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収穫祭前日

天高く馬肥ゆる収穫の秋だ。

かぼちゃ、きのこ、チーズ、ナッツ…まるで冬籠りに備えて蓄えろというかのようにカロリーの高そうな食材が出回る季節である。


王都では実りに感謝をささげる収穫祭をこの時期に行う。祭祀や祈りは教会や王家に任せて、庶民はもっぱら王都のあちこちで開催される見世物や大通りに並ぶ屋台を祭りのメインに据えている。

レイラの食堂も下町の商店組合に所属しているため、例年屋台を店前に出していて今年もがっつり儲からせていただくつもりだった…のだが、マイサーさんが連れていってくれた商店街の会合での私の不用意な発言でとんでもないことになった。



「おーーい、届いたぞ」

「……」

「あらあら、これは大きいね!」


店の前に置かれたのは直径2メートル近い平たい鉄なべ。近所の店の人も集まって鍋を囲みながら感嘆の声を上げる。


「これ何人前だ?卵どれくらい使うんだろうね」

「エディーちゃん、楽しみにしてるよ!」


今年の出し物はどうするかという話し合いで私が三田恵の世界であったギネスに挑戦する巨大料理を思い出してうっかり話してしまったばかりに…!


「…マイサーさん、何か失敗したらすいません…!」


思わず鍋の前でうずくまり顔を両手で覆いマイサーさんに謝る。ぶっつけ本番なのでプレッシャーに負けそうです。


「何言ってるんだエディー、挑戦なんだから失敗があっても当然だろ?」

にやっとマイサーさんが笑う。

「もちろん成功するに越したことないがな。今までこんな出し物聞いたことないし、下手するとウチが最初かもな。うーむ、腕が鳴るぜ!」

袖をまくりあげ今にも挑みかからんとする気勢のマイサーさんに反して、私の胃はさっきからきりきり痛み出した。


「足を引っ張らないよう精一杯がんばります…」


そう伝えるとマイサーさんは他の人たちに向いて声を上げた。


「おう、収穫祭はみんなもよろしくな!」

「ああ、宣伝は任せとけ!王都中の人間を集めるぜ」

「……!」


きりきりきり…。

かくして収穫祭に向けて下町商店街は「みんなで食べよう(たぶん)世界初2メートルの巨大オムレツ」プロジェクトを着々と進めることとなった。



・・・・・・・・・・・・



あっという間の収穫祭前日。今日は食堂は臨時休業しオムレツに入れるキノコの水煮を作る。なにせ2メートルのオムレツだ、卵は当然だが使うキノコの量も半端ない。

キノコは煮汁ごと保存が利くのだが、容器も当然足りなくて近くのお店や家からかき集めて食堂内に広げているのですごいことになっている。

明日使用するバターの確認をしていると勝手口から呼ぶ声が聞こえた。


「エディー」

「?あ、ダガート様!すいません今日は収穫祭の準備で食堂が休みで」


駆け寄るとダガート様が少し焦ったように言う。


「ああ、いや分かっている。ちょっと様子を見に来ただけだ」

「そうなんですか」

「大変そうだな、邪魔して悪かった」

「いえ、一番大変な下ごしらえは終わりましたので大丈夫ですよ」

「そうか…なら少しいいか?」

「はい」


ダガート様は口に手を当てて少し考えながら話してきた。


「…オムレツというのは昼時に振舞うのか?」

「あ、はい、その予定ですね」

「それなら…午後のトーナメントは見れそうか」

「トーナメント?」

「ああ、毎年収穫祭に騎士団で剣の技を競う」

「ああはい、知っています」


下町で働き始めてからは行ってないが、令嬢時代は観に行ったりもした。ちょっとした競技場で王族や貴族どころか、庶民も観戦が許されている収穫祭の目玉イベントのひとつだ。


