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孔雀

やっとダガートのターン

エディーが倒れた後、店の近くに来ては引き返す日々が続いた。

ダガートの中ではどうしてもエディーがエディエンヌ・レティスフォントだという事実を消化できない。

とはいえ一つ分かっているのは、ダガートはエディーがエディエンヌ嬢と同一人物だと分かった後も今の彼女のことが嫌いになったわけではないということだ。

だからこそ、戸惑う。どちらが本当の彼女なのか。直接会って確かめたいのに会って何を話せばいいのか分からない。


こんなこと誰にも相談できようもなく悩んでいたら、よほど顔に出てしまったのか

『お前一度玉砕して来い』

とイエンに蹴られた。わざわざ中央にある騎士団本部まで来て言うことか。


とはいえ内心では背中を押してくれたことを感謝した。玉砕とはよく言ったもので、遠ざけ続けたところで何一つ解決するわけでもなく、エディーに対しても失礼だ。それならば言葉が出なくともとにかく会おう。そう決めて次の日は休みなのを幸いに下町に足を向けた。


そうやって飛び出したものの時間的に昼だと気づく。しまった、ランチタイムで混雑していては話をする暇もない。

とはいえすでに店の近くまで来てしまった。何もないふりをしてランチを取り、営業時間が終わった後にでも話しかけようか。

不安と期待が混ぜこぜした気持ちで店に近づくと、なぜか騒がしい。



・・・・・・・・・・・・



なぜこうなったし(白目)。

ランチタイムは順調に忙しくピークを迎えてた。なのに外が急に騒がしくなり、レイラさんやお客さんたちが外に出たっきり戻ってこないものだから、マイサーさんと私もカウンターから様子を見てたりした。


そして入ってきたのは孔雀…ではなくミナールとシェリーヌ、他数人の男女。みな一様に着飾っていてさながら孔雀の群れのようだった。

あ、素敵なスカートが机に引っかかりまくってますよー。食堂がいきなりカラフルなきのこでいっぱいになった感じだ。

レイラさんやお客さんたちも食堂に入ろうとしているようだがきのこ達のかさに邪魔されて入れないようだ。


「まああ!エディエンヌ様!こんなみすぼらしいところで!!」


視線が一斉に自分に集中する。二人は扇子で口元を隠し眉をひそめる。


「こんな落ちぶれたお姿に…おいたわしや…」


いや全然おいたわしいと思ってないだろ。

ため息をついて対応することにした。


「食事ですか?本日のおすすめは鱈とホウレンソウのパピヨットですよ」

香りよく炒めたほうれん草の上に鱈の切り身と野菜を色よく盛り付け紙で包んでオーブンで焼いた料理である。

ほうれん草に鱈の旨みが染み込んだ一品。まじおすすめ。


ミナールが大げさに驚いて見せる。

「とんでもないわ!こんな平民のところで食事などとてもとても…!」


なぜか全員合わせたようにドッと笑い出す。バラエティー番組の笑い声みたいでなかなかにシュールだ。

二人以外の人たちは取り巻きだろうか。エディエンヌの取り巻きは二人しかいなかったのにお主たちやるのぉ。


それはそうと少しほっとした。個人的にはこの面子で食事を取られたうえで難癖をつかれる方が商売に支障が出て困る。

食事をしないなら客ではないから追い出せるしね。


「食事を取りに来たのでないなら出て行ってください。営業妨害ですので」


今度はシュリーヌが眉を大きく吊り上げる。

「まあぁ!私たちかつてのご学友のエディエンヌ様を心配してわざわざ訪ねてきましたのに。なんて冷たいのかしら!」

「それでしたら私の休みの日で時間が空いてたら会いますのでアポを取ってください。今は仕事中ですのでお相手できません」


つとめて事務的に対応するとミナールが鼻を鳴らした。

「はっ!まだご自分が侯爵令嬢だとでも思っておいでですの?今のあなたはただの 平 民 !そして私はペレスト子爵の娘ですのよ?」

「で?」

隣でマイサーさんがミナールの言葉を聞いて驚いているような気配がしたが間髪入れず返す。

「なっ」

「ここは食堂です。貴族が来たら営業を中断する法律でもあるんですか?」

「ふんっ」

ミナールが扇子を打ち鳴らす。

「平民が貴族に逆らっていい法律などないわ。下民風情が私に指図するの?こんな店、お父様に言いつければすぐにでも潰せるわ」


心の中で忌々しく舌打ちする。貴族の愚かさで一番嫌な部分を再確認して黒歴史の封印が解かれた。いくら貴族とはいえ理由もなく他者に危害を加えることは咎められる。とはいえレティスフォント家の前例がある。嫌がらせ程度ぐらいならやらかすのかも知れない、そうなれば―――。ぐっと腹に力を込めできるだけ毅然として言いかえす。


