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5話 友


 今日も今日とてルイがエミールに付き(まと)っていた。部屋を同じくする寮の中はまだ許容出来る。しかしながら授業の合間や食堂で、毎度のようにどこからともなく出現するのは頂けない。流石に毎回必ず出会(でくわ)すというわけではないが、遭遇率八割越えは余りにも頻度(ひんど)が高過ぎると言えた。

 また学園において初年生は、交友関係を広げたり交流を活発化させる機会として、朝一番の授業は学科を分けず合同で基礎知識や教養を学ぶのが基本となっている。そのため毎朝、騎士科のエミールと魔術科のルイが同じ教室で授業を受ける状況になっていた。


 それでいて腹立たしいことに、彼はすこぶる優秀で、エミールが少しでも苦戦するや、分かりやすい解説とノートで手助けしてくるのだ。おかげで授業について行けなくなることは皆無である。定期試験の心配も全くの無用となりそうだった。


 ──いや、そうじゃなくて。


 エミールは頭を抱える。

 当初ルイとは付かず離れずの距離を保ち、いわばモブキャラとしての本分を全うするつもりだった。だが今や彼の方からべったりこちらにくっついてくる。ゲームのストーリーから早々に逸脱しているのは明らかで、出来るものなら軌道修正したいのだが、現実問題そうもいかない。


 ルイはゲーム内において、ヒロインと交流を深めるうちに、愛への飢えとヒロインへの想いが暴走していくヤンデレキャラだった。

 そんな男と一度学友となってしまった以上、今更離れては余計に危ない。自分を捨てるのかと、ゲーム内で見せたような執着と愛憎が、エミール目掛けてぶつけられかねないのだ。

 (ゆえ)に、エミールは彼の友人であり続けることを覚悟するしかない……のだが……その覚悟をエミールは固められずにいる。


 いや、やっぱり怖えよ。無理だろ、ヤンデレ野郎とか。


 そもそも、ヤンデレキャラ云々(うんぬん)以前に、ルイの微妙過ぎる立場が、彼との友人関係を躊躇(ちゅうちょ)させる。

 国王の公的な愛人たる公妾(こうしょう)の子だが、後ろ盾となるべき実父実母(国王とその愛人)からの愛情は無く、宮廷からも追い出されている。加えてその彼が孤立した最大要因が、外聞(がいぶん)の悪い闇の魔力。

 エミールに言わせれば、厄ネタのオンパレードだ。同情の余地は限りなくあるものの、実際に近くに居たくはない。

 非公式とはいえ仮にも王の血を引く人間でありながら、高位貴族出身者が集う寮の方ではなく、エミールと同じ下級貴族や中流階級の生徒が集まる男子寮に身を置いていることも、ルイの立場がどういうものかを物語っている。


 ──そんな人間と、一緒に貴族中心の学園の生徒をやっていれば、やっぱりこうなるものだよなぁ……。


 そうエミールは現在の状況を達観する。左耳の隣に手が叩きつけられ、眼前には敵意たっぷりの覚えのある顔が居座っていた。以前ルイに詰め寄っていた上級生三人組が、今度はエミールを壁際に追い詰め、威圧する。


「お前、あの黒魔術師野郎の何だ?」

「何、とは? それに誰のことでしょうか」


 質問に問い返したエミールへ、上級生らが次々と怒声を浴びせる。


(とぼ)けるな! ルイの野郎と(つる)んでおいて」

「今更あいつが何者か知らないとは言わせねえぞ」

「一応はやんごとなき血を引いてるからって、媚び売るにしては見境いなさ過ぎだろうが。どんな貧乏一族だ、家名を言ってみろ」

「……セルジョン家です」

従卒(セルジョン)……ってことはお前軍人家系かよ」


 家の名前を問われ、エミールの表情が僅かに(くも)る。それでも平静を装った声でしっかりと答えた。しかし途端に上級生達の顔つきが嘲笑や侮蔑に歪む。


 ゲーム内では描かれていなかったが、この国の上流階級には貴族、騎士の家とは別に、国防を担う軍人の家系が存在している。

 そしてこの国において軍人は騎士と違い、大半の人間から下に見られている。貴族の従士を起源とするため騎士よりも地位が低いことも影響しているが、それ以上に職務への評価の差が大きい。

 騎士が魔物討伐や警察業務といった派手な任務の多い花形の存在であるのに対し、軍人は国境防衛など平和な世では陽の目を見ない任に当たる日陰者。更に騎士科を進んで学園を卒業した後、騎士としての基準に満たず騎士団に入れなかった卒業生は、官僚か軍人になるしかないために、軍人は「騎士落ち」と(さげす)まれることまであった。


