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レイラ-1

『ワクチンに関してなのですが、予想以上に接種量が多く、供給が間に合っておりません。今後は接種会場を狭め────』


 説明を行っていた志摩の映像からスタジオに切り替わる。


『政府並びに医療機関はワクチン接種の量を減らすと発表しましたが、村田先生。この選択は正しい判断だと思いますでしょうか?』


 村田と呼ばれた顔皺の多い女性が怒りの形相を浮かべた。テロップには京都大学名誉教授医師と書かれている。


『魔力暴走事故が多発している現状で接種会場を減らすのはあまりにも無策としか言いようがありません。もっとワクチンを用意していなかったのかと疑問に思いますね。そして反ワクチン団体を早めに排除しなかった警察の怠慢も問題視しなければなりません』


 レイラはこの女性をテレビで見たことがある。以前はワクチンに対して否定的だった。今では打って変わってワクチンの擁護だ。命の危険が迫れば、誰しも考えも信念も揺らぐのだろう。

 チャイム音が鳴った。九条(くじょう)がピクリと眉を上げ扉を睨む。


「九条さん」

「わかってるわ」


 仏頂面を浮かべながらドアを開けると、赤志勇が立っていた。


「うわ。"キューさん"じゃん。久しぶり」

「……入って。レイラ。来たわ」

「んだよ。返事くらいしてよ」

「嫌よ。変に答えたら()()()()喜ぶでしょ」


 中に入った赤志はレイラを見て、笑みを浮かべた。


「よぉ。お姫様」

「あなたがそう呼んでくれたの、一度だけでしたね」

「そうだっけ?」

「一番多かったのはクソ猫でした」

「いやそれは嘘だ。2回……いや、3? 4回くらいしか言ってない!」


 レイラは口許を隠してクスクスと笑った。


「そうでしたっけ? 私がバビロンヘイムで、他の獣人の方と話していただけで不機嫌になったくせに」

「……悪かったよ。悪かった」

「反省してくださいね」

「反省します」

「よろしい。あ、それと。()()()()()()()()


 赤志は顔をしかめた。


「めっちゃ話したがってる」

白空魔力(エーギフト)が少ないから声が聞こえないのが悲しいです。なんて仰ってますか?」

「……レイラ太った? って」


 赤志が「いってぇ!」と叫び、頭を抱えた。


「くそ……怒られた」

「嘘吐くからですよ!」

「わかった、言う。本当は「早く赤志に抱きつけよ」だ」


 レイラは目を丸くし、少しだけ頬を染めた。


「「会いたかったくせに」、だって」


 赤志は乾いた笑い声を上げて、言った。


「もう……」


 2人が見つめ合う。気まずくなった赤志は視線を切って景色に目を向けた。


「66階はたけぇよ。スイートルームなんかに泊まるなっつうの」


 ライブが開始する1週間前から、レイラはロイヤルパークホテルに滞在していた。もちろん一般には口外されていない。

 窓から見える景色はみなとみらいの情景だけでなく、無限に広がるような海が一望できた。


「別に高所恐怖症じゃないでしょう?」

「いやエレベーターがさ。1階から一気に昇るから気持ち悪くて。気圧の関係かな。頭がボーっとする感じ。わかる?」

「ああ。最初は私も慣れませんでした」


 レイラが口許に手を当てクスクスと笑う。その所作だけで、この世の女性たちを圧倒するような、次元の違う可憐さを醸し出していた。

 このままでは雑談だけで終わると判断したのか、レイラは喉を鳴らした。


「それで、要件は」

「単刀直入に言うと、死体役を引き受けて欲しい」


 マネージャーである九条が眉根を寄せた。それはレイラも同じだった。


「どういうことでしょうか?」


 赤志が喋り始めた。偽造ワクチンのこと、ドラクルのこと、人々が危険な目に遭うこと、敵を誘き出すこと。

 その中にはレイラが確実に襲われる、という嘘もあった。


「不謹慎ですが面白そうですね。私、勇さんに殺されちゃうんですか?」

「ああ。ノリノリで殺してやるよ」

「それは嬉しいです。では死体役になった私は、ドラクルが出てきたら何をすれば?」

「逃げてもいいぜ?」

「逃げるわけないじゃないですか。一緒に戦いますよ」

「レイラ!」


 九条が異議を申し立てようと詰め寄る。


「そんな戯言は無視してちょうだい。あなたはまだ異世界と現世界のために────」

「戯言じゃないよ九条さん。これは異世界の方にも影響する問題、でしょう? 私と勇さんで対応することが大事だと思う」


 九条はグッと押し黙った。相手を説得することは無理だと判断し呆れたように首を振った。


「話を戻しましょう。私は何をすれば」

「「ネオン・サンクチュアリ」を展開してくれ。できるか?」

「……範囲は?」

「新港からみなとみらい方面全域。できれば横浜中華街方面まで広げて欲しい。奴を閉じ込めて、全力で潰す」


 レイラは自信なさげに首を横に振った。


「10分持つかどうかです。相手の力量も不明なので、下手したらもっと短くなるかも」

「でもそれしかない。全力を出してくれ。俺が"ブリューナク"を展開してドラクルと殴り合う」


 レイラは深く息を吐き出し、目を力強く瞑ったあと、赤志を見た。


「わかりました。タイミングはそちらに合わせます」

「ありがとう、レイラ」

「待って」


 九条が口を挟んだ。


「あなたの話からするとレイラが襲われるのよね? ライブ前に襲われる可能性もあるんじゃ」

「その通りだ。だから、ここには護衛をつける。凄腕の狩人だ。やかましいけど頼りにしてやってくれ。ドラクルが来ても数分は耐えられる。俺が来るまでの間はな」

「なら私たちは、なるべく寝ないで警戒していた方がいいですね」

「すまん。頼む。この街を、国を、人々を守らないと……」

「わかってます」


 レイラはふわりと微笑んだ。


「バビロンヘイムが危険になっちゃいますから、ね」

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