「その…俺もトーナメントに参加するのだが、エディーにも見に来てほしいと思って」

「あ、えーと…時間的にどうなんでしょう」


作って終わりというわけではない、脳内で時間をシミュレートしているといきなり背後からマイサーさんが声をかけてきた。


「途中で抜けて構わんぞ」

「え!?いえ!そんなまさか、そもそもオムレツの話は私が言いだしっぺなんですから最後まで責任持たないと…」


アワアワしているとダガート様が続けた。


「トーナメントの最初からいる必要はない、夕方ぐらいでも準決勝から見れる」


んん?それって…


「ダガートの旦那。大した自信で」


マイサーさんが私の心の内を代弁してくれるとダガート様はニッと笑う。


「それぐらいの見栄は張らせてくれ」


すごい。見栄とはいうけどこれで準決勝まで行けなかったら私だったら恥ずかしくて表に出れなくなってしまう。オムレツごときで小心になって失敗のことばかり考えている自分にとっては少しでもその自信を見習いたいところだ。


「分かりました。こちらのイベントが終わり次第競技場に行きます」


うなずくとダガート様が嬉しそうに私の腕を引っ張って勝手口の外まで出た。


「?」

「もう少しだけ時間をくれ」


訳が分からなく突っ立っているとおもむろにダガート様は私の左手を取って頭を下げた。


「騎士に祝福を」


……。

あ、これエディエンヌ時代に憧れたやつだ!

騎士は戦いの前に貴婦人に祝福を乞い、勝利を誓う儀式。学園では半ば告白イベントに使われたりもしている。

エディエンヌは哀れにも収穫祭とかのトーナメント前になるとそわそわして、当たり前だけど誰も来なくて怒ってたんだよなー。

反射的に台詞を口に出す。


「祝福を授けます。私のために勝利を」

「あなたに勝利を捧げることを誓いましょう」


そう誓ってダガート様は私の左手の甲に軽く口づけをした。う、うん。作法とはいえ自分の水仕事で荒れた手にされると恥ずかしいな。もうちょっとお手入れするべきだった。

しかも騎士に祝福を授けた女性はその証にハンカチやスカーフなどを渡し、それを身に着けて騎士は戦いに出るというのだが…


「す、すいません。今きれいなスカーフとか持っていなくて…」

「ああ、じゃあそのタオルでもいいぞ」


と腰に挟んでいる手ぬぐいを指されたが冗談じゃない!慌てて食堂に駆け戻りレイラさんに何か借りようとしたらテーブルナプキンを渡された。いくらきれいに洗っているとはいえナプキンを騎士に渡す貴婦人など聞いたことがないがダガート様は喜んで受け取ってくれた。


「ではこれを巻いて試合に出よう」

懐に忍ばせるとばかり思ってたけど巻くのかよ!!食堂のナプキン巻いて出場する騎士とか聞いたことない。慌ててダガート様から取り戻そうとした。


「いやそれはすいませんやっぱりあとで家に戻ってスカーフか何か探してきます!」


それをひょいと私の手が届かないところに持ち上げダガート様が笑った。

「それも捨てがたいがこっちのほうがエディーらしくていい」

「あう…でも…」

とまどっているとダガート様がなだめるように私の頭を撫でた。

虚を突かれたスキンシップに更に挙動不審になるとふとダガート様が首をかしげて聞いてきた。


「そういえばエディー、教えながらやろうと思っていたけど、貴婦人の祝福の作法をよく知っていたな」

「え、あ、ああ、前にそういう場面を見たことがありまして…憧れていたんです!」

「そうか。ではそれにちゃんと応えないと」


うなずくダガート様に内心ほっとする。貴族の女性なら誰でも知っているから油断してしまった。危ない危ない。


「では、明日、俺もがんばるからエディーも健闘を祈る」

「はい!お互いがんばりましょう!」


なごやかにダガート様と別れたがふと我に返った。フラグを全く回避できてない…おかしいなぜこうなった。

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