祭りの後
コークスは本来火力が強く中華料理で使われているのだが16世紀イギリスで調理用として特許を取られてるっぽいので西洋料理でもありと判断(いい加減)
「セレインの主日」も終わり、人々は後片付けに追われながらも、徐々に日常生活へと戻る。
私は最悪な気分で新年あけを迎えている。
ダガート様は結局一度もお店に立ち寄ってくれなかった。気落ちしているところ「愛の日々」の間に風邪を引いてしまい、そこで大人しく診療院に避難しなかったのが運のつき。部屋に留まっていたせいで主日に乱入してきた祭りを祝う人たちに酒を頭からかぶせられ、翌朝完全に風邪をこじらせてしまった。
さいわい熱はそこまでないのだが鼻づまりに咳と、風邪の諸症状に見舞われかなり苦しい。
この状況では店の調理などもっての外なのだが、実は去年のうちに新年明け「い」の一番で店の燃料搬入を頼まれていたのだった。
この世界での調理に使用する燃料は石炭を加工したコークスを使用している。ガスがないなどと文句は言うまい、薪ではないことだけでも感謝しないと!
業者が定期的に店の裏まで運ぶのだが、新年最初の搬入は主日の翌日早朝から。新年早々レイラさんたちに風邪のことを伝えて代わってもらうのも悪い気がして、早朝のコークス搬入だけ行い、マイサーさんが来たら風邪を引いたことを言って家に帰らせてもらおう。そう決めて出来るだけ着込んで食堂へと向かった。
……ずびっ。
鼻づまり甘く見ていました。肉体労働で酸素吸入がうまくいかないとあっという間に酸欠になるね。
口で息をしようとすると今度は咳が出るし、粉じんを防ぐために顔に巻いたタオルの下の惨状はちょっと想像したくない。それでも体を動かして暑くなったのでつい上着を脱いだら汗に濡れたシャツに冷たい風が…。
あ、まずい風邪悪化フラグだ。うわぁでも汗が気持ち悪い、上着着たくない。
…運ぶ燃料も残り少ないしちゃっちゃと終わらせてこちらからマイサーさんの家に寄ってから帰ろう、うんそうしよう。
「エディー!」
はっ、よかったー!早いですねマイサーさん……じゃない。
・・・・・・・・・・・・
新年の集いでの談話室にて、ダガートがエディーの名をつぶやいて一瞬彼女のことを詮索されるのかと警戒したが、なぜかしばらくこちらを見たり何もない空間を見たり視線を泳がせたあげく妙な質問をしてきた。
「チャートリー、エディエンヌ嬢にはエディーという親戚はいるか?」
……。
何を言っているんだこいつは。
質問の意味を理解できずポカンとすると慌てて撤回してきた。
「いや、違う、なんでもない。忘れてくれ」
「なんでもないわけがない。なぜエディエンヌの愛称を知っている」
それを聞いてダガートは再び呻き始めた。
こいつは、ひょっとして、
「エディーに会ったのか?」
「エディエンヌ嬢は今どちらに?」
ほぼ同時に発せられた質問で理解した。
ダガートはエディーに会ったがそれが本人なのか確信できていないのだ。
寸の間悩んだがすぐ決めた。まだ混乱しているらしいダガートに言葉をかける。
「ダガート、これから話すことは他言無用だ」
はっとしてダガートはこちらを見て頷く。
「…分かった」
簡潔にチャートリーは自分が知っていることを伝えた。エディーが侯爵家のすべてを清算したこと。誰にも行方を告げず姿を消したこと。
侯爵家の清算のくだりなど伝える必要ない話も、なぜかダガートに話してしまった。もしかしたらチャートリーも誰かに知って欲しかったのかもしれない。
エディーは馬鹿かもしれないが、ただの愚かな令嬢ではないことを。ダガートなら信じてくれるだろうか。
「手を尽くしたがエディーがどこにいるのか分からないんだ。ダガート、お前が会ったという娘はエディーと名乗っているのか?……本人と分からないほど様変わりしたのか?」
しばらく黙っていたダガートは頭を振った。
「…俺はエディエンヌ嬢の顔をよく思い出せない。学園にいたころもそんなに関わっていた訳ではないからな」
思い出してみるとエディーがダガートに嫌味や皮肉を言ってもチラと見るだけで大体流されていた。
「様変わりは…変わったと言えば変わった。いまだにエディーと学園のエディエンヌとは重ならない。ただ髪の色が同じということは今思い出した」
「目の色は?」
「エディエンヌ嬢のは覚えていないが、エディーの瞳の色はお前と同じ深緑だ」
チャートリーはため息をついてソファーから体をずり落とし天井を仰いだ。
「……そのエディーという娘とどこで会った?」
・・・・・・・・・・・・
主日の翌朝にはダガートを急き立てて馬車に乗り、エディーと名乗る娘の場所に案内させた。案内の段になるとダガートは気が進まなさそうだったがチャートリーも気が逸っていたのだ。
「…この時間なら家にいるかも知れないが、店の方に早くから仕込みをしていることが多いから先に店に行ってみよう」
「本当に仕込みなんてできるのか?」
何度聞いても信じられない。あのエディーが包丁を握っているのか?レティスフォント侯爵家令嬢が?
