃあああああこっち見たわこっち!!」
「手を振ってるわ私たちに手を振っている!!」
見るとダガート様が嬉しそうにこちらに向かって手を振っているではないか!この距離で分かったの!?
どちらとも判別がつかなくてとりあえず手を振ってみると今度ははっきりと手を大きく振ってきた。そして審判の人になにやら窘められたようで思わず笑い出す。
怪我は心配だけど、がんばって、ダガート様!




