そしてそして
「まったくコレが意識のない傷だらけの娘さんを運んできたときはバカ息子がついにやらかしたと思ったよ」
日が明るく差す応接間でそう朗らかに言われて私は恐縮した。クレメイン公爵はダガート様と同じ黒髪黒目で鋭い猛禽類のような顔立ちをした初老の男性だけど、最初の近寄りがたい印象と違い、話してみるとかなり気さくな方だった。その横で黙り込んで父親をにらむダガート様との対比が印象的である。
「申し訳ございません、ご迷惑おかけして…」
「いや、事情は大体聞いた。構わんよ。それよりバカ息子がすまんな。晩餐会の妨害をそうやすやすとされては騎士の意味がない」
「いえダガート様も騎士の方たちもちゃんと助けにきていただいたので」
「だとよ、もっときびきび働かんかいバカ息子」
「…父上」
「首謀はまだ分からんというではないか、まぁどうせ家名しか取り柄のない保守派の誰かだろ」
「今調査中ですが晩餐会も終わったのでエディーへちょっかいを出す確率はぐっと下がります。ひとまずは安心かと」
公爵様はちらっとこちらに目をやりニヤリと笑う。
「なんならご令嬢には落ち着くまで我が家へ滞在していただこうか?」
「とんでもないことです大丈夫ですっ」
「そのことですが父上」
慌てて私が断るとダガート様は強い口調で会話を自分側に引き寄せ、一呼吸置き口を開いた。
「落ち着くには結婚が一番早いかと思います。認めていただきたいのですが」
「いいぞ息子よ」
「!!ちょ、ちょっと待ってください!」
あまりにもさらりと公爵が答えるので私は泡を食ってしまった。
「あの、その前に色々と事情の説明を…!」
「エディー」が元レティスフォント侯爵家令嬢ということも当時の私の評判も公爵様は当然知っているだろう。そういう過去でも構わないというだけでなく、今現在立ちはだかる問題についてちゃんと説明をしなければならない。
私は爵位はく奪から今までの経緯をかいつまんで説明し、最も危惧する両親の話をした。
「結婚となるとどうしても両親への報告が必要ですし、そうなればクレメイン家へどのような迷惑がかかるのか分かりません」
「それでもいいということか?」
公爵様は顔を引き締めてこちらを射抜くような目で見つめてきたので私もぐっと腹に力を込めて見返す。
「父母と対決する覚悟は決めました。それでもご迷惑をおかけするかも知れませんので先にあやまっておきます」
「ふぅむ」
思案気に顎を一撫ぜした公爵様はついでギロッとダガート様に目を向けた。
「ダガート、お前今日から勘当だな」
「承知しました父上」
「ちょぉお…待っ、待ってください!」
なんなのこの親子!!
またまたさらりと重大な取り決めをする二人を止めようとしたが、なんてことのないように公爵様は説明する。
「これが一番早い。絶縁状を土産に元侯爵夫妻へ挨拶すれば向こうも余計な期待はできんだろう。なあに、先日初孫も生まれたしな。エトワードのところは夫婦仲もいいしこの先も問題ないだろうさ」
エトワードは確かダガート様のお兄様でクレメイン公爵の嫡男だ。跡継ぎとしてダガート様の絶縁は問題ないと言いたいのでしょうが問題はそこではない!!
「いえあのその、そういう問題ではなく…、こんなことで親子の縁を切らせることはできません!」
涙目でそう主張すると落ち着かせようとしたのかダガート様が私の傍へ回り込み手を握ってくれた…って余計落ち着かないわ!
多分顔も真っ赤になっているのだろう、公爵様はそんな私を見て苦笑しながら補足する。
「貴女もウチの愚息もまだ若い」
「それはそうですが…」
「その若さでクレメインという、この場合はしがらみになるのだが、ややこしい権力や姻戚関係を絡んだものをひきずったまま問題に立ち向かうのは荷が重すぎる。もう少し狡猾に年を取ってからこの重荷を返そう」
分かるような分からないような…つまりもう少し成長しろということかな。
「それに」
公爵様はそういって茶目っ気たっぷりに片目をつぶって言葉を続けた。
「勘当はするが仕事でどうしても必要となれば騎士団本部に出向くこともあろう。そういえば最近巷で評判の食堂があるそうだな、これもいずれ忍んで食べに行きたいものだ」
そういわれて思わず笑ってしまった。ダガート様はなぜか少し不満そうに公爵様を見やったが、ついとこちらに目を向け、手を握ったまま跪く。
んん?これは…。見覚えのある真剣な面持ちで同じ言葉が紡がれる。
「エディー、エディエンヌ。俺と結婚してくれ」
二度目のプロポーズも変わらず武骨で真っ直ぐである。なので私の答えも飾る必要はない。
「はい。喜んで」
物語はここでめでたしめでたしとはならない。ヒロインも私も課題は山積みだ。でも支えてくれる人たちがいるというのがこんなに心強いことなら、きっと私たちは一生ハッピー街道を邁進できるんだろう。大切な人と共に。
・・・・・・・・・・・・
むかしむかし、あるところにお姫さまがいました。
お姫さまは王子さまと結婚をしたかったけれども、王子さまは村娘に恋をしました。
しっとしたお姫さまは村娘にたくさんいじわるをしました。
怒った王子さまはお姫さまにばつを与えました。
お姫さまはお姫さまではなくなって、ただの村娘になったのです。
村娘はたくさん泣いてたくさんこうかいしました。
でも村娘はお姫さまにもどることはなく、しかたがなく村娘ははたらくことにしました。
村娘は食堂でいっしょうけんめいはたらきました。
するとごはんを食べた人たちはみんなよろこんでくれたので、村娘もうれしくなりました。
村娘はみんなにおいしいごはんを食べてもらおうとたくさんりょうりをしました。
食堂はどんどんひょうばんになって、たくさんの人たちがくるようになったのです。
するとある日王子さまとけっこんしたお姫さまが村娘をたずねてきました。
お姫さまは村娘のひょうばんをきいて、お城のばんさんかいのりょうりを作ってほしいとたのみにきました。
村娘はお姫さまにいじわるをしたことをあやまってお姫さまとなかなおりしました。
そしてばんさんかいのりょうりを作ることをひきうけました。
でもばんさんかいをじゃましようとしたわるい人に村娘がさらわれて、ききいっぱつ!
お城の騎士さまが村娘を助けてくれました。
村娘はかっこいい騎士さまが好きになりました。
助けられた村娘はお城にもどっていっしょうけんめいりょうりを作りました。
ばんさんかいはぶじせいこうして、お客さんたちはみんな村娘のりょうりをほめてくれました。
騎士さまも村娘のごはんをたべて村娘が好きになりました。
村娘は分かりました。
村娘は村娘のままだけど、騎士さまのお姫さまになれたということが。
村娘は騎士さまとけっこんして、まちで一ばんの食堂でたくさんごはんを作って幸せにくらしましたとさ。
めでたしめでたし。
・・・・・・・・・・・・
「って、なんですかこれーーーー!?」
「ああ今度出版する絵本だって、リリアーナ様から渡された」
「なんか知っているような知らないような話なんですけどっ」
「物語だから多少は脚色してるけど、いい話だと思うよ?俺も登場してるのがちょっと恥ずかしいけど」
「いやちょっとこんな、ってダガート様何包み直してるんですか」
「子供が出来たら贈り物としていいかなと…」
「やめてください恥ずかしぃいいい!!!」
めでたしめでたし?




