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12話 公爵令嬢


 波乱だった実習から一夜明け、寮の食堂にてエミールはルイと朝食を共にしていた。パンにハムを挟んだだけのシンプルなものに、スープと紅茶一杯という、(わび)しさすら感じる食事だが、王国は朝食を軽く済ませる文化で、後々たっぷりと摂る。故にこれはいつもの日常に過ぎなかった。

 大多数の寮生と同じように、二人は食後の茶と歓談に興じる。会話の内容は当然と言うべきか昨日のことが中心だった。


「低位とはいえ竜が出て死者ゼロ、か。奇跡だって言われるのも無理ねえな」

「それはそうだよ。グラウリーは騎士小隊で対応しなくちゃいけない魔物、それをセリア様がたった一人で倒しちゃったんだもの」

「それが一番デカいが、フィーユ嬢の治癒魔術も大きい。アレのお陰で負傷者はその場で完治、後遺症も無しだからな。野外での外傷で怖いのが破傷風や失血とかだが、それも防げたのはデカい」

「そっか、それで皆セリア様とフィーユさん両方を讃えて、それで……」


 急にルイが言いよどむ。だがエミールは、ばっさりと続きを言ってしまう。


「どいつもこいつも派閥紛いのこと始めやがってな。セリア派とフィーユ派の対立なんざ誰も得しねえぞ」


 昨日の実習において、竜グラウリーを討伐し生徒達を救ったセリアと、治癒魔術という奇跡的な力で生徒を癒したフィーユ。この二人をそれぞれ聖女か何かだと(あが)める動きが早速起きていた。

 元より公爵令嬢にして王太子の婚約者たるセリアに擦り寄る家は多いが、今回の件でそれが加速している。一方で彼女は、交流より自己研鑽(けんさん)を優先している節があり、そのせいか派閥の拡大はともかく結束感はあまりない。

 対するフィーユは、いくら治癒魔術の才覚があれども平民出身。支持層の多くは反セリア派が中心で、あからさまに御輿(みこし)として担がんとする動きであった。


「反セリア派の連中にとってフィーユ嬢は、都合良く現れた、セリアへの対抗馬たり得る存在なんだろうな。しかも彼女は平民。取り込むに容易く利用しやすい。随分便利な傀儡(かいらい)になるだろうよ」


 そう吐き捨てたエミールが紅茶を酒のように(あお)る。


「おまけに連中が流したであろう『フィーユ嬢は今代の聖女』なる風説で、一部の純粋(ピュア)な生徒達がフィーユ派に(なび)いてる。どんどん事態をややこしくしやがって」

「僕もそれは聞いてる……教会が彼女を聖女として正式に認定するんじゃないかって噂も……」

「もし実現したら学園が真っ二つに割れるな。国の将来を担う人間勢揃いの学園が」


 エミールとルイは揃って渋い顔を作った。しかし、ルイの表情が一足先に元に戻る。


「でも、セリア様の人望の方がまだ圧倒している感じだよ。フィーユさんはあくまで数十人の中軽傷者を癒したってだけで、セリア様の単独討伐が犠牲者を出さなかった決定的要因だし」

「だよな。セリア嬢があっという間にグラウリーを倒したからこそ、死者が出なかった。それは動かぬ事実。フィーユ嬢の治癒魔術だって(かす)むわな」


 エミールは残り少ないカップの中身を飲み干す。空になったそれを(おもむろ)に机の上へ降ろしつつ、思考に(ふけ)った。

 現在の状況はゲームストーリーとは微妙に展開が違っている。ゲーム内ではグラウリーの襲撃により、重傷を負った生徒は少なくなかった。戦闘も激しいものでセリアやシャルル、テオドールも負傷。それをフィーユが治癒し、今代の聖女と人々が崇める、という流れだった。

 しかし現状は、被害こそ軽微、セリアの人望は鰻登(うなぎのぼ)りなのに対し、フィーユの評判はそこそこ。一方でセリアを支持する派閥は、拡大こそすれど一枚岩とは到底言えず、統制もまるで執れていない。


「……セリア嬢の派閥、というかセリア嬢を勝手に持ち上げて取り巻き振ってる連中、数こそ多いが纏まりないよな。セリア嬢の交友関係が広くないって話からすると彼女、派閥統制出来てないんじゃないか」

「出来てないというか、してないかもしれない。学園外では、公爵家と繋がりのある家と良い感じみたいだけれど、お茶会とか学園内でのお付き合いはあんまり聞かないし。そういうことより鍛錬ばっかりだったみたい」

「……それ公爵令嬢として大丈夫なのか」


 そう言いつつもエミールは別のことに考えを巡らせる。セリアの交流より鍛錬を優先する行動に、思い当たる節があったからだ。

 ゲーム序盤の攻略法の一つに、ひたすらセリアの能力向上を優先するというものがある。メインキャラとの好感度がまだ低い状態では、多少交流した程度では大した利益はなく、それより能力を底上げすることで、今後のゲーム進行をスムーズにするのだ。

 それをこの世界でも実行していると考えれば、いかにもゲーム経験者の転生者らしいと言える。


 ──もう完全にセリアは転生者と思っていいだろう。そうなると、彼女がどういうエンディングを目指すつもりなのかが問題だな。


 エミールの目付きが僅かに鋭くなった。ストーリー分岐次第では、ルイはセリアの敵となってしまう。当然転生者の彼女もそれを承知している筈。厄介な敵となる前にルイを排除しようと考えているかもしれないし、メインキャラとの進展のために彼を程よく利用しようとするかもしれない。


「……そいつはムカつくな」

「え?」

「なんでもねえ、気にすんな」


 首を傾げるルイを横目に、空のカップへ口を付けて誤魔化す。


「何で空っぽなのに飲む振りしたの?」

「うっふ」


 そこつっこむか?


