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21話 大規模討伐作戦


 エミールの前に公爵家の隠密ノワールが突如として現れた。それ自体は一週間に一度の頻度(ひんど)で起きているため、眼前に黒尽くめの男が唐突に出現しても、すっかり慣れたエミールはそう驚かない。

 だが今回は往時とは異なる報せを携えていた。ノワールから受け取ったセリアの手紙には、いつも通りの近況報告に加えて、ゲームストーリーに大きく関わる情報が記されていた。その内容に、エミールの瞳が鋭くなる。


「……そうか、あのイベントが起こるのか……気張らねえとな」


 ぽつりと漏れた呟きの声色は酷く固かった。




 夏の盛りに入り、夏期休暇まで二週間を切った日、今学期最後の合同実習が行わようとしている。


 今回の実習は学園よりやや足を伸ばして、王都から南へ数日の山地が舞台。全体を合わせると国土の四分の一にもなるこの広大な高地は、魔物の領域である南方の森、その外縁にも接している。そのため低級の魔物のみならず、奥地からやってきた中級に分類される魔物も生息する地でもあった。

 緩やかな傾斜の丘陵を落葉樹が覆う一方、時折見かける石垣や塚のような花崗岩が、この地は太古の火山活動の結果形成されたのだと語り掛ける。


 ここまで生徒を引率してきた教師が、数百人もの武装した学生を前に、今回の実習の説明を行う。その面持ちはやや険しさがあり、常時の実習とは緊張感が異なることが嫌でも分かった。


「通常、騎士団の巡回と間引きによって、この地の魔物が人里まで降りてくることは滅多になかったが、最近の活発化の影響か人里近くでも魔物の姿が目撃されている。それだけ魔物が奥地から出てきているということだ」


 固い表情のまま教師が続ける。


「この魔物の出没数増加に、残念ながら騎士団の対応は十分に追い付いていない。故に我が王立学園は特務パーティによる討伐活動に加えて、合同実習の実施地域を変更し、この地での大規模討伐作戦を敢行するに至った! 各々その意義と責任をよく自覚して(のぞ)むように」


 その場にいる全生徒が「はいっ」と唱和し、それぞれの得物を握る手に力が入った。

 今までの実習は低級の魔物のみ、しかも(グラウリー)が現れた一件を除けば、少数を相手するだけだったが、今回はそれらと大きく異なる。いよいよ本格的に魔物の群れと戦うことになるだろう。それも、単独でさえ一般騎士に匹敵し得るという中級の魔物と、直接相対する危険性さえあるのだ。

 それを念押しするかの如く教師が最後に付け加える。


「本合同実習は実習でありながら実習ではない、完全な実戦と心得よ。決して警戒を怠ることなく、また無理もせず、討伐より身の安全を優先するように。生徒のみでの対処が難しいと少しでも感じたら、即座に魔術で信号を打ち上げること。絶対に躊躇(ちゅうちょ)するな」


 緊張を(はら)んでいた場の空気が、更にぴりっと引き締まった。幾人かから固唾を呑む音もする。


「では、始めっ」


 そしていつもの実習と同じく、(パーティ)の編成が行われた。唯一常時と異なるのは、監督役を務める筈の上級生が、パーティをまとめるリーダーとなったことだ。代わりに教師陣が、高台などの要所にて待機することで可能な限り全体の状況を把握しつつ、不測の事態に備える。

 緊張の面持ちの生徒達がパーティを組み始め、エミールもルイと共に動き出す。パーティリーダーを務める上級生は、いつも通り以前から世話になっている軍人家の青年──エミールの実家の上官に当たる家の次期当主──だが、今回は更にパーティへ新顔が加わった。


「よっ、俺っちもお前らの(パーティ)に入れてくれよ」

「ダミアン、良いのか? お前が今まで組んでた隊はどうすんだ」


 癖のある暗い赤毛に薄紅の瞳、そしてそばかすの散った顔の青年が明るい声を掛けてくる。ダミアンという名で呼ばれた彼は、軍事学研究会の調練にて、最初にルイへ話し掛けた軍人家生徒だ。

 当初は軍人家生徒達から敵意を向けられていたルイだが、毎日へろへろになりながらも弱音を吐かずに調練へ参加し続ける彼を、一番始めに認めたのがダミアンだった。彼がルイに気さくな様子で話し掛けたことをきっかけに、他の数人が声を掛けるようになり、軍人家生徒の初年生らの間の空気も徐々に変わりつつある。


「いいのいいの、何も毎度同じ面子じゃないといけない決まりもないし。それにお前らと俺っちの仲だろ、水臭いこと言うなって」


 初めてルイに声を掛けた時から変わらない態度に、エミールとルイの表情が緩む。この軽やかさのおかげで、ルイと軍人家生徒との空気が変わり、互いの壁が低くなったのだ。


「ありがとう、ダミアン」

「だからそれが水臭いんだって」


 ルイの感謝にダミアンは鼻を鳴らす。だが気分を害したようには見えず、場の雰囲気を良い意味で崩していた。

 彼によって良い具合に緊張が(ほぐ)れたところで、エミールのパーティは前衛後衛といったそれぞれの戦闘位置を話し合うと、他の隊と共に行動を開始する。

 この大規模討伐作戦において、独立して行動するのはセリアの隊を始めとする特務パーティのみ。彼らのような精鋭以外は、複数でまとまって行動するよう教師陣から指示されており、エミールらもそれに従って、数十ものパーティが集まった中の一つとして動く。


