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晩餐会

「エディー!!!」

「ダガートさまああ!」


なんと合流してきた騎士の中にダガート様がいました!もはや周りの目も気にせず私はダガート様にすがりつき、口から出るのはダガート様の名前と嗚咽ばかり。


「エディー、大丈夫だったか」

「うわぁぁぁぁぅぅっ」

「よしよし、もう大丈夫だから怪我の手当てをしような」

「うぇええぇぅっ」


ダガート様はバーサク状態の私を落ち着かせようと抱きしめてくれてひたすら頭や背中をぽんぽんと軽く叩き続けてくれる。

うん、落ち着こうか私。恥ずかしいし涙鼻水で顔がすごいことになっているよ。しゃくり上げながらもなんとかしゃべれるまで回復したところでハタと気付く。


「ダ、ダガート様…」

「うん?」

「トーナメントは、どうされたのですか?」

「ああ」


ダガート様はぽんと私の頭に手を載せて笑いかけた。


「また来年があるさ」

「ぇええええええ!?」

「エディーが戻ってこないって知らせを聞いたら試合どころじゃないだろ」

「ご、ごめんなさい…ごめ"んなざいぃ…」


申し訳なさに引っこんだ涙がまた盛り上がってしまった。


「エディーのせいじゃない。それよりも晩餐会だ、まだ間に合うだろう?」


目元をぬぐい日を見る。つられて見上げたダガート様は得心したように制服の内ポケットから小さな懐中時計を取り出した。


「まだ昼を少し過ぎたぐらいだ。馬で急げば王宮までそうかからない」


それを受けて私も頷く。

「すいません。すぐにでもお願いしたいです」

「まず怪我の手当てだ」

ダガート様がそう窘めてくれたが今は一刻も惜しい。


「かすり傷ばかりですので軽く水で流せば大丈夫です。あとは調理場に着いてからにします」


私は視線を下げ自分の手を見ると、やはり手のひらは沢で脱出しようと奮闘したせいもあり負傷した中でも一番ボロボロになっている。だけど試しに手を何度か握りしめると痛みはあるが動きに支障はない。

視線を上げると痛ましい表情でこちらを見ているダガート様と目が合った。ぐっと彼に向かって頷くと諦めたように了承してくれた。


「分かった。急ごう」


・・・


分かっていたけどやっぱり馬は早いね!後ろで必死にしがみつかないと振り落とされそうな速度でダガート様は馬を飛ばしてくれた。王宮に入るのも本来は色々と手続きが必要なのだが、ダガート様がリリアーナ様に話を通してあって顔パスで調理場にたどり着けた。調理場ではシェフからコミまでみんな忙しなく動き回っていたが、一番手前にいたデスティアさんが目ざとく私たちを見つけて声を上げた。


「あ!エディーが戻ってきたぞ!!」

「お嬢様!!ご無事でしたか!!」

「ボロボロじゃないか、一体どうしたんだ!?」


パウロさんがうっかりお嬢さま呼びを復活させるほど、職場の皆は心配してくれて私の周りに集まって声をかけてきた。ダガート様がごくごく簡単に事情を説明したが、暴漢に襲われそうになった話で皆に動揺が走る。


「取り調べはこれから行うが、王宮も厨房含め出入りも警備を増やすのでとりあえず皆は目の前の晩餐会に集中してくれ」

「分かりました。よろしくお願いします」


さすがは料理長のパウロさん、ダガート様の言葉を受けていち早く冷静を取り戻し皆に呼びかけた。

「さあ、皆さん持ち場に戻りなさい。晩餐会まで時間がありませんよ」


この一言で皆一斉に仕事を再開し、私もダガート様に会釈し、とってきた材料を持って調理台に向かった。

ちなみに本日の晩餐会のメニューは




ユリ根のヴィシソワーズ


クレソンと秋果物のサラダ

よく熟成された生ハムと共に


舌平目の手長海老包み

海老風味のオランデーズソース添え


ミントのグラニテ


牛フィレのステーキ

ビストゥソース添え


洋梨のアーモンドタルト

キャラメルソースにて





定番と実験を織り交ぜて一歩間違えばカオスなメニュー仕立てだが私は悪くないと思っている。…一番最初のスープがこけたら大惨事というプレッシャーがひどいけど…それでもここまできたら全力でぶつかるしかない。


薬を手にはつけられないのでもう一度丹念に両手を洗う。幸い怪我をしてから時間が経っているため血は固まっている。痛みはアドレナリンでしのごう。


ブイヨンやコンソメはじめベースになる出汁やソースを夜のうちに作っておいてよかった。

ヴィシソワーズの作り方はシンプルである。ユリ根を丁寧に洗いリーキと一緒に炒め、コンソメと共に煮込む。柔らかくなったら笊にあげてつぶし、鍋の中で牛乳で伸ばし、生クリームを加え塩コショウで味を整えて、あとはこれを冷やすだけなのだが。


「氷室に置いて間に合うのか?」

「仕方がない。氷を砕いて鍋の下に敷いてかき混ぜよう。ジャン、エディーを手伝いなさい」


というわけで私はコミのジャンと二人、氷室でヴィシソワーズをかき混ぜることとなった。ぬぉおおおおお寒ぃいいいい!早く冷えろぉおお!!


