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挨拶

複雑さを排除し、重いソースを廃止、新鮮な素材を利用し素材の味を生かすフランス料理の傾向を「ヌーベルキュジーヌ」って呼びます。ただ最近はまた古典回帰しているようです。

「本日はこのように素晴らしい晩餐へお招きいただきありがとうございます」


晩餐会の招待客たちはめいめい紅茶や食後酒を嗜みながらくつろぎ、その中でもメインゲストとなる隣国、ユスタフ王国の第二王子が王太子夫妻へ礼を述べ、それに王太子が鷹揚に応えている。それを聞きながら私は緊張しながらパウロさんの後ろに控える。


「今日は少し変わった趣向と聞いておりましたので、楽しみにしておりましたの」

「いや、すばらしい料理の数々でした」

「最近はこのような軽い料理が流行っていると聞いておりましたわ」

「世相を敏感に捉えると評判の妃殿下は、どうやら料理でも最先端を行きますな!」


他の招待客も口々に料理を褒めてくれた。リップサービスも入っているとはいえ、晩餐会の評判は上々のようだ。軽い料理って実際流行っているのだろうか?もし本当だったらレイラの食堂も少しはその波に乗っていたらうれしいな。


「今日この晩餐会が成功したのもひとえに料理人をはじめ晩餐会を支えてくださった方たちがいるからこそです」


リリアーナ様が極上の笑顔を表し、私たちのところを向いて一つ頷いた。パウロさんに続いてギクシャクしながら前へ出る。晩餐会のゲストはユスタフ王国の王子はじめ大使夫妻、他の国からの使節、それとこちらの貴族で30人ほどの規模となっている。隣国の王族とかはさすがに面識はないが、貴族の中には何人か令嬢時代夜会で見知った顔もある。学園時代の級友はいないし、さすがにこの格好でエディエンヌだと分からない気がするけど…そ、卒業式の舞踏会の時より胃にくる…!


「今回の晩餐会の料理長を務めてくれたパウロ、それと彼の愛弟子のエディーです」


パウロさんは帽子を取り一礼し、私もそれに倣いシャチホコばって礼をする。リリアーナ様、エディエンヌではなくエディーって紹介してくれた!色々複雑な思いが交差したが、なんとなくそのことが一番嬉しく思えた。


・・・


晩餐会は無事終わり、抜けそうな気を引き締め最後の片づけに入る。アドレナリンが切れて手だけでなく体中がじくじく痛みはじめた。考えてみたら今日は沢から転落したし全力で走ったし早馬に乗ったし氷室で冷やされたし。今はなんとか動けるけど明日が怖い。


「エディー、ここはもういい。今日は帰りなさい」


パウロさんがそう声をかけてきて思わず顔を横に振って断った。


「帰っとけ帰っとけ。今日一日ひどい目に遭ったんだ。このまま気ぃ抜けて食器を割られるより早く帰って休みな」


ミザンヤさんにもそう言われて、実際指がうまく動かなくなってきたのでありがたく帰ることにした。


「その前に傷の手当です。お嬢様、こちらへ」


どこから入ってきたのかいつの間にアメリーさんが救急箱片手に私を再び物置へ押し込んだ。

椅子に座ろうとすると全身の関節が油が切れたようにぎぎっと音がするぐらい動きにくく、私は難儀しながら膝を曲げた。

そんな私の惨状を見てアメリーさんは眉間にわずかに皺を寄せ、手早くけがの手当てをしたあと私にここで少し待つよう言ってから部屋を出た。なんだろう…。思考能力もかなり落ちた私はぼんやり考えながらどんどん瞼が落ちそうになったところでアメリーさんが戻ってきた。


「お嬢様、お迎えです」

「え、わざわざ…大丈夫です。歩いて帰れますから」


少し慌てて立ち上がろうとしたが当然うまく動けずロボットダンスのように変な動き方してよろめくとアメリーさんの後ろから大きな人影が飛び出てきて私を支えてくれた。


「エディー、大丈夫か?」


…なんか私とダガート様が会う時って私のコンディションが悪い時が多い気がするけど気のせいだろうか。



・・・



ゆらゆら


ゆらゆら


…こっくり


はっ、これはいかん!ゆっくり歩く馬の上って気持ち良すぎる。しかも体をがっしりとホールドされているから安心である。うん、何にホールドされているとか深く考えてはいけない。今回は私もさすがに後ろに乗るなどとは言わない。この状態では10分と経たずに睡魔に襲われ馬から転げ落ちる自信がある。


「…食堂のイベント、無事終わったかなあ…」

「ああ、ちゃんと盛り上がったと聞いた」

「挨拶、いきたかった…」

「また今度直接話を聞きに行けばいい」

「……」

「エディー、大丈夫だ。少し眠れ」

「ぅー…」


そう優しい声が響いてさらに私の眠気を誘っても、なんとなく抵抗したくなる。だって祭りのメインの通りを外れたここは静かで、温かくて、ゆらゆら揺れて、考える力がなくなっている今の私なら素直に甘えることができそうで―――


「おやすみ、エディー…」


笑いを微かに含んだ声とともに熱い感触が頭の上に落ち、私の意識がどんどんと蕩け落ちた。


ふわふわ


ゆらゆら



・・・・・・・・・・・・



「…ってここはどこじゃーー!?」


起きたら当たり前のように体は動かなかったが、それでも私は必死に身を起こして周りを見回した。

アパートの私の部屋ではない。職場であるペセルス侯爵の料理人用の部屋でもない。というか調度が豪奢すぎる。


「ふぉういててててっ」


情けない声を上げながらなんとかベッドから足を下ろしたところで、部屋のドアからノックの音が聞こえる。


「お目覚めでしょうか」


入ってきたのは見知らぬメイドさんだった。


「支度の手伝いをさせていただきます」

「え…ありが…いえ、その前にここはどこですか?」


久しぶりの令嬢待遇に一瞬再転生したのかと馬鹿な考えがよぎったがすぐに打ち消す。一瞬でも勘弁してくれ。

それよりここは本当にどこだろう。


「こちらはクレメイン公爵邸でございます。エディー様は昨晩ダガート様がこちらに休むようにと運ばれました。お疲れとのことで起こしませんでしたが朝食はいかがいたしますか?」



……。

なんてことしてくれてるのダガートさまぁ!?

息子が連れこんだ女が挨拶もせず寝室へ直行したらご両親がどう思われるか!!というかスキャンダルだよこれ!?


一気に覚醒のち血の気が引いて私は全く不本意ながら二度目のベッド行きとなった。

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