 小馬鹿にした態度の上級生に対して、エミールは虚勢を張るように開き直った。


「それが何か? 我が家は辺境伯家の一兵卒から立身し、代々当主が中隊を率いる士官職を受け継いできた一族ですが」

「特許状を金で買ってだろ、誇れることじゃねえ。騎士落ちの家が」

雑兵(ぞうひょう)のまとめ役でしかない(いや)しい士官の息子風情が偉そうに」


 その言葉にエミールの目尻が鋭くなる。その雑兵と士官が居なければ、まともに戦さもできないくせに、と。


「何だその目つきは」


 鳩尾(みぞおち)に衝撃が現れ、肺の空気が外へ押し出された。突然殴られたエミールは背を曲げて咳き込む。が、髪を引っ張り上げられ、無理矢理上体を起こされた。気が付けば、別の上級生に羽交(はが)い締めされ身動き出来なくなっていた。

 それでもエミールは呼吸を整えるなり、皮肉気な笑みを浮かべてみせる。


「たった一人によってたかってこの陰湿さ。流石は由緒正しい家に生まれ、正々堂々を誇りとする王国騎士を目指す方々ですね」

「なっ……!」


 上級生らの顔色が、かっと赤くなった。二発目の拳が大きく振りかぶられる。

 それが猛烈な勢いで進み始めた瞬間、真っ黒な何かが巻き付き動きを止めた。殴り掛かろうとした体勢で制止された上級生だけでなく、エミールを羽交い締めしていた者にも黒いものがまとわりついてエミールから引き剥がされる。


「何だこれ!?」

「エミールから離れろ」


 突然のことに怯え取り乱す彼らに、冷酷な響きが重く伸し掛かった。漆黒の髪を触手のように逆立てて、暗い瞳孔を開かせたルイが、いつの間にか廊下の先に立っていた。前に掲げた右手をそのままに、一歩一歩こちらに進んでいく。彼が足を運ぶごとに、その影から黒い蛇のような蛸の足のような何かがいくつも伸びた。


 エミールは息を呑む。情報として彼が闇の魔力を持ち、闇魔法を操れると知ってはいたが、その異様、異質さを目の当たりにして背筋に冷えたものが走る。

 だが、それを無視してエミールはルイに駆け寄った。


「ルイ、そのあたりにしておけ」


 制止の言葉を聞いてルイは、はっとしたように怒気を霧散させる。代わりに戸惑いが現れ、それに同調するかの如く、彼の影から伸びた黒い触手も当て()なくゆらゆら揺れた。エミールはそれらに一瞬怯んだものの、なおもルイに数歩までの距離まで近付いた。


「もう十分だろ」


 そう言って上級生達の方を見やれば、ルイも連れられて同じ方角を向く。将来の王国騎士たる青年三人が、情け無い声を漏らしながら顔中から色々な体液を分泌させ、不恰好に手足をばたつかせて廊下を駆けていた。その有様にエミールは小さく吹き出し、ルイに向き直る。


「わざわざあんなことしなくとも、教師を呼んでくるだけで良かったってのに。顔を殴らせて、その跡を証拠に告発す(チク)る算段だったんだが」

「……でもエミールに殴られて欲しくなかったから」


 そう言って子供っぽくもじもじするルイに、またエミールが吹き出した。


「何だその顔、ガキじゃあるまいし……どうした?」


 きょとんと紫の瞳を丸くさせた黒髪の青年は、素直な言葉を紡ぐ。


「エミールって意外に荒っぽく喋るんだね」

「あー……ウチは軍人家系だから、兵と接する機会が多いし、連中……彼らを率いて任務に従事する事もある。それで兵隊の言葉がうつってな」


 エミールは何とはなしに後頭部をかく。


「普段は出ないんだが、気を許すとつい……あ」

「それって……! 僕に気を許してるってこと?」


 しまったという顔をするエミールに、ルイの表情が(ほころ)んだ。視線を逸らしたエミールの鼻や頬に薄紅が浮かぶ。それにルイがふふっと含み笑いすると、エミールの目が向き直った。そしてルイと同じような笑みが(こぼ)れる。小さな笑い合いはやがて、からっと気安い笑顔となった。

 エミールは思う。


 こいつは良い奴だ。自分が追い詰められても、あの力を使おうとはしなかったのに、友と認めた人間を助けることは躊躇(ためら)わなかった。そんな人間を前世のゲームの情報だけで厄介者と決め付け、遠ざけようなど、さっきの上級生連中と変わらない。

 もうゲームストーリーに気兼ねするのはやめだ。ルイは自分の友、それでいいじゃないか。


 ルイをキャラクターではなく、一人の人間として見たエミールは、彼と友人として付き合うことに決める。そして彼が道を踏み外そうとしたら、全力で止めると心に誓った。


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