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問う

店の裏に、何人か常連のおじさんがいた。

おそらく表の入口から入れなくて心配して裏から様子を見ようとしたのだろう。物言いたげな彼らに丁寧に迷惑をかけたことを謝罪をして立ち去ろうとすると、おじさんの一人が私の後ろを見て驚いたような顔をしたので思わず振り向いた。


「エディー、家まで送る」


眉間に皺を刻んだダガート様が勝手口から出てきてこちらに歩み寄ってきた。

思わず身構えたがかまわずこちらの手を掴み引っ張っていく。


「え、ちょっ…!」


なんか前もこんな光景があったな。あの時はマイサーさんが鉢合わせになったんだっけ。


「ちょっと、この子をどこに連れて行くんだい!」

今回は…レイラさんが仁王立ちで私たちの前に立っている。色んな意味で勝てる気がしない。


「家まで送るだけだ」

ダガート様がぞんざいに返事をする。

眉を盛大にひそめてこちらを見るレイラさんに仕方がなく話しかける。


「すいません、レイラさん、一旦抜かせていただきます。事情は後で説明しますので…すいません商売の邪魔になってしまって」

ぺこんと頭を下げるとレイラさんが何か言う前にぐいっと手を引かれる。


「行くぞ」


うわぁ待って待ってまだ色々あやまりたいのにっ。レイラさんとダガート様を交互に見やるがずるずると引っ張っていかれた。

通りを曲がり店が見えなくなるとダガート様は歩調を緩めたが依然手を離さず、こちらを見ることもなく歩き続ける。


「ダガート様」

「……」


呼びかけても返事がない彼の横顔を見ながら、困惑と不安が胸いっぱいに広がる。

不機嫌なのは分かる。私に騙されたと怒っているのだろうか。これ以上見ていられなく、私は彼の顔から目を逸らし地面だけを見ることにした。


アパートの私の部屋の前につき、そこで話をするのかと思えば、なぜか私に鍵を出せと言い、ドアを開けると私を引っ張り込んで部屋に入る。

ちょ乙女()の一人暮らし部屋に…今更だけど…。部屋に入りドアを閉めるとこちらを向き私の両手を掴んできた。

逃げるに逃げれず私はダガート様の顔を見ると、彼は真剣な面持ちでこちらの目を覗きこむ。


「エディー」

「はい」

「学園にいたエディエンヌと今のエディー、どちらが本当の君だ」



・・・・・・・・・・・・



前置きなく切り込んだ質問にエディーはたじろいだようだ。


あの時ランチに訪れたレイラの食堂は店の前に人だかりができていた。

何か起こったのかと駆け寄ると女将が困惑したように貴族たちが何人も押し入ってきたという。

入口まで道を譲ってもらい食堂の中を覗き込むと主日に目撃した孔雀のごとき着飾った二人組とその他数名貴族の子弟たちがいた。


「かつての私は貴族としての責務を放棄し全てを失くしました。あなたたちも私と同じ轍を踏みたいのですか?」


そう傲然と言い放つエディーの姿は舞踏会の時の姿と重なる。


あの時、取り巻き二人の告発を殿下を始め多くの学生たちが見守っていて、ダガートもそれに混じり一人こちらに対峙していたエディエンヌを見ていた。

学園時代に彼女の悪評はよく耳にするし、実際声をかけられてもその尊大な物言いは人を不快にさせていたが、そこまで具体的な被害がないダガートにとってはどうでもいい存在といったところだ。


王太子の思い人にちょっかいを出したのは本人の愚かさが招いたところ。とはいえダガートは彼女への嫌悪感もあったが、見せしめのようなこの場の空気がそれ以上に不快だった。

醜悪さで言えば目の前にいる二人こそ負けていないだろう、いつもエディエンヌの傍に張り付きおべっかを使うその姿には見覚えがある。掌を返し我こそは正義となぜそこまで開き直れる。この茶番劇が早く終わらないだろうかと不愉快になりながらよそ見していると、輝く金髪が視界の端で下がった。


「皆様、いままでご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした」


簡潔な口上と共にあっけなく退場する彼女を呆然と見送った記憶がある。



舞踏会の後姿を消したエディエンヌ・レティスフォント。

エディーもまたそのまま姿を消しそうな気がしてたまらずダガートはカウンターを乗り越え彼女を追う。捕まえて、聞かないと、学園にいた彼女の態度と舞踏会での違和感、たくさんのことを聞きたい、もっと彼女について知りたい―――


「学園にいたエディエンヌと今のエディー、どちらが本当の君だ」


直截な質問を投げかけ彼女の瞳を覗き込む。深緑の瞳に浮かぶのは困惑と、恐れか。


「…どちらも私です」

「では、なぜあんなことをした」


曖昧な言い方だが学園時代の所業を指してると気づいただろう。エディーはハッと目を見開きしばらくためらったあと答える。


「…妬みです」


実にくだらない理由だ。だがそれで自身を見失う者のなんと多いことか。


「あの方は私が持っていないものを全て持っています。私は…実家の爵位しか取り柄がないのでそれに取りすがり、それを持ってしかあの方を見下せませんでした」

「ではなぜ、舞踏会の時になって謝罪した。後悔したのか?」


こう聞くとエディーは黙り込む。しばしの逡巡のあと、一言ずつ確かめるように話し始めた。

「舞踏会の少し前に、殿下に今までの所業が暴かれ、私への断罪がなされると確信しました。おそらくそのショックでやっと己が身を振り返ることができたと思うのです」

遅いですよね、とエディーが自嘲するかのように笑う。


「私がリリアーナ様にしたことは許されるとは思いません。ですがあの時殿下が私に与えてくださったのは、罰というより、更生の機会だと受け取っております。あのまま、エディエンヌ・レティスフォントで居続ければ、私が身に纏っていたものは、財であっても身分であっても誇りであっても、全て偽りのままでしたから」

「…今は、本物だというのか」


そう聞くと、少し自信なさげに俯いたが、すぐに顔を上げこちらの目をまっすぐ見つめ答える。


「まだまだ未熟だと自覚しています。でも自分の足で立てることと、自分の両手が生み出すものに、私は誇りを持っています」

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