 生徒らは小さな背嚢(はいのう)を背負い、水筒を腰に下げながら、緑に覆われた丘陵の間を歩む。時折剣や斧を持つ生徒が(やぶ)を切り払って道を作り、魔術に長けた生徒が川に土や丸太の仮設橋を架けていく。そんな調子で道無き道を進み続けたが、今のところ魔物の姿も気配も無い。

 魔物の目撃情報が急増加している地域とはいえ、やはり一〇〇に届かんばかりの大人数ともなれば、魔物も避けるのだろう。それも複数に分散した上の数で、全体では五〇〇人近くに上る。最早、軍勢と言い切っても差し(つか)えない。


「この人数、流石に多過ぎるんじゃねえのー? 魔物がこっちに近寄らなくなっちまったら本末転倒、大規模討伐の意味ねえじゃん」

「それでもいいんだろうよ。本命は特務パーティで、俺達はおまけみたいなもんだ。或いは勢子(せこ)なのかもな」


 赤毛の青年ダミアンが呆れたように漏らすと、エミールが応える。それにルイが反応を見せ、歩みと共に会話が進み始めた。


「勢子って僕ら、追い立て役ってこと?」

「多分な。特務パーティのところに追い込みながら、人里のある方へ逃がさないための囲い柵にするって寸法なのかもしれん」

「あーそれならこの大人数も納得だわ。たとえ特務パーティが討ち漏らしても、全部こっちで処理出来るだろうし」


 ルイの問いにエミールが答え、ダミアンが得心を口にすると、エミールが付け加えた。


「俺らは所詮、お膳立てってところだろうよ。貴族様の狩猟と同じだ。気持ち良く狩りが出来るよう下々(しもじも)が獲物を追い立てて、お偉方は飛び出るそれをただ射るだけってな」

「まー、それでも俺らに討伐作戦参加者って箔は付くから」

「……一体の魔物も倒してなくともな」


 鼻を鳴らすエミールに、ダミアンの(なだ)めるような言葉が被さる。が、それでもエミールは(おさま)らず、皮肉気に捕捉を付け加えた。


 それを最後に会話が途切れ、空気が少し重さを増す。ふと見上げれば、いつの間にやら鉛色のどんより空が。ただでさえ気分が沈むというのに、なおさらな空模様。見なきゃよかった。エミールはそう思って顔をしかめる。


 ぽつり、と頬を水滴が上から(つつ)いた。


 雨まで降るのか──眉尻の下がったエミールの顔に、への字の口が加わる。

 不幸中の(さいわ)いか、雨粒の勢いが増す様子はない。ぽつ、ぽつ、という小雨にも届かない微妙な天気の中、いよいよ丘を埋め尽くす森へ足を踏み入れる。


 森の中に入れば、少量の雨粒など木々の葉が遮ってくれる。おかげで、自分達が濡れることは避けられた。一方、陽の光も届き辛くなり、不気味な薄暗さが満ちている。ただでさえ(しぼ)んでいた心に、根源的恐怖からくる不安が加わった。


「薄気味悪う……魔物どころか亡霊まで出てきそうなんですけどー……」


 栗色にも近い赤髪の青年の眉と唇がへの字を描く。ダミアンの漏らした言葉に内心同意するエミールの耳へ、集団の先頭を行く騎士科の上級生の呼び掛けが届いた。


「一度小休止にしよう。ただし、腹が膨れると歩くのが辛くなるから、水と携帯食糧は摂りすぎないように」


 それに各パーティのリーダーが賛同。全員が立ち止まり、各々腰を落ち着けるか木に寄り掛かって足を休める。

 草の上に座ったエミールらも背嚢を下ろして、その中から携帯食として持ち込んだ黒パンを取り出した。それを千切って口に放り込むと、ボソボソとした食感と共にやんわりとした酸味が広がる。

 同時に、ライ麦粉と小麦粉を混ぜたメスリン粉の生地によって水分が奪われるため、しばしば口内を水筒の中身で潤す。ただし先が長いことを考え、数口で済ませた。


「ふぅ……ところでさ、ルイとエミールは──」


 ダミアンが口を開けたその時、遠方から落雷の轟音が鳴り響く。その場の全員がはっとして立ち上がると、次は大地と木々が騒ぎ出した。地響きと枝葉が揺れ擦れ合う音が重なり、まるで森が怒りに震えているようだ。


「魔物だ!」


 誰かの叫びと同時に森の奥から、ある意味で待ちに待った魔物の群れが現れる。しかし、その数は明らかに許容範囲を超えていた。エミールらのいるこの集団は、一〇〇に今少し届かない人数であるのに対し、魔物の数はその三倍か四倍はいるように見える。

 低級の魔物ばかりだが、この大群が一遍に押し寄せてきたら、騎士の一個小隊でも無事では済まないだろう。ましてや学生だけでは──全滅もあり得る。


「先生方への信号を!」


 青い顔をした上級生の一人がそう叫ぶなり、何人かが魔術を上空に打ち上げ、宙に火炎や稲妻の大輪を咲かせる。だが、その直後の光景にエミールは絶句する他なかった。


「マジかよ……」


 同じように空中で炸裂する魔術信号が、森のあちこちで盛んに悲鳴を撒き散らし、助けを求めていた。


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