・・・


「前菜終わりました!!」

「メイン用の皿をそろそろ並べておけ!」

「はい!」


はい。調理場も佳境に入り、みんなの動きも掛け合いも熱くなってきました。ヴィシソワーズはどうなったかって?とっくに終わりましたよ。

固唾をのんで皆さんの反応を見守るとかそんな暇はありません。なにせそのすぐ後にメインが控えているんだから。


魚料理発射!次は…


「エディー!グラニテを手伝え!!」


ひぃぃまた氷室で作業!

再び氷冷地獄に舞い戻って来たのは私だけではなくジャンも呼ばれたようで、二人で盛り付けしているパティシエの手伝いや搬出を行うことになった。ちなみに厨房はオーブンでかなり熱気がこもっており、寒暖差激しい二つの場所を行き来している内に鼻水が止まらなくなってきた。ずび。


グラニテで口直ししていただいたあとにメインの肉料理である。

牛のステーキがもったいぶって供されたあと、調理室はほっとした空気に包まれた。パティシエを残しパウロさんはじめシェフの皆さんがかわるがわるダイニングの様子を見に行ったのは少し微笑ましかった。うん、気になるよね。私もミザンヤさんに背中を押され恐る恐る様子をうかがってみたが、晩餐会は少なくとも和やかに進行しているように見えて少し安心する。


「エディー、あとはデザートだけだから今の内に身を整えなさい」

「…え?いえ無理ですよ。これが…」


そう、私の手が一番傷がひどいのだが、顔にも切り傷が複数あるため、この状態で挨拶に出ると何事かと思われてしまう。パウロさんも私の顔を見てはたと気づいたようで眉を八の字にしてしまう。


「小麦粉を顔に塗りたくるか?」

無責任に提案するデスティアさんだが当然そんな案は却下。白粉じゃあるまいし…。


「白粉…あ、化粧でなんとかならないですかね」

「あー、じゃあそこらの侍女に聞いて」

「いや、そんな暇あるのか」


デザートのサービスも終わり、いよいよ晩餐会が終わろうとしている、みんな焦りだし口々に言い始めたところ。


「話は聞かせていただきました」


実際には静かにドアが開かれたのだけど、私の中ではババーンという効果音が鳴り響いた。


アメリーさん!


なしてここに?


・・・


「私は今王宮で侍女長を勤めさせていただいております」


アメリーさんはそう言いながら手早く肌に下地を塗りこむ。侍女長ってすごくない?というか私王宮への紹介状は書いてないのに。


「王宮で勤めている知り合いから誘われました」


王宮にコネがあるなんてすごい!破滅に向かうレティスフォント家でもメイド長として最後まで悠然と構えていたわけだ。

そうしている間にもアメリーさんは手早く私の顔にコンシーラーを塗って馴染ませる。おお!傷跡が目立たなくなった!


私は今調理場の横の物置に椅子を並べて化粧してもらっている。アメリーさんは魔法のように化粧道具を取り出し、明かりが不十分な部屋の中でもその手に迷いはなく、あれよあれよという間に私の顔に化粧をほどこし、髪を整え、それだけでなく傷が目立つ指には肌色の指サックまではめてくれた。さすがに指サックはびっくりしたがアメリーさん曰くあかぎれのおともだそうだ。


「ありがとう。アメリーさん」


なんとか挨拶には間に合いそうで私は椅子から立ち上がり、アメリーさんにお礼を言った。


「いいえ。それよりお嬢様」

「はい」

「お嬢様ならレティスフォント家なき後も大丈夫だとは思いましたが…」


そう言いながら無表情のアメリーさんの口角がわずかに上がった。


「…よくぞここまで立派になられました。アメリーはうれしく存じ上げます」


アメリーさんの目はランタンの明かりを受け光っているように見える。…やばい。鼻の奥がつんと来た。


「時間がないのに引き留めて申し訳ございません。さあ挨拶の準備に向かってください」


それ以上は許さぬとばかりにアメリーさんは私を急き立て物置を出た。うん、涙は最後に取っておかないとね。

コミ:下働き

グラニテ:フランス料理のコースにおいて出されるお口直し用のシャーベット。

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― 新着の感想 ―
[一言] 料理に詳しくなっ、、、すいません、覚えられませんでした。グラニテは分かる!
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