 ルイの指摘にエミールは視線を逸らして黙りこくるしかない。何とも気まずい空気が流れる。しかしそれを唐突な来客が打破してくれた。

 寮の管理を担う使用人の一人が、食堂に入って来たかと思えば、ルイの名を呼ぶ。


「御歓談中失礼致します。ルイ・ステファン様は居られますか」

「え、あ、はい」


 ルイがこっちだと手を挙げる。使用人は彼の座る席へ素早く歩み寄り、一通の手紙を差し出した。


「申し訳ありません。緊急性の高いものと判断してお部屋ではなく直接お届けに参りました。セリア・ド・シェグラン様より、御手紙で御座います」

「え?」


 周囲がざわっと声を上げた。今話題の公爵令嬢からの書状。しかも闇の魔力持ちで鼻摘み者であるルイに! 騒然とならない理由がなかった。

 慌てて受け取ったルイが、今開けても大丈夫か使用人に問うと、先方は受け取り次第読んで欲しいとのことを伝えられる。

 中身まで破らないようにしつつも、急いで封筒を開け、手紙の内容へ目を走らせた彼は、ぴしりと石のように固まった。



 昼頃、広大な学園中庭の一角に置かれた四阿(あずまや)──休息や展望を目的とした簡素な建物──に、エミールとルイの姿があった。


「どうしてこんなことに……」

「まさかルイの盗ちょ……闇魔術での情報収集がバレたのか」


 縮み上がるルイに青白い顔をしたエミールの声が被さる。ルイに届けられた手紙は、セリアから私的に話がしたいというお誘いだった。しかも“実習時に同行していた男子生徒”つまりエミールを連れて来るようにとも付け加えられていた。


「こちらから呼び出しておきながら遅くなって、ごめんなさい。所用に手間取ってしまって」


 洋扇を手に制服を纏った金髪の令嬢が四阿へ足を踏み入れた。二人をこの場に招いたセリア・ド・シェグラン公爵令嬢である。王国筆頭貴族と言っても良い公爵家の人間に、エミールとルイは身をがちがちに強張らせつつも素早く立ち上がった。


「いえ、セリア様からのお招き、このエミール・セルジョン恐悦至極に存じます」


 そう言って礼をしたが、胸に手を当てて頭を下げる優雅なものではなく、つい両手を太もも横に揃えて頭を下げる軍隊式の質実剛健な礼をしてしまう。

 なおルイはお手本のような貴族礼(ボウアンドスクレープ)──左足を一歩踏み出し、右足を左足の後ろに引きずりながら頭を下げつつ、右手は胸に左手を横方向へ水平に差し出す礼──を披露していた。


「ルイ・ステファン、今回のお招き大変光栄に思います」

「そう(かしこ)まる必要はありません。ただ少しお聞きしたいことがあるだけです。お掛けになって」


 二人の一礼を受けたセリアは片手でそれらを制する。セリアが着席を促し、自身も四阿の中央に置かれた円卓の席に着く。エミールとルイが促されたまま椅子に座ると、早速セリアが問い掛けてきた。


「いきなりですが、お二人はどういったご関係で? こちらで確認させて頂いたところ、ルームメイトだと聞きましたが」

「えっと……」

「仰る通り寮室を同じくする仲です。実習ではルームメイトの(よしみ)でルイと同じ(パーティ)を組んでおりました」


 豪速球に言葉を詰まらせるルイに代わり、エミールが手紙の内容から彼女が聞きたいであろう情報を推測し、そう答える。対するセリアは持っていた洋扇を開いて口元を隠した。


「そう……ルイ・ステファン様はエミール()()と仲がよろしいのですね」

「ルイで構いません。エミールは親友です。そして突っ掛かってきた上級生達から僕を救ってくれた恩人でもあります」


 言葉を続けるうちにルイの声色が(たかぶ)りを見せていく。


「エミールは僕の光、希望そのものとも言っていい。誰にも見向きされず(うと)まれ続けてきた闇の中で、突然現れた星暉(せいき)……(ある)いは暗夜に道を示す灯台──」

「待て、待て、頼む、落ち着け」


 慌ててエミールがルイの手綱を引いた。自身の顔の熱がどんどん上昇していくのを感じながら、ルイの熱を冷まそうとする。


「……なるほど。つかぬことをお聞きしますが、エミールさんはルイ様をどう思っていらっしゃるのでしょう?」

「どう、とは」

「ルイ様の……身の上についてご存じでしょうか。ルイ様は──」

「無論、承知の上で今がございます。そして私にとってもルイは友であり、それ以上でも以下でもありません」


 エミールはきっぱりと言い切った。軍人らしさのある無機質な物言いだったが、それが裏表のない実直さを感じさせたのだろうか。セリアは得心がいったように頷き、目付きを僅かに緩める。しかし次の瞬間、彼女は爆弾を放り込んだ。


「左様ですか。ところで──テンセイシャって言葉をご存知?」


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