包囲網
涼しく過ごしやすい毎日から少しずつ朝起きた時の気温が肌刺すようになってきた。
ジビエのシーズン突入である。収穫祭が終わってすぐパウロさんから返信があり、油を使ってキジ肉に塩を馴染ませる方法や鹿の焼き方など色々教えてくれた。多分こういうコツって師匠の仕事見ながら盗むものであって手紙でホイホイ教えてもらえるわけではないと思う。パウロさんには本当に足を向けて寝れない。
そしてまたランチタイム。今日はウサギ肉のポレンタ添え。
ウサギは前日からセージ、オリーブオイル、オレンジ果汁と塩コショウで漬け込んだもの。それをエシャロットと一緒にじっくり炒め、ケッパーとオリーブ、ブイヨン・ド・ブフと白ワインで煮る。とうもろこしの粉を煮込んだポレンタは朝のうちに仕込んでおいたものをブイヨンとオリーブオイル、バター、塩を加えて更に煮込んでから皿に敷き、鍋の中のウサギ肉をもう一度ローストしたものを盛り付ける。前準備に手が込んだ分、味がよくしみ込んだウサギ肉は自慢じゃないがかなり柔らかく仕上がっている。
ポレンタを混ぜているととレイラさんが厨房に入って手招きをしてきた。
「?なんでしょうか?」
近づくとレイラさんは期待に満ちた顔で小声で耳打ちしてきた。
「ダガートさんまた来たわよ!」
……。
今、目の前にダガート様とパウロさんがいたら私は迷いなく尻尾を振ってパウロさんの方へ走るだろう。
収穫祭以降、いや、そもそもそれ以前からダガート様は好意をこちらに向けてくれているが、祭り以降は完全に気持ちを隠さずにアプローチをかけてきている。
私はというとフラグ回避をしたいのもあるが、それ以上に恥ずかしすぎてまともにダガート様の相手ができていない。
とはいえお客さんとして来てくださったのであれば逃げることはしない。
「分かりました。あとであいさつしておきます」
そう答えて再び鍋の中のポレンタをかき混ぜながら調理に集中する。
よかろう、ダガート、正々堂々と料理で勝負だ。
・・・
「うまかった」
満足そうな表情で食後酒のグラスホッパーに口を付けるダガート様を見て思わず笑ってしまった。
褒め言葉のバリエーションこそ少ないが、私から見るとダガート様の表情はかなり分かりやすく、こんな顔を見ると私も作り甲斐があったと嬉しくなる。
これで攻略対象じゃなければなー。そして…
「ランチタイム終わったけどダガートさんはゆっくりしていきなさい」
「あ、今日の賄いは俺が作るからエディーは座ってダガートさんと話していろ」
この露骨な包囲網がなければなー…。
「エディー」
「は、はい?」
ダガート様が穏やかに話しかけてきた。
「この食堂で働いて3年経たないと言っていたな」
「はい」
「その前はどこにいたんだ?」
キターーーー!!詮索フラグキターーーーー!!
三田先生お願いします!!
「あー、えーと、実は料理と全然関係ない仕事をしてまして…」
「というと?」
「えーと、資料とか、契約書とかを作ったり、書類を整理するような仕事です」
嘘ではない。三田恵の前職である。
「どうりでエディーちゃんってなんか知的な感じがしたのよー」
振り返るとレイラさんが興味津々に身を乗り出していた。そういえば私ほとんどここに来る前の話していなかったな…。
「中央で働いていたのか?」
「あーいえ、し、商人のところで働いていました」
「なんでまた料理人になろうとしたのさね?せっかく教養があるならそっちの方が安定しているでしょうに」
死んで転生?したからです。とはいえない。
「手に職に憧れていまして。料理も好きだったので若いうちならまだ転向できるかなあと思いまして…」
「まあもったいない!」
レイラさんが私の手を掴んで持ち上げる。
「ウチに来た頃は綺麗な手だったのよ!なにを好き好んでこんな苦労を…ねぇダガートさん!」
同意を求められるとダガート様は困ったように笑った。
「職に貴賤はない。それに俺はエディーの手が好きだ。その手で一生懸命作ってくれたエディーの料理が食べれるし、その転機にはむしろ感謝するべきだろう」
好意を包み隠さず爆弾落とすのやめてください!乙女+喪女の混合体にはダメージきついです!顔が熱いのが自分でも分かります。
というかマイサーさんはどうした、早くきて―っ!
