セレイン祭
気温が一気に落ち込んできた。この国では冬になると雪が降る。王都も例外ではなく朝の雪かきも日課になっている。
ダガート様はふとレイラの食堂に立ち寄らなくなった。
お仕事が忙しいのかなとレイラさんたちと話しているが、正直心の中は穏やかではない。
私の料理に飽きたのだろうか。
ダガート様の謎の攻勢を回避しようとしたときに不興を買ってしまったのだろうか。
どちらを考えても心が苦しくなるので、出来るだけ考えないように仕事に集中することにした。
小麦粉、砂糖、卵、牛脂にドライフルーツにナッツにラム酒。アパートの共同キッチンで生地を混ぜていると、隣室の住人のマイが声をかけてきた。
「今日は何を作っているの?」
「プディングだよー」
「あーもうすぐセレイン祭だもんね」
元いた世界のクリスマスと新年の代わりのように、ここの世界では冬になるとセレイン祭がある。
期間はかなり長く2週間あるので、年の最後の月に入った時点で皆そわそわと準備に取り掛かっている。
セレイン祭の最初の10日間は「恵みの日々」と言われて、隣人、友人、同僚など、レイラの食堂であればお客さんたちとプレゼント交換をする。
贈り物は主にパイやチーズ、お菓子などの日持ちする食べ物が主である。
それをすぎれば暦の上では新年になり、「愛の日々」と呼ぶ3日間に入る。この間はみな家や教会で静かに祈りを捧げて家族と過ごす。ちなみに独り者たちには「孤独を噛みしめる日々」と呼ばれて大変評判が悪い3日間でもある。
そして「愛の日々」の翌日が「セレインの主日」。すべての人がすべての人を祝うといういわゆる無礼講のどんちゃん祭り。
貴族の家はさすがにあまり羽目を外さず貴族同士でよろしくやっているのだが、下町に来てこのアパートで私は初めての庶民の祭りを体験した。
いやなんというか、もうすごいの一言。アパートの住民同士が遠慮なくお互いの部屋になだれ込んでは酒をぶっかけるわ、「恵みの日々」で余ったパイを投げるわでもうぐちゃぐちゃ。
ちなみに貴重品は前もって地域の銀行が無償で金庫を開放しているので多少の器物損害や盗難は遭うけどそこまで被害は大きくならないらしい。とはいえ祭りの常で揉め事が起きたり路上に飛び出た酔っ払いが暴徒化する危険性もあるため、自警団、警備隊や騎士団の人たちにとっては厄日である。
ダガート様に聞いた話だと、祭りというのは民が普段溜まっているストレスを発散する日でもあるので、「セレインの主日」の治安は現在の政に対する試金石にもなり得るらしい。おかげさまで現在王国の情勢は安定しており、治安維持の各組織は毎年の持ち回りで十分とのこと。
それでもその年の当番になると主日どころか「愛の日々」も全て祭りに備えて準備や訓練にあてられてしまうので厄日には違いない。心の中でそっと合掌する。きみたちの尊い犠牲は忘れないよ。
考えながらも手を動かしているとマイが手元を覗きこむ。
「普通のプディング?」
「へ?」
「いや、エディーなら何か変わったことしそうだなと」
「か、変わったこと…」
確かに工夫はしているが奇を衒ったつもりはない。思わず動揺してしまう。
「しているつもりないけど…変かな?」
マイがはっとしたようにバンバン背中を叩く。
「やっだぁ~そういう意味で言ったわけじゃないから!エディーの料理ってなんというか、斬新?あ、こんな組み合わせでもおいしいんだ!って味は外さないって皆も言ってるからエディーは自信持っていいよ!!」
「痛い痛い!」
悲鳴を上げるとあははと悪びれずに両手を上げる。
マイは近所の青果市場で働いている子で、くるくるしたこげ茶の髪と新緑の瞳で人形みたいにかわいい外見なのだが、中身はご覧のとおりかなりガサツ…いや気風がいいのだ。
「そういえばエディー去年はパイを作ってたけどお菓子は作らなかったね」
「今までお菓子を作る余裕がなかったから…今年はマイサーさんに教わって基本レシピから作ってるの」
「へぇ、エディーが作るならおいしいんだろうね」
「うーん、どうだろう、お菓子は本当に作ったことないから微妙かも」
苦笑するとマイが何やら思いついたようにポンと手を打つ。
「そういや今年は彼氏もいるしね!贈るにも食料品よりやっぱり甘いお菓子のが雰囲気あるもんね!」
「んがっ!?」
思わず抱えていたボウルを取り落す。
「違うから!ダガート様そういうんじゃないから!!」
「まったまたぁ~。聞いてたけどお店にエディー目当てで通ってたというっしょー」
「最近全然来てないから!」
「…え?そ、そうなの…喧嘩した?」
「だからそういうんじゃないってば…飽きたんじゃないかな。ほらいいところの坊ちゃんぽいから、下町の食堂が珍しいとか」
「いやそういうボンボンな感じはしないけど…あーうん、きっと忙しいんだよ」
ポンと肩を叩かれ慰められると胸が痛む。
あれだけ私の料理に対して素直な好意を表す人だ。
私が彼に対して距離を置くのもダガート様に何か非があるわけでなく完全にこちらの不徳の致すところ。友人になってくれるのなら諸手を挙げて大歓迎な好人物を嫌うなんて土台無理で、ラブではなくても確実にライクという感情を抱いている。
そんな人が突然姿を見せなくなったら、何かあったのか、何か嫌われたのか怖くなってしまうのも致し方ない。そう全力で胸の痛みに対して言い訳をする。
「恵みの日々か…」
型を取り出しながら呟く。もし新年までの間にダガート様が店に来てくれたら、祭りにかこつけて何か送るのはいいかも知れない。お菓子はまだ練習中で自信はないが、ジビエのパイなら自慢できる。山鳩のパイ包みとかどうだろう、色々とレシピを思い浮かべ、私は気持ちが少しずつ浮上してきた。