なぜか聞くたびに不機嫌になるダガートはむすっと答える。
「エディーの作った飯はうまい」
やはり信じられん。ダガートが会ったエディーというのは別人なのかもしれない。「あの」エディエンヌがよりによって「下町」の「食堂」で「料理人」をしているなんて、有りえない単語の連発でチャートリーは現実感がなくなってきた。
中央通りから城門近くまで行って下町に続く道に曲がるとすぐに家並みが粗末になっていき、知らずチャートリーの眉間のしわが深くなる。しばらく進むとダガートは馬車を止めて降りる。
「馬車は目立つから返そう。というよりお前の格好が目立ちすぎる。もう少し質素な服はなかったのか?」
ダガートがチャートリーを見やりながら言う。
深い色のラウンジジャケットとベストは色味こそ地味とはいえ生地は上等。どう見ても下町に不似合である。
「剣を差したお前に言われたくない。…ここはそんなに治安が悪いのか?」
ダガートは首を振る。
「いいや、ここら辺は巡回の騎士がいるから、治安は悪くないし俺もこの格好で違和感はない。ある意味目立つのは確かだがな」
チャートリーは周りを見る。早朝の町並みはまだ人通りが少ない。
「さっさと行って確認が取れればいいだろ。行こう」
馬車を降りてすぐのところにある小さく、みすぼらしい食堂を見て眉をひそめる。下町ではこれが当たり前なのか。
店の裏で人の気配がしたので回り込むことにした。そこにいる人物が「エディー」であって欲しいのか、そうでないのか自分でもよく分からないまま。
酒瓶や箱が雑然と積み上げられた場所で小柄で細い人影が咳き込みながら何やら運んでいた。
ダガートが声をかけるとハッとこちらを見上げた顔を見て、言葉が出なかった。
侯爵夫人より受け継いだご自慢の金髪は見る影もなく短く切られていた。薄手で粗末なシャツは煤塗れで顔に巻いたぼろ布も黒く汚れている。わずかに出している顔も煤がついているがエディーだとチャートリーはすぐ分かった。
エディーも目を見開いてこちらをじっと見る。しばらくお互い何も言えず見詰め合った。
急にエディーが咳き込みはじめ我に返るが、先にダガートがエディーのもとに駆け寄った。
「エディー、大丈夫か!?」
「だいじょ…げほっ、風邪引いただけですから。げほっげほ」
「風邪なのに何をやっている!そんな格好で…ああよこせ!」
ダガートが彼女の抱えていた箱を取り上げそこらに置くとエディーは慌てたように言う。
「あ、それは店の中に運び込むんぐ、ごほごほっ」
咳き込みながらも箱を再び持ち上げようとするエディーにチャートリーは近づき腕を捕まえる。
「…ここで何をしている」
思ったよりも低い声が出てエディーはびくっと肩を跳ね上げてこちらを見た。
「なんで、ここにいるのチャーリー?」
「それはこちらの台詞だ」
「見て分からないの?けほっ、働いているのよ」
頭に血がのぼっているのが自分でも分かるが、出てくる言葉はなぜか少ない。
「帰るぞ」
「どこっ、げほっ、チャーリー!?」
「おい、チャートリー!!」
引きずるようにエディーを表通りに引っ張って行く。
と、目の前になぜか店の裏に回り込むときにはなかった壁が。
「てめぇ、エディーになにしてやがる!!!!」
壁から丸太のような腕が伸びて首を掴まれた。
最悪なコンディションで再会したせいで色々誤解されたよニンニンの巻




