主日
輝くシャンデリアの下。華やかに着飾った男女が談笑している。
「セレインの主日」に王太子が主催する若い貴族たちの集いである。王太子と同じ学園出身の者が多いため、集まりは同窓会の様相を呈する。
それを見ながらダガートはアルマニャックが入ったグラスを傾ける。
会食は終わり、みなサロンに場所を移し食後酒を飲みながら政治談話からスキャンダル話に花を咲かせている。
王家お抱えの料理人が腕によりをかけて供された料理は当然一流のものばかりだが、どうしても食堂の、エディーの料理と比べてしまう。
年末の忙しさを言い訳に食堂に足を向けなくなって数週間。味などすぐ忘れると思っていたがなかなかに重症のようだ。
今年の主日は当番から外れたがいっそ巡回に駆り出される方が気が紛れるかも知れなかったとため息をつく。
グラスを手で温めながらイエンとの会話をぼんやりと思い出す。
『お前さ、あの娘落としてそれからどうするんだ?』
『どうって…』
『結婚まで持っていく気があるか?』
『それは…』
ないわけではない。女を弄ぶなどという考えがないダガートは付き合い=結婚ぐらいの真面目さでエディーを口説いている。
年齢も貴族であれば婚姻を考える歳だ。
『問題ない。王太子妃とて平民だし俺は公爵家出身とはいえ次男だ。障害はさらに少ないはずだ』
『お前が良くても嬢ちゃんだよ』
イエンは分かってないなとばかりに顎をしゃくる。
『お前らが考えるよりも貴族の地位って平民には魅力がないんだぜ?』
『え?』
『不相応ってやつだ。貴族なんてしきたりや見栄でがんじがらめになった世界に入るのは金目当てか顕示欲が強いかよほどの馬鹿ぐらいだ』
それは暗に王太子妃を貶めているのかとダガートが顔を顰めるがイエンは言葉を続ける。
『王太子妃はそりゃあ玉の輿だとか持てはやされてるが、市井のおばさんとかはこう言うんだぜ?<可哀そうに、これから色々と苦労するだろうねえ>って』
現にしがらみと苦戦している妃を知っているダガートは反論できなかった。
『覚えておけ、普通に生きてて、なおかつ現実が見えてる娘にとって<貴族>なんてものはどん引きポイントでしかないんだよ』
それを聞いて急に怖気づいた。今までエディーに悪く思われてないと感じていたのは気のせいで、本当は迷惑だったが自分の身分もあって断れなかったのではないかと。
「ダガート!」
ふいに名を呼ばれて顔を上げる。
「殿下…」
にこやかに近づいてきたのは王国の第一王子アルスフォン・エティヤード・ハイルゾンだ。傍らには一昨年めでたく妃となったリリアーナがいる。
「どうした?ぼーっとして、同窓会が楽しくないのか?」
「いえ、懐かしい顔がたくさんありました」
それを聞いてリリアーナがコロコロと笑い声をあげる。
「まあ、まだ卒業して3年も経ってないのですよ?しかも去年も集まっていたのに懐かしいだなんて」
「まるで年寄みたいな発言だな」
王子にも笑われダガートは苦笑する。
「面目ない」
ふとリリアーナに目を向ける。…少し痩せたのかもしれない。
「妃殿下は変わらずのようでして、あまり無理をされませんよう」
王子はそれを聞いて代わりに答える。
「君は去年もそうやってリリィを労っていたね。心配しなくても、リリィは私が守るよ」
そう堂々と言う姿をリリアーナが信頼を込めた視線で見つめる。
王太子夫妻と別れたダガートは再び会場を彷徨う。
何人かの級友や女性に話しかけられもしたが、元来社交能力が高いわけではないので当たり障りのない挨拶をしては適当に切り上げる。
考えてみたらエディーとの会話も盛り上がることなくポツポツと続けることが多い。それを彼女が特に気にする様子がないからこそダガートもエディーと一緒にいて気が楽だと思っている。たまに料理の話題を振るとニッコニコと満面の笑みで話を始める彼女の表情を見るのも楽しい。
…どことなくリリアーナ様に似ているのかもしれない。あの方も話していて気楽だったな。
さきほどの二人の姿を見てダガートは思う。リリアーナ様は覚悟をもって王子と結ばれ、王子もその覚悟に応えているこそ、この夫婦は互いに支えあってこの場所に立つことができるのだと。
ダガートが思い浮かべるのはやはりエディーであった。
彼女は料理に関してこそ覚悟を持っているが、その並々ならぬ思いをこちらに向けてくれる可能性は低い。
分かっている。それでも―――もう一度会いに行こう。身分を盾にして迫っているのではないと理解してもらって本心を聞き出そう。
同じ会わないのであれば思いを打ち明けて断られた方がまだましだ。そもそも何もせず撤退なぞそれこそ自分らしくない行動だった。
グラスを呷り、退出の算段を立て始めたダガートの視界がふと早足に歩いてくる人影をとらえる。