「マイサーさん遅いですね…。ちょっと手伝ってきます」
脱出のため立ち上がると厨房からマイサーさんが皿を手に出てきた。
「ああ。大丈夫大丈夫!ちと手間取ってな」
久しぶりのマイサーさんの豪快賄だ。猪の煮っ転がしと…これは。
「マイサー特製皿焼きプリンだ!」
そう、マイサーさんは意外と器用でデザートも作れる。ちなみに私は手を出す余裕がなくいままで手伝い程度でちゃんと作ったことがない。いずれチャレンジしたいな。
「あらあら、食後の紅茶も飲みたくなるね」
レイラさんに言われて気付いた。
デザートまで出てきたのは引き延ばしか?
ダガート様とのお見合いの引き延ばし作戦に違いない!
とにかく高速で昼食を平らげ早急に夜の仕込みにかかろうと思う、が
「プリンおいしい…!」
くぅ、マイサーさん、料理は豪快なのにお菓子はなぜこんなにほっこりする味なのか。
「おう、そんな難しいことはしてないから今度教えるよ」
マイサーさんは最後の一匙を口に放り込みながら言った。って食べるの早っ!
「よろしくお願いします!」
「あら、エディーちゃんが菓子に手を出したらそれはもう凝ったものが出そうだね!」
「いえそんなことありませんよ」
「俺の焼きプリンも極められるのか、それは楽しみだな!」
「やめてくださいハードル上げないでください~」
思わずテーブルに突っ伏すとダガート様が吹き出したのが聞こえて、慌てて身を起こすと愉快そうに目を細めたダガート様と目が合う。
「ああ、すまん。エディーは本当に見ていて面白いな」
褒められているのか分からないけど凄まじく恥ずかしいのは分かるぞ!
「ふぉお、見ないでください!?」
慌てて手を顔の前でブンブン振り回す。
「こら、危ない」
相変わらず笑いながら手を掴まれた。ぎゃああ接触止めて!!絶対顔赤いコレ!
「すいませんすいません!」
(主に私が)騒いでいると横でレイラさんたちがのんびりお茶を飲んでいる。
「あらあら若いわねえ~」
「レイラに会った頃を思い出すなあ」
うわああん四面楚歌!!
・・・・・・・・・・・・
「なんだ、まだ落とせてないのか?」
「うるさい」
「その態度はなんだ、折角色々アドバイスしてやってるのに」
ニヤニヤ笑うイエンを見てダガートは思わず眉をしかめる。いくら昔花屋の娘に一目ぼれして口説き落として結婚まで持ち込んだという実績があるとはいえ、この男に相談したのは間違いなのかもしれない。
「おいおい、実際名前でちゃんと呼ばれるようになって進展はあったんだろ?」
「そこから先に進まない」
そう、エディーは料理に関しては饒舌になるがその他の話題になると口数が減る、特に自身に関する話題となると表情が硬くなる時すらある。そしてイエンが助言してきたアプローチをかけても赤くなって反応こそすれ、そのあとは色々口実をつけられて逃げられることが多い。そのことがダガートがエディーに好意をはっきり告げることを躊躇わせている。
「嫌われてはいないと思いたい」
ため息をつくとイエンが思案気に片眉を上げる。
「お前、クレメインの爵位とか話したか?」
「いや?」
「ふぅむ。でも『ダガート様』だろ…?」
イエンはざりっと顎の不精髭をなでる。
「まあ隠してるわけでもないから知ってたのかもな…」
「なにを?」
「ダガート、これ以上押してもなびかないなら諦めることも考えろ」
「なに?」
イエンは数えるように指を折った。
「お前ほどの男が口説いても落ちないとなると、嬢ちゃんに他にいい男がいるか…」
「いない」
不機嫌な顔で即答したダガートをみてイエンが吹き出しそうになりながら、指をまた一つ折る。
「それか今は仕事第一、男にうつつを抜かす暇はないと思っているか。まあ、あの若さなら恋に憧れる年ごろだろう。あとは―――」
ふとイエンは真顔に戻る。
「お前が公爵家の息子と分かって距離を取っているかだ」