「位高ければ徳高かるべしノブレス・オブリージュ。かつての私は貴族としての責務を放棄し全てを失くしました。あなたたちも私と同じ轍を踏みたいのですか?」

取り巻きとはいえエディエンヌの傍にいてくれた数少ない友達であった。だからこそ私と同じようにはならないでほしいと切実に思う。


少し怯んだような二人だがすぐシュリーヌが答える。

「ご心配なく、あなたと私たちでは違いましてよ。レティスフォント家のようなへまをするものですか」

全く届かない言葉に肩を落としそうになる。私の時はどうだった?どうすればいやがらせ側の気が済んだ?ひも解かれた黒歴史記憶の羞恥と焦りで思考が空回りしはじめる。それを自覚してはいけないと思いつつもさらに焦りが増していく。どうすれば…


ふと店の入り口がざわつき低い声が響いてきた。


「何をしている」


年明けにも一瞬とはいえ会っていたはずなのに無性に懐かしい姿を見て心臓が跳ねあがった。


「「ダガート様!?」」

ミナールとシェリーヌのユニゾンにかぶせるようにダガート様が一歩前に進みながら苛立たしげに言う。

「ここで何をしていると聞いている」


…なんかどっかで見たようなシチュエーションだな…。

だが前と違いミナールとシェリーヌは嬉しそうに話しかける。


「まあダガート様!あなたもエディエンヌ様に会いに来られましたの?見てくださいよこの方こんな店で働いていらっしゃるのよ!」


私の正体はすでに主日明けにばれているはずだがちゃんと言葉を交わしたわけではない。改めて恥ずかしくなり目を伏せてしまう。私自身は今の境遇を苦に思っていないしむしろ充実しているが、自業自得で落ちぶれてざまぁに見える人もいるだろう。彼はどう思うのだろうか。


「…なるほど、何をしに来たのかよく分かった」


さっきまで顔を顰めていたダガート様が無表情になって静かに言い放った。のに、怖い。開きがちの瞳孔がまるで光のない闇穴のように見える。その目はじっとミナールとシェリーヌに向けられているため二人とも居心地悪そうにしている。


「自警団にはすでに知らせが行ってるはずだ。これ以上営業妨害を行うのであれば騎士も連行に参加するが、それでもここに居座るつもりか?」


ミナールとシェリーヌが顔を見合わせる。


「別に…私たちはただ旧友に会いに来ただけですわ。営業妨害だなんて」

「それならば退去願おう。あなたがたの大仰なドレスはそれだけで客が入るのを邪魔するからな」


手で店の入り口を示しながら脇に退いたダガート様を見て、入り口に一番近かった男性がびくつきながら出て行った。それを見た他の人たちも続く。


「ちょっと、あなたたちっ」

慌てたようにシュリーヌが声をかけるが皆退出を止めない。仕方なく二人はこちらを忌々しげに睨んでから後に続いた。

マイサーさんと私、それとダガート様だけ残った店内はガランとしていて私は途方に暮れる。

ミナールの台詞はマイサーさんだけでなく、おそらく店前にいたレイラさんたちにも聞こえただろう。私の正体ばれとミナールとシェリーヌが再びちょっかいを出す懸念を思うと潮時なのかもしれない。こんなに早く来るとは思わなかったけれど…


「…エディー」


声をかけられ心臓がきゅっと縮まった。こちらを見つめている顔は相変わらずの無表情で何を考えているか分からない。

どうしてこんなことになったんだろう。

それでもなんとか収拾しようとマイサーさんの方を向く。


「マイサーさん、すいません。こんな騒ぎになって」

マイサーさんが呆けたような顔でこちらを見る。

「元凶の私が手伝えないのは心苦しいですが、一旦抜けていいでしょうか。すいません、このままここにいると、営業どころじゃない気がして…」

「あ、ああ…」

眉をひそめてこちらを見るマイサーさんを見てこちらも心が苦しくなってきた。


「ダガート様」

心が騒ぐのを落ち着かせようとしながら話を続ける。

「主日明けの時も、ご心配おかけしました。今日も、ありがとうございました。大変助かりました」

両手を前に組み丁寧に腰を折る。卒業時の舞踏会を思い出して一瞬泣きそうになる。

「これ以上ご迷惑をかけないよう、気を付けますので。どうかまたレイラの食堂へ、いらっしゃってください」


返事を待たずに厨房に駆け込み、裏口から店の外を出る。

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