・・・・・・・・・・・・
チャートリー・レティスフォントは若干いらついていた。
去年も出席した新年の集いだが、どうしても顔ぶれを見るにつけ、ここにいない従姉妹を思い出してしまうのだ。
エディエンヌ・レティスフォント。学園で狼藉を働き、実家である侯爵家も不正に手を染めついには爵位はく奪にまで追いやられ、彼女も一平民に身を落とした。
卒業式を兼ねた舞踏会という晴れ舞台で罪を暴かれ処分を言い渡されるという罰は、見栄と身分しか取り柄がない愚鈍な令嬢にとってこれ以上ないほどの恥辱であったはずだ。
だがその場の全員の予想と違い、彼女はまるで自分の処遇を予知していたかのように淡々と結果を受け入れ、堂々とした態度で会場を去った。今までのエディエンヌを知っている学園の一同はきっと夢でも見たと思ったに違いない。
そしてその後のエディエンヌはチャートリーしか知らない。
まるで別人のようになった彼女はテキパキと残務処理に手を付け、家財、屋敷、使用人、果ては父母まで、レティスフォント侯爵家のすべてを清算して姿を消した。
置手紙には迷惑をかけたくない、一人で生きていけるから心配ないという旨が書かれていたが、生まれてこの方働いたこともない令嬢がいきなり世間に放り出されて無事に生きのびること自体土台無理な話だ。手を尽くして探しても見つからないまま数ヶ月、ぽつりと署名のみ書かれた手紙が届いた。
自分の現況には一切触れず、ただ心配をかけていると思うが申し訳ない、元気にやっていると書いた手紙はその後2、3か月ごとに届き、しばらくするとわずかばかりの金も一緒に届くようになった。
「あら!レティスフォント男爵!!」
甲高い声が響いて物思いに沈んでいた意識が急浮上した。こちらに向かってきた二人組を見て、チャートリーは舌打ちしそうになる。
返事をせず無表情で目を逸らしたが、孔雀のように着飾った女性たちはお構いなしに近づいてくる。
「このたびの授爵おめでとうございます。本当にあの方と大違い!レティスフォント家はやはり伯爵家に限りますわね」
「あら、私は最初からレティスフォント伯爵家が本筋だと思ってましたわよ」
いけしゃあしゃあと話しかけるこの二人はミナール・ペレストとシェリーヌ・ワイット。学園時代エディエンヌと常に行動していた取り巻きである。
エディエンヌが現王太子妃のリリアーナに嫌がらせを行っていたと殿下本人に現場を押さえられた途端、すべてはエディエンヌの指示で、自分たちは脅されて嫌々やっていたのだと罪を全てエディエンヌになすりつけた。リリアーナにも謝罪をし、一応の許しを得たため表立って彼女らをこれ以上責める者もいない。だからといってこのような場にぬけぬけと顔を出してくるとは。
「そういえばエディエンヌ様―――ああ、今は一平民ですわね。お元気でやっていますか?」
露骨な好奇心と、同じレティスフォント家ということでどこか見下すような視線で質問されて、チャートリーは貴族の分別など捨て大いに顔をゆがませた。
「知りませんな。もし気になるのでしたらご自分で連絡を取られたらどうです?」
吐き捨てるように言い、返事を待たずに大股でその場を離れる。
去年も一昨年も集いで何度となく聞かれた質問である。結局侯爵家が断絶しようが、未だにこういう風に自分たちが煩わされる。
腹が立つ。
だが彼女からの手紙の方がこんな詮索よりも数段チャートリーを苛立たせた。
―――寒くなってきましたが皆様お風邪を引かれませんように。私は元気にやっています―――
つらつらと、数行綴られただけの安物の便箋と数枚の銀貨を目の当たりにする度にチャートリーはなぜかそこらの壁を殴りたくなってしまう。
贖罪のつもりか。
こんなものを望んでいると本気で思っているのか。
『無事でいるようだし、放ってあげなさい』
そう父である伯爵が呟いたのを聞いたときは逆上しそうになった。
―――ふざけるな!エディー、どこにいるんだ!!
叫びそうになるのをぐっとこらえ会場を見回す。そこに従姉妹の尊大な姿などあろうはずがないのに。
一瞬逡巡したがすぐに決める。大人げないが殿下に挨拶をして早々に退出させていただこう。
そう思いもう一度会場を巡ろうとすると、すぐ側にいた男が近づいてきた。
ダガート・クレメイン。同じ学園の同期で騎士の中隊長を務めている男だ。
家格は向こうの方が上だがあまり身分差を気にしない男で普通にチャートリーとも交友がある。
ダガートは気遣わしげな表情でチャートリーに話しかけた。
「後ろ、追ってきてるぞ。小部屋に避難した方がいい」
チャートリーはこれ以上にないほど顔を顰め、振り返らずにダガートに続いた。
前作のリリィはエンディング後すぐ結婚できたわけではありません。1年ぐらい花嫁修業とか色々